TeNYテレビ新潟

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久しぶりに3兄弟が集結です。村上市出身でオリンピック金メダリストの平野歩夢選手がトークイベントにのぞみました。兄や弟も一緒に参加したイベントで平野選手は幼い頃の思い出や次の目標について語りました。

15日、都内で開かれたアパレルメーカーのイベント。

スペシャルゲストとして登場したのは平野3兄弟です。

平野歩夢選手
「ここまでの規模感で東京でこういう瞬間に会うのは初めて、ちょっと違和感」

長男・英樹さん。三男・海祝選手。

そして、二男・歩夢選手です。

ことし2月。ミラノ・コルティナオリンピックで連覇を目指した歩夢選手。

複数箇所を骨折する大ケガを抱えながら驚きのルーティンを披露しました。

実況・解説
「スイッチバックサイドダブルコーク1260」「ここです、フロントサイドダブルコーク1620、バックサイドダブルコーク1260、さぁ最後フロントサイドトリプルコーク1440、信じられない、なんという精神力、なんという集中力だ」

メダルには届きませんでしたが、ケガをおした魂の滑りは多くの感動を呼びました。

競技後の平野歩夢選手
「無事生きて帰ってこられてよかったという、思い切って生きるか死ぬかの戦いみたいな気持ちはもって滑りました」

大会の前はケガが回復せず、不安な精神状態だったといいます。

平野歩夢選手
「ただ待つことでしか自分が回復しない、時間がない、そこが辛い気持ちを受け入れるしかない日々が続いていた」

そんなときでも兄と弟が連絡することはなかったといいます。

三男・海祝選手
「自分たちがごちゃごちゃ言うことも変にストレスになるかなと思って、そっとしておいた」

長男・英樹さん
「歩夢の今のケガの状況と五輪の短いスパンで考えていることの深さとか人が関与できるようなところをもうとうに越しているような部分は結構あったと思う、そういった意味では自分が一言かけるっていうよりは、もう今集中してもらって」

現地で応援していたというふたり・・。

英樹さんは滑り切ったあとの表情が印象的だったと話しました。

長男・英樹さん
「勝たなきゃいけないという立場で臨んだと思う、結果は付いてこなかったですけど、その時の終わった表情は今までで一番いい顔していた、 それを見たときに一番安心した」

観覧に訪れた人から子どもの頃の1番の思い出を聞かれると。

三男・海祝選手
「家族とみんなで努力しあってやってきたのが、一番辛かったけど今こうやってみたらいい思い出だった」

地元・村上市で子どもの頃からスケートボードやスノーボードの練習に明け暮れていた平野3兄弟。

世界の大舞台に立った海祝選手。

歩夢選手は世界の頂点に登り詰めました。

長男・英樹さん
「さびれたパークで練習施設がそこしかなかったんで、3人で毎日五輪を想定した大会をやっていた、誰が1位かを毎日決める、それはめちゃくちゃ楽しかった」

歩夢選手
「まったく同じことを考えていました、その時に五輪を超えて宇宙一決定戦やろうぜとか、それぐらいの毎日が3人の中にあって」

兄弟で切磋琢磨したかけがえのない時間。

歩夢選手は今回のオリンピックで実感したことがありました。

歩夢選手
「自分の力だけじゃなく周りの人がありきであの場に立てたと実感した。なんていうんですかね、見えない何かがきっと自分を支えてくれていたんだなと」

次のオリンピックは。

平野歩夢選手
「(五輪に)挑戦するのも残り限られている時間だと思いますし、そこを今までみたいに目指すのもありかなとも思いますし、またそうじゃない新しい自分のチャレンジを見つけて、新しい時間と自分がともに成長できることを 探すのも自分的に切り替えがあってもおもしろい」

原点にあった兄弟の絆。

次のステージではどのような活躍を見せてくれるのしょうか。