「あのとき恥ずかしがっていたら、一生何も起きなかったと思う」――週末北欧部chika【learn learn FINLAND―北欧で、生き方を学ぶ記録】

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北欧好きをこじらせて、ついにかの地への移住を果たしたコミック作家、週末北欧部chikaさん。そこで出会ったのは、「学び」によって人生を耕す人々と、それを後押しする社会。学びをとおして“世界の見え方”が更新され、新しい人生が形作られてゆく――そんな「学びの先にあったもの」を見つめるエッセイです。(毎月第1水曜日更新)

※NHK出版公式note「本がひらく」の連載「learn learn FINLAND ――北欧で、生き方を学ぶ記録」より

#03 人生を変える衝動

個人事業主になって1年後、私はフィンランドで「学生」になった。
そのきっかけは、「私はひとりで自分を励まし続けるのが得意ではない」と実感したことだった。

当時の私は、どんなにがんばっても安心できず、「もっとできたんじゃないか」という不安が残る日が続いていた。判断することは増えていくのに、それでいいのか、確かめられる相手がいない。働き方を変えたくても、終わらせ方が分からない。反応が見えにくい仕事だからこそ、迷いが部屋の中に溜まっていった。

生活に必要な手続きも含めて、「知らないこと」をひとりで処理する日々が続くうちに、会社員や寿司シェフの時代には自然とそこにあった“上司や同僚”という身近な相談先の大きさを、あとからじわじわ思い知った。

そんなときに支えになったのが、起業支援の窓口で出会ったアドバイザーさんの言葉だった。
「会社を作ることは簡単です。けれど、誰にとっても難しいのは続けることです。だから、困ったときはいつでも連絡してください。相談先がある状態を作ることはとても大切です。それに、そこまでやって初めて、私たちの支援は意味を持つのですから」と声をかけてくれていた。

その流れで、私はときどきアドバイザーさんに紹介されたイベントへ足を運ぶようになった。一度にたくさんの新しい人と会うのが得意なわけではないし、英語やフィンランド語にも自信はない。けれど、ひとりで部屋にこもり続けると、思考も気持ちも行き詰まりやすいことを感じていたので、「外に出る」を生活に組み込んでみようと思ったのだ。

外に出る、を生活に入れる

転機になったのが、クリエイティブ業界の人たちが集まる2日間のワークショップだった。行く前は不安で、語学力的についていける気がせず、正直「無理そうなら途中で帰ろう」と思っていた。けれど恐る恐る参加してみると、思っていたより何とかなった。翻訳アプリを使いながらでも話の輪に入れるし、完全に理解できなくても、その場にいられる。

そして何より嬉しかったのは、そこに集まっていたのがデザイナーや作家、音楽家など、クリエイティブ業界の現場にいる人たちだったことだ。以前、違う業界の人が多い場に行ったときは、うまく馴染めず、少し肩に力が入ってしまったことがある。けれど同じ「個人で働く人」でも、世界が近いだけで、肩の力がふっと抜ける感じがした。

ワークショップの途中で、ある先生の話が始まった。世界的に知られるミュージシャンのスタイリングにも関わってきた先生は、「人生を変えるのは、だいたい“衝動”です」と言って、自身の転機を語ってくれた。

先生はもともと別の分野でデザインの仕事をしていたけれど、ある時期から、首元につけるアクセサリーを縫うようになったという。自分が着たい服に合わせるために作り始めたものが、いつの間にか仕事になっていった。

小さなブランドを立ち上げた頃、先生はある夜、近所をジョギングしていた。そこで偶然、近所に住んでいた“大好きな有名ミュージシャン”の姿を見かけたという。咄嗟に浮かんだのは、「もしあの人がパーティに行くなら、どんな装いが似合うだろう」という想像だった。すると次の瞬間、ネクタイの代わりに首元へ添えるもののイメージが、すとんと降りてきた。

普通なら、企画書を整えるとか、紹介者を探すとか、もう少し大人の手順があるはずだ。けれど先生は、その余裕のあるルートを選ばなかった。先生はそのまま家へ戻り、その夜のうちにクローゼットの中にあったレースを使ってスカーフを作り、短いメッセージを添えて本人へ送った。

先生は笑って言った。
「あのとき、恥ずかしいとか、失礼かなとか、そういうことを考えていたら、一生何も起きなかったと思う」

さらに続きがある。フィンランドには、国の公式行事として開かれる独立記念日のパーティの中継を家で眺めながら、招待客の装いについてあれこれ話す文化がある。先生もその日、いつも通り番組を眺めていた。すると画面の中で、あのミュージシャンが、先生が作って送ったレースの小物を身につけていたのだ。

「そこから人生が変わりました」と先生は笑い、最後にこう続けた。
「だから、まず動いて。きれいに整えてからではなく、動いて。完璧な準備より、衝動のほうが勝ることがあるのですから」

私はその話を聞きながら、胸の奥がじんと熱くなるのを感じていた。自分の持ち物で、今日できる範囲で、でも確かに一歩外へ出る。その一歩が、偶然を連れてくる。これが単なる勇気論に聞こえなかったのは、先生の実体験として、しかも目の前で、その声で聞けたからだと思う。

人生を変える衝動

その勢いのまま、私は普段なら避けがちな交流の輪に入ることにした。会場に来ていた、アーティストと企業をつなぐマッチング会社の代表にも挨拶をして、その場で名刺と自分の漫画を渡した。「ポートフォリオも送ります」と約束し、簡単なフィードバックまで受け取った。
イベントの帰り道、ひとつだけ、はっきりと思った。私は、自分ひとりで自分を励まし続けるのが、あまり得意じゃない。外からの刺激がないと、心の火は少しずつ小さくなる。でも、その火は誰かの言葉や場の空気で、ふっと点き直すことがある。

会社員や寿司シェフをしていた頃は、そういう刺激が、仕事の中に自然と用意されていたのだと思う。いまは個人事業主で、同じような機会は自分から取りに行かないと生まれない。
だけど、自分で作ることもできるんだ。そう思えたことが、その日いちばんの発見だった。

イベントの最後に、主催者の方がこう言った。
「助けを求められる場所も、学べる場所も、実はたくさんあるんですよ」
スライドには、支援機関が次々と映し出された。単発のレクチャー、個別相談の窓口、大学や行政の支援イベント、タレントマッチングの仕組みまで。無料のものから有料のものまで、幅広い「学びの場」が並んでいた。

そこで知ったのが、「芸術大学の3か月コース」だった。文化や芸術の分野で活動する人が、仕事を続けていくための基礎知識を学ぶためのコースで、国の支援の一環として運営されていて、受講料はかからない。少人数制で選考はある。でも基準は、英語のスコアではなく、英語で書く短いエッセイと、これまでの実務経験だった。

この日私は、その条件を見て初めて「応募できるかもしれない」と思った。2日間のワークショップで、英語が完璧じゃなくても参加できることを、少しずつ実感できた。翻訳アプリを使ってもいい。分からないところは聞いていい。それでも、ちゃんと“席に座る”ことはできるのだと知ったからだ。

学び直しの扉

志望動機に書いたのは、「起業のやり方を学びたい」というより、「このままだと続かないかもしれない」という実感だった。ひとりで働く中で、働き方を持続可能な形に設計し直したい。この国の制度も文化も分からないことが多い中で、我流で踏ん張るのではなく、頼れる枠組みを持ちたかった。

もうひとつ、ひとりで抱え込まないための仕組みもほしかった。対面で誰かから学んだり、誰かと一緒に学んだりする場に通うことで、困ったときに外へつながれる入口を、暮らしの中に用意しておきたかった。

そんな気持ちを、まず日本語で素直に綴り、英語に翻訳した。きれいな文章ではなかったかもしれない。でも、「すでにやってみて、どこでつまずいたか」という切実さだけは、そのまま入れた。経験の中から出てきた言葉は、背伸びをしなくても「学びたい理由」を支えてくれる気がした。

しばらくして、大学から結果が届いた。
「あなたはこのプログラムの学生として選ばれました」

画面の文字を見た瞬間、「ああ、ここにつながっていたんだ」と思った。失業して「本当にしたいことは何ですか?」と聞かれた日から、起業して、手探りで走って、いろいろ迷いながらも外に出て、火を灯し直して……その先に、この3か月がつながっていた。

先生の言葉通り、恥ずかしがっていたら一生何も起きなかったかもしれない。私にとっての“衝動”は、あの日、思い切って拙い英語で志望動機を書いて提出したことだったのかもしれない。

次回からは、芸術大学の教室で実際に何が起きたのか、どんな人たちがいて、どんな言葉に救われたのか。そんな話を書いていきます。

プロフィール

週末北欧部chika
フィンランドが好き過ぎて13年以上通い続け、ディープな楽しみ方を味わいつくした自他ともに認めるフィンランドオタク。移住のために会社員生活のかたわら寿司職人の修業を始め、ついに2022年春に移住。モットーは「とりあえずやってみる」。好きなものは水辺、ねこ、酒、一人旅。著書に『北欧こじらせ日記』シリーズ、『マイフィンランドルーティン100』シリーズ、『世界ともだち部』シリーズ、『フィンランド くらしのレッスン』、『Tasty! 日刊ごちそう通信』、『まいにちヘルシンキ』など多数。

バナータイトルデザイン 山崎友歌(Y&Y design studio)