<80歳でも20本以上自分の歯>8020運動の結果、なぜか65歳以上のむし歯が増加!?そのワケは…歯科医師が【大人むし歯の怖すぎるリスク】を解説
「気がついたら歯の根元が茶色くなっていた」「痛くないから歯医者に行かなくても大丈夫でしょう」。そんなふうに考えている人は「大人のむし歯」を見過ごしているかもしれません。幸町歯科口腔外科医院の宮本日出院長は、「大人のむし歯は自覚しにくいまま進行し、全身の健康リスクにもつながるおそれがあります」と話します。その特徴や対策法、最新の治療法について、わかりやすく教えていただきました。
「最近ムセなくなったから大丈夫」が最も危ない!?<誤嚥性肺炎>のメカニズムとは…
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歯の根っこの部分が黒くなる
「大人むし歯」をご存知ですか?
一般的にイメージされるむし歯は、かみ合わせ部分の表面が黒くなり穴があいた状態ですが、子どもに多く見られることから「子どもむし歯」と呼ばれます。
一方、歯の根っこの部分が黒くなるのが「大人むし歯」です。
1989年から厚生省(現・厚生労働省)と日本歯科医師会が提唱している「8020運動」。最新の調査によれば、日本人の6割以上がこれを達成しています。
しかし成功の裏には恐ろしい落とし穴が。それこそまさに今回の主役である「大人むし歯」なのです。
放置すると死亡リスクは約1.7倍に
通常、大人の歯は28本あり、何歳になってもむし歯になる可能性があります。しかし、「たかがむし歯1本、大げさな」と思っていませんか?
もしそうなら、この数字を心に刻んでください。「むし歯を放置している高齢者は、そうでない方に比べて死亡リスクが約1.7倍に跳ね上がる」。
「むし歯が原因で死ぬなんて…戦前でもあるまいし」と軽視しないでください。これは最近の調査結果なのです。
なぜ、死亡リスクが上がるのか。大人むし歯は、高齢者の死因第3位の「誤嚥性肺炎」を誘発する可能性があるからです。
大人むし歯を放置すると、口の中の細菌が増加します。
歯の根っこに穴が空く大人むし歯の場合、その穴が細菌の格好の隠れ家に。寝ている間に、穴から細菌が流れ出し、唾液に紛れて一緒に肺へ流れ込むのです。
これが、誤嚥しやすい高齢者の命を脅かす肺炎の正体といえます。
ドミノ倒しのように病気を招く
リスクはそれだけではありません。例えば、歯が痛んだり、歯がボロボロになったりすると、食生活はどうなりますか? そうです、硬いものが食べられなくなります。お肉や生野菜を自然と避けるようになり、柔らかいパンや加工食品、麺類が増えることに。
これらの食事ではタンパク質やビタミンが不足して、筋力が落ちてヨボヨボ状態(フレイル)になってしまうのです。
筋力が落ちると、何でもない段差でつまずいて「転倒」しやすくなります。高齢者の転倒の10%では骨折に至り、これが寝たきりの引き金に。
要介護になる原因の約14%は、転倒・骨折です。大腿骨骨折の場合、転倒後1年以内の死亡率は30%程度とする調査も。
また、しっかり噛めないと脳への刺激も減り、認知症を促進します。
先ほど「8020運動」を取り上げましたが、歯が20本未満の場合、認知症リスクが約2倍とする報告もあります。
つまり、大人むし歯1本を「ま、いいか」と放置すると、ドミノ倒しのように全身の健康を崩し、最終的に「1.7倍の死亡リスク」という、とんでもない損失を抱える可能性があるのです。
「8020運動の普及」で大人むし歯が急増
ここで素朴な疑問が湧きませんか? 「子どもむし歯は過去最少なのに、なぜ高齢者のむし歯は増えているのかしら?」――その理由は、皮肉にも私たちの「努力の成果」にあります。
「8020運動」前の昭和の時代であれば、高齢者になれば歯を失い、入れ歯になることが一般的でした。入れ歯はむし歯になりません。
ところが「8020運動」の成功により、自分の歯が20本以上残っている人が6割を超えました。
歯が多く残っていることは、健康面で多くメリットがありますが、それだけむし歯になる機会が増えるという側面も。さらにそこに「加齢」という避けられない変化が加わります。
年をとると歯ぐきの地盤沈下が起こり、痩せて(退縮)、歯の根っこが露出するように。また歯周病があると、進行はさらに加速します。この露出した根っこが、大人むし歯の戦場となるところです。
若い頃、歯を守ってくれたのは歯の表面をコーティングしている「エナメル質」でした。鎧のように硬いエナメル質は、むし歯菌に強く、歯の苦手な状態(酸性)でも耐え忍ぶ力がありました。
しかし、露出した根っこにはこのエナメル質がありません。剥き出しになっているのはエナメル質の硬さの1/4程度の「セメント質」と「象牙質」です。これらは、むし歯の進行速度がエナメル質より2〜3倍程度速くなると言われています。
さらに、加齢とともに唾液の分泌量が減ることも一因に。唾液はお口の殺菌作用や洗浄作用があり、いわば「自浄クリーニング」の役割を担いますが、唾液が減って口の中が乾燥すると、その恩恵はなくなります。
唾液が減り、弱い根っこが露出し、そこにむし歯菌が停滞することが、「8020運動」を達成した真面目な高齢者を襲う大人むし歯急増のメカニズムです。
痛みがなく見た目で気づきにくい
「大人むし歯って怖いわね。歯が痛くなったら治療したらいいのでしょう?」と思った方。子どもむし歯と同じ感覚でいると、大人むし歯が仕掛ける次のような「罠」にハマってしまいます。
1 「痛くない罠」
高齢者になると歯の神経(歯髄)が縮んで、むし歯がかなり深く進行するまで、痛みを感じにくくなります。「痛くない=健康」という思い込みは、大人むし歯には通用しません。
2 「ハイスピードの罠」
前述しましたが、大人むし歯の進行速度は子どもむし歯に比べて2〜3倍です。数ヶ月で重度にまで進行します。
3 「カモフラージュの罠」
子どもむし歯は、真っ白な歯の頭に黒い点があるため発見しやすいのです。しかし、歯の根っこの色は褐色なので、大人むし歯になっても茶色いシミか黒い着色かと、見過ごしてしまいます。
この大人むし歯の罠にかかると、急に歯が折れて驚く方がいます。そんな方は「先生、昨日までなんともなかったのに、今朝トーストをかじったら歯が取れてしまいました!」と驚愕されます。
早期発見できれば削らずに済むケースも
少し怖い話になりましたので、ここからは安心できる解決策をお伝えします。それは「大人むし歯は、早期から対応すれば削らずに管理できる」という新常識です。

(写真提供:Photo AC)
「歯医者=削る・痛い」のイメージはすでに過去のものです。今は予防歯科が主流となっています。
大人むし歯で注目されているのが、むし歯を削らずに止める魔法のような薬「サホライド」。これには、歯の再石灰化を促進し強力な殺菌作用でむし歯菌を攻撃しながら、むし歯の進行を食い止める作用があるのです。
大人むし歯には「進行型」と「非進行型」があります。文字通り、むし歯の進行が早いのは前者です。しかし、このサホライドは、進行が早い「進行型」にこそ、その効果を発揮し、むし歯の進行を食い止めます。
むし歯の進行が深さ1mm程度であれば、定期的ケアで対応可能です。しかし、2mm程度まで進行すると、歯を削っての治療になります。だから、早期からの対応が何よりも大切なのです。
また大人むし歯の予防には「フッ化物」がオススメ。これまで「フッ化物」は、子どもむし歯対策として、歯の質を強化するために、使用されてきました。しかし最近の研究では、根っこの部分の強化の方が、歯の頭の部分より約1.5倍効果を発揮することがわかりました。
このため、最近では、大人むし歯の予防としてフッ化物が頻用されています。市販の「高濃度フッ化物配合歯磨き粉(1450ppm)」を使用するだけでも、怖い大人むし歯のリスクを下げられます。
これからの高齢者は、歯周病対策だけでなく、大人むし歯対策も含めて「二刀流」のお口ケアを行ってください。
