「どうだ、社会はそう甘いもんじゃないぞ」父の威厳をみせつけるはずが…年収1,500万円・51歳部長の父、24歳娘の〈新NISA〉を情弱と笑うも、2年後にかいた大恥
バブル崩壊以降の失われた30年を生きた40代〜50代世代のなかには「国の制度は信用できない」「市場は暴落する」と疑心暗鬼になる人たちがいます。しかし、そうした長い経験で培われた先入観が時代遅れの投資判断を招く原因となることも。本記事では、デフレからインフレへの構造変化を直視できず、資産とプライドを溶かしてしまう「投資の死角」について投資歴35年のベテラン個人投資家が解説します。
年収1,500万円の「勝ち組部長」が、連日の高値更新に溜息をつく理由
「今日も高値更新か……」
大手ITコンサル企業に勤める中嶋さん(仮名/51歳)は、証券会社のアプリを見て冴えない顔で溜息をついていました。
中嶋さんはいわゆる就職氷河期を生き抜いてきた世代です。デフレ不況が長く続くなか、彼は人一倍仕事に打ち込み、戦略的な転職や難関資格の取得によって着実にキャリアを積み上げてきました。その努力が実を結び、現在の年収は1,500万円。都心のマンションで、パート勤めの妻、社会人2年目の娘、そして愛犬のトイプードルと暮らす、自他ともに認める「勝ち組」です。
しかし、そんな彼が日経平均株価の最高値更新というニュースに顔を曇らせるのは、ある切実な理由がありました。
実は中嶋さん、2年前の新NISA開始に合わせて「ベア型(インバース)」と呼ばれる投資信託を購入していたのです。この商品は、株価が下落した際に利益が出るタイプ。さらに彼は、指数の動きに対して2倍の損益が出る「レバレッジ型」という、ハイリスク・ハイリターンの商品を選んでいました。
市場が連日のように高値を塗り替えるなか、中嶋さんの口座では2倍のスピードで損失が膨らみ続け、その額は新車が余裕で買えるほどに達していたのです。
父の「負けじ魂」に火をつけた娘の一言
きっかけは、大手金融機関に就職した一人娘、美雪さん(仮名)の一言でした。
「お父さんはNISAやらないの?」
彼女は将来を見据え、勉強も兼ねてNISA口座で投資を始めるといいます。投資未経験の彼女が選んだのは、世界中の株式に分散投資する「オルカン(オール・カントリー)」のインデックスファンドでした。
娘の言葉を聞いた中嶋さんの脳裏には、過去の苦い記憶が鮮明に蘇りました。仕事では順風満帆な彼ですが、かつて手を出した日本株投資の成績は惨憺たるものだったからです。
父の失敗だらけの投資遍歴
新入社員時代に加入した持ち株会は、金融危機後の不況による右肩下がりで転職で退職した際に大幅なマイナスに。2000年代半ばのITバブルや小泉改革の上げ相場で投資した際は、その直後のリーマン・ショックで数百万円を失いました。さらに東日本大震災後の急落でも追い打ちをかけられ、これまでの累計損失は1,000万円近くにのぼります。
アベノミクス以降は上昇基調にあるとはいえ、「少し上がれば、それ以上に暴落する」そんな市場の裏切りを何度も経験してきた中嶋さんにとって、国が推奨するNISAブームは、危ういバブルの再来にしかみえませんでした。
「こんな調子が続くわけがない。絶対に株はまた下がる、下がるぞ……!」
ネットで検索すると同じように感じている同世代は少なくないようです。デフレ時代を代表するアナリストや有名なファンド代表が暴落説を唱えています。中嶋さんには、投資の怖さを知らない娘のような若者が、根拠のない楽観論に踊らされる「情報弱者」に思えてなりませんでした。
「国の施策に乗って投資するとイタイ目に遭うぞ」「お父さんはそれを逆手にとってやる。まぁどうなるかみていなさい」
過去の経験から得た教訓、ネット上の暴落説、そして仕事で培った自信。これらが彼を突き動かし、「株価が下がるほうに賭ける」という勝負に出させたのです。想定どおりであれば、娘に「どうだ、投資も仕事も簡単なもんじゃないぞ」と社会人の大先輩としての父の威厳をみせつけられるはずでした。
しかし、その後の現実はまたしても中嶋さんを裏切りました。日経平均は上昇の手を緩めず、2年後、彼の投資元本は3分の1以下にまで溶けてしまったのです。
一方の美雪さんは……。NISA口座の金額は順調に増えており、威厳をみせつけるどころではありません。
40代以上の投資家が陥りやすい「デフレの呪縛」という死角
株主から預かった株券を保管する証券保管振替機構の「2025年度末 株主名簿の登録情報に基づく統計」によれば、近年は20代の株式保有率が大きく伸びる一方で、40代以上の比率は低下傾向にあります。そこからは、長期の株安で苦い経験してきた中高年層が、現在の上昇相場を信じきれずに足踏みしている状況が窺えます。
中嶋さんのように、過去のトラウマから根拠の薄い暴落説にすがり、逆張り投資で「大やけど」を負ってしまうケースは少なくありません。
人間は、自分の経験が長ければ長いほど、それを「普遍的な真理」として信じがちです。特に手痛い損失を伴う記憶は強烈な先入観となり、正しい状況把握を妨げる「死角」を作り出します。一度その先入観にとらわれると、ネット上から自分に都合のいい情報だけを集めてしまう状態に陥り、先入観をより強固なものにしてしまうのです。
冷静にチャートを眺めれば、日本を含む世界各国の株式市場は長期的に右肩上がりになっていることがわかります。日本において、デフレが続き、株価が停滞した「失われた30年」こそが、むしろ世界的には極めて稀なケースだったといえるでしょう。そしていま、時代はデフレからインフレへとトレンド転換しています。投資戦略も過去の経験則を一度リセットし、現状を客観的に直視することが重要です。
資産とプライドを溶かした先に得た、本当の「投資の知恵」
その後、中嶋さんはどうなったのでしょうか。意外にも彼を救ったのは、再び娘の美雪さんが放った一言でした。
「お父さんの投資、その後どうなの?」
偉そうに大見得を切った手前、誤魔化すこともできず、中嶋さんは正直に状況を打ち明けました。娘に鼻で笑われることも覚悟しましたが、彼女の反応は予想とは異なりました。
美雪さんは「私も勉強中だけど……」とためらいながらも、学んできた経済と投資の本質を丁寧に解き明かしてくれたのです。「デフレとインフレでは投資のルールが違うこと」「投資と投機の違い」「長期・分散・低コストがなぜ王道なのか」――。それは、中嶋さんが知っているようで理解しきれていなかった知識でした。金融機関に勤める彼女は、FPなどの資格取得を通じて、先入観に左右されない「生きた知識」を身につけていたようです。
娘の言葉にようやく目が覚めた中嶋さんは、ベア型投信をすべて解約し、一から投資をやり直す決意を固めました。
高い授業料を払うことにはなりましたが、幸い家計を破綻させるほどではありません。なにより、思いがけず娘の頼もしい成長を実感できたことは、彼にとって不幸中の幸いであり、最高のリターンだったのではないでしょうか。
元来、努力家で知的な中嶋さんのことです。娘という最良のアドバイザーを得て、冷静に市場と向き合い始めたいま、損失を取り戻し、娘に自慢できる日はそう遠くないかもしれません。
凡人投資家Gekko(ゲッコー)
サラリーマン兼業個人投資家
