師・野村克也氏から多くを学んだ池山隆寛・新監督

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 ヤクルトがまさに「予想外」の快進撃を見せている。その原動力として注目されているのが、池山隆寛・新監督(60)の手腕だ。かつて師事した故・野村克也氏は、池山監督に何を託したのか。『週刊ポスト』に語っていた「幻の後継指名」とは――。

【写真】1998年、笑顔の野村克也氏とハイタッチする池山隆寛

際立っている「ベンチの明るさ」

 ヤクルトの下馬評は惨憺たるものだった。5大スポーツ紙の専属評論家78人の予想を集計すると、実に69人が最下位。若松勉氏、小川淳司氏、高津臣吾氏ら監督経験者のOBでもBクラスの4位に挙げるのが精一杯だった。

 それがフタを開けると開幕5連勝のロケットスタート。優勝候補の大本命・阪神と首位を競う。

「前年最下位のうえに不動の4番だった村上宗隆がメジャーに移籍。主だった補強もなかったのに開幕後は勢いに乗り、野村監督のもとリーグ優勝した1997年、1995年に次ぐスピードでの10勝到達です」(スポーツ紙デスク)

 その原動力とされるのが、1990年代の黄金期に主軸を張った池山監督だ。

「6年間の二軍監督時代に、"ブンブン丸"と呼ばれた現役時代と同じく強振による打撃強化を図り、若手の能力を引き出した。一軍でも打ち勝つ野球を目指し、チャンスでは投手にも打たせる。開幕14試合で送りバントのサインは2度だけというイケイケ采配に加え、12球団トップのチーム防御率を誇る投手陣が勝利を支えています」(同前)

 二軍監督時代に指導した若手の伊藤琉偉、田中陽翔、鈴木叶ら"池山チルドレン"が活躍する今季、際立っているのがベンチの明るさだ。

 池山監督は最前列から身を乗り出して戦況を見守り、ド派手なガッツポーズやジャンプで感情を表わす。野村ヤクルトで元同僚の"ギャオス"こと内藤尚行氏は「僕も最下位予想にしたので驚きました」としてこう語る。

「選手の兄貴分のような監督で、一緒に騒いで"バカ"になれる。いわゆる"監督ヅラ"をせずに盛り上がる雰囲気を上手に作るから、選手も明るい指揮官のために頑張ろうという気持ちになるのでしょう。開幕戦のスタメンを伝える前、緊張をほぐしたいとヤクルト1000のCMで流れる"新しい朝が来た〜♪"を熱唱。ナインを笑顔にして送り出したという。そこにすべてが表われていると思いますね」

 内藤氏は「選手との間に一線を引き、カリスマ性があったノムさんとは正反対のスタイルに見えます」と評す。ただ、スタイルは違えど池山監督は師から多くを学んだ。

"問題児"からの成長

 在任9年間に日本一3回、リーグ優勝4回という金字塔を打ち立て、万年最下位だったヤクルトの黄金時代を築いた野村氏。古田敦也氏や高津氏ら錚々たる野村チルドレンのひとりが池山監督だが、現役時代はしばしば苦言を呈されていた。

 かつて野村氏は本誌の取材にこう述べていた。

「ヤクルトの監督になった時、池山には"甘やかされた問題児"という先入観を持っていた。人の話など聞く耳を持たないと思ったので、『ブンブン丸とか言われていい気になっているんじゃないか。チームには迷惑な話で、野球を私物化するんじゃないぞ』と最初にクギを刺しておいた」

 まだ20代だった池山氏は、この言葉を神妙な面持ちで聞いていたという。その後は長く主力としてヤクルトの屋台骨を支えた。2001年の日本一に貢献した際、野村氏の後を継いだ若松監督(当時)が「勝てたのは池山のおかげ」と口にした。それを耳にした時のことを、野村氏はこう語っていた。

「私は嬉しかった。池山が大きな人間に成長してチームのために率先して働いたから監督が感謝を口にしたのだろう。私はヤクルトに"人を遺すことができた"と自負した」

 師弟関係は楽天でも続いた。06年に楽天監督に就任した野村氏は池山氏を一軍打撃コーチとして招聘。就任1年目の沖縄・久米島でのキャンプを取材で訪れた際は、記者に「野球解説者の中にこの人に手伝ってもらいたいという人材がいない……」とボヤキつつ、"後継者"についてこう言及していた。

「楽天で言えば、池山が後継者になってくれたらいいなと思って接している。コーチには、"野村の考え"にコーチ編を付け加えて指導者の心構えを渡したんだよ。内容はたわいないことだが、オレの立場でコーチの仕事は何かを書いたもの。確認事項みたいなもので、専門分野でいろいろ提言してほしいといったことを書いてある。あとは企業秘密だね(笑)」

 2009年に野村氏が退任した後の楽天はマーティ・ブラウン監督を招聘し、"池山後継"は実現しなかったが、10年以上の時を経て、池山氏がヤクルト監督を引き継いだ。

 野村ヤクルトで"イケトラコンビ"を組んだ盟友の広澤克実氏は「池山監督は野村監督の手法を継承しています」と語る。

 野村氏は「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」を信条とする緻密な野球で知られる。戦力で劣るチームが勝つために「弱者の兵法」で戦った。

 池山監督も山田哲人、塩見泰隆、内山壮真ら主力がケガで調整中のなか、弱者の兵法で勝ちを拾っていると広澤氏は語る。

「イレギュラーな打線の組み方からもよくわかります。8番に投手を置いて9番に野手を回し、主砲のサンタナを2番に据えて9番から上位につなぐ野球を展開している。明らかに戦力が劣るなか、野村監督が得意にした創意工夫で弱点を補って上手に戦っています」

 今後について、広澤氏はこう期待を寄せる。

「野村さんの最大の強みは短期決戦の強さ。徹底的に相手を分析して対策を練り、時には奇策をひねり出して相手監督を上回っていました。そういう強さが見せられるのか、楽しみです。まだシーズンは始まったばかりですが、3連戦での勝ち越しを積み重ねれば優勝が近づく。池山監督が野村チルドレンとしてどんなマジックを見せてくれるのかに期待します」

 かつて野村氏は、「名将の唯一の条件は選手やコーチからの信頼」と語っていた。緻密な野村ID野球とは一見、正反対に見えるが、池山監督が"後継者"として師の教えを実践しているとすれば、この躍進は春の珍事では終わらないはずだ。

※週刊ポスト2026年5月1日号