「どんな11年目を歩むのか――」熊本地震から10年 南阿蘇の復興を担った男性が問いかける「復興とは…備えとは…」
熊本地震から10年。震災を機に南阿蘇村へ移住し、今も復興の最前線に立ち続ける鹿児島市出身の男性がいます。被災地と向き合い続けるその思いと覚悟に迫ります。
■震度7が2度観測された熊本地震から10年
観測史上初めて、震度7の揺れが2度起きた熊本地震。東海大学阿蘇キャンパスに通っていた鹿児島出身の女子学生も犠牲になりましたーー。あれから10年です。
(久保尭之さん)
「この規模のダメージは、本当に復興に長く時間がかかるだろうなと感じたのを覚えている。ある程度長くなるかなと思ったが、10年もいるとは思っていなかった」
熊本県の南阿蘇村で地震から10年経った今も復興活動に携わる久保尭之さん(35)。鶴丸高校を卒業後、東京大学へ進学。大学時代に東日本大震災の復興ボランティアを経験していた久保さんは、熊本地震の直後、被災地へ入り、そのまま南阿蘇に拠点を移します。
南阿蘇村の産業復興や地域づくりのために活動する久保さん。南阿蘇村の観光局で観光イベントのアイデアを考えたり、専門学校の講師を務めたりと、活動は多岐にわたります。
こちらのペンションは、熊本地震の後に営業を辞めた高齢のオーナーから引き継ぐ形で今の時代に合わせてリノベーションし、見事に再生させました。
(久保尭之さん)
「昔よりも1人旅が増えてきているので、そういった需要に対応できる宿は、意外と阿蘇になくて、旅館・ホテルはたくさんあるけど、山登りをする人にちょうどよく泊まれる宿がなかった。せっかく立派な建物があるので、何かしらまだまだ生かせる道があるのではということで、我々で引き継ぐ形でスタイルを変えて、今風に変えて、やらせてもらっている」
久保さんは、震災の教訓を伝える熊本県の施設震災ミュージアムKIOKUの運営も任されています。
(岡本アナウンサー)
「今、見えているのが東海大学の旧キャンパスです。その敷地内に、10年前の熊本地震で被災した車が展示されています。地震の恐ろしさを後世につたえています」
■震災10年の節目に問う「11年目の歩み」
震災から10年の節目に開かれた14日のシンポジウム。
(久保尭之さん)
「3月11日という日も大事。地震があって注目もたくさん集まる。けれども、その翌日からどういう歩みを始めるのか?本当の意味では大事。だからこそ、今日というこの日に私たちはどんな11年目を歩み始めるのか?」
命を守るメッセージを伝えさまざまな知恵で南阿蘇村を蘇らせる久保さん。
大学の先輩でもある熊本県の木村知事も厚い信頼を寄せています。
(木村熊本県知事)
「(南阿蘇村は)素敵な場所なので移住したいという希望者もすごく多いんだけど、一方で空き家もいっぱいある。上手くマッチングできていないところを(久保さんが)空き家マッチングしてくれた。県の補助制度もいろいろ彼のアイデアで変えていった。地震の記憶は、私たち熊本県民が責任を持って次世代に伝えていかなければならない。その中で、若い彼が地域の皆さんをまとめてくれていることは、本当に心強く、ありがたい存在」
震災ミュージアムで久保さんと一緒に活動するスタッフにも聞きました。
(ミュージアムスタッフ)
「(久保さんが南阿蘇村に来て、南阿蘇村は変りましたか?)絶対、変わっていますよ。いろんな顔を持っていらっしゃるから、変わったと思いますよ」
(ミュージアムスタッフ)
「(Q久保さんは?)ピカイチですよ。素晴らしい。もうね、マネジメントも出来るし、あまりに気が付くから、周りの者が緊張する」
かつて阿蘇大橋があった場所を案内してもらいました。
(久保尭之さん)
「今、こっち側はもう道路としては使われなくなってるんですけれど。ここを見ていただくと、ちょうどセンターラインがずれている場所になっていて、向こうに益城町があって、ちょうどここを(断層帯が)通っている」
センターラインは1メートル位ずれていて、この断層帯を境に地盤が大きく動いたことが分かります。
反対側へ回ると一部が残された、旧・阿蘇大橋が――。記憶を風化させないために地震の爪痕は、今もあえて残されていました。
(久保尭之さん)
「あそこがさっき立っていた場所。これ以上、落ちないように(崩落した橋の)裏側は止めてある。ここに来ると、改めてスケール感、どれだけのことが起きたのが改めて感じられる」
■復興は“元に戻すこと”ではない
久保さんは、震災の記憶を未来につなぐ使命を強く感じています。
(久保尭之さん)
「僕らも先人たちの伝承とかを引き継ぐだけじゃなくて、残す側になったんだなってここに来ると感じながら、いつも(訪れた人を)案内をしている。次の世代の人たちにちゃんと知っててほしいというか、後悔してほしくない」
南阿蘇村は、8割から9割ぐらい復興したと話す久保さん。しかし――。
(久保尭之さん)
「復興は元に戻すことではない」
東日本大震災で学んだ教訓です。
(久保尭之さん)
「例えばビジネスの世界で10年経って元通りになっても、10年遅れなんです。20年、30年先を見据えて、立て直す」
だからこそ久保さんは、「新しい地域の形」を作ることに力を注いできました。
(久保尭之さん)
「この広い里山を守っていけるのか?というのは大きくて、その中でいろんなテクノロジーを使ったり、観光客とか、外から移住してくれた方の力も借りながら、新しい仕組みを作っていくということをやることで、10年後、今よりも安定して、より持続可能性が高まっている状態をしっかり作っていきたい」
いざ災害に遭ったときに備えておけばよかったと後悔してほしくない。その思いを胸に、久保さんは故郷・鹿児島へもメッセージを届けます。
(久保尭之さん)
「鹿児島だと火山の噴火とかっていうのはすごく皆さん意識があるんですけれども、地震に対する意識が全然、私も子供の頃なかった地震も、鹿児島でも起こるかもしれないですし、あるいはどこかに出かけている時に被災するかもしれないし、そういった意識を持ちながらで、後悔しないように何かしら自分に合った備えを皆さんしてもらえたら嬉しい」
災害を乗り越えた先にある、新しい日常をつくるために。久保さんは、これからも南阿蘇村の未来と、「次の被災地の命」を守る歩みを続けます。
(KYT news.everyかごしま 26年4月15日放送)
