「母国の受験戦争が辛くて」「日本語ができなくても心配は少ない」 すでに全校生徒の半数を占める…千葉の過疎地域にある、学費年200万円の私立高に“中国人留学生”が殺到するワケ
日本の地方教育機関において、中国人留学生の受け入れが経営や地域維持の重要な手段となっている。千葉県の鴨川令徳高校では、全校生徒の約半数を中国人留学生が占め、高額な学費収入によって学校経営を維持。北海道の東川日本語学校では、公費で学費などを補助することで留学生を呼び込み、地域の労働力不足を補っている。また、スポーツ強豪校である山梨学院高校でも、中国人スタッフによる募集を強化し、留学生の最大勢力は中国人となった。本記事では、日本経済新聞取材班『ニッポン華僑100万人時代 新中国勢力の台頭で激変する社会』(KADOKAWA)より、少子化に直面する日本の学校側と、日本での定住を目的とする中国側、双方の利害が一致している現状を明らかにしていく。※登場する取材協力者の肩書や年齢は取材当時のものです。
全校生徒104人の半数を中国人が占める、千葉県過疎地域の高校
東京駅から特急列車で約2時間、千葉県鴨川市。房総半島をJR外房線で南下しながら、記者はある高校を目指し、安房[あわ]鴨川駅に向かっていた。小さな駅に着くと、もう人影はまばら。そこから徒歩でさらに10分ほど歩くと、太平洋を望む豊かな自然の中に、その高校は見えてくる。
私立・鴨川令徳高校―。昼頃に着き、学校1階の玄関ホールに入ると、すぐに聞こえてきたのは、聞き慣れない中国語の声だった。女子生徒らはそのホールの中、思い思いの場所で昼食を取りながら、友人との談笑を楽しんでいた。
同校の生徒数は104人(2024年4月時点)。そのうち半数の約50人は、中国人留学生が占めているという。千葉県にある地方の高校で、こんなに多くの中国人高校生が在籍するというのは、とても想像が付くものではなかった。
経営危機を救った「年間200万円」の高額な学費
経緯を聞くと、地域の過疎化から日本人生徒の入学が激減し、2012年に学校が経営危機に陥ったのをきっかけに急遽、再建計画が立てられた。その柱の一つが、中国などからの大量の留学生の受け入れだったという。
和田公人校長が、これまでの学校再建の経緯を説明する。
「どうすれば生徒が増えるのか、再生プランを必死で考えました。過疎地域ですから、そもそも入学者を増やすのは大変で、実行には時間がかかります。そこで考えたのは、生徒の3分の1は地元から、もう3分の1は学生寮を活用して、全国から集める。そして、残りの3分の1を外国人留学生で補い、経営を安定させる計画を立てたのです」
この計画は、驚くほど見事に奏功した。留学生の学費は年間約200万円と高額に設定したが、中国で募集をかけると、思いもかけず入学希望者が殺到した。再建プランの初年度となった2013年こそ中国人留学生は数人だったが、コロナ禍が明けると希望者は急増し、最近では約30人が入学する年もあるという。
「これまでの希望者は、中国人家庭の富裕層のご子息が多かったのですが、最近は中間層の家庭のお子様が来ています。当校は中国人のスタッフもおります。受け入れ実績も長いし、安心感もあるため『鴨川令徳高校なら大丈夫だ』と、その業界では口コミで広がっているのではないでしょうか」と、和田校長は話す。
当の中国人留学生たちは、どんな思いでいるのか。日本の地方の高校にまで、なぜはるばるやって来るのか。教室の中に入り、生徒に事情を聞いてみた。
日本での進学・就職が大前提…中国人留学生が地方に来る“裏事情”
2年生のある中国人女子留学生は、「中国の全国統一大学入試(=高考)における競争が本当に過酷で辛く、私は中国で大学受験だけはしたくなかった」と、日本行きを決めた理由を語った。
もともと日本の音楽やアニメが好き。3年前から独学で始めた日本語の影響もあり、自由な校風にもひかれて2023年4月、同高への入学を果たしたという。
「暮らしてみて思いますが、やはり私には中国よりも、日本の方が性に合っています。配慮や思いやりがあるところが、私は好きです。(私のように大人しくて)自分の気持ちを中々、外に向かって言えない人にも、配慮がある『生きやすい社会』になっているなあと、日本で実感します」と、彼女は話した。
両親と弟も既に中国を離れ、オーストラリアに移住したという。そして彼女もまた中国に戻る意思はないようだ。「この先は日本の大学に進み、日本で就職したいです」と言い、このまま日本移住を視野に入れる。
次に教室の中で出会ったのが、同じ2年生の男子留学生だった。中国・河北省出身。日本に留学した理由は、日本の大学を目指しているからと言い、「やはり中国は競争が激しく、希望の大学には中々入れません。日本の入試はそれほど過酷ではなく、しかも日本の大学は中国の大学よりも本当に自由。自分の思いや考えを、自由に言うことができるから」と話した。
さらに同校には、中国人の先生が常駐し、「日本語の心配をあまりしなくて良かった」というのも、選んだ理由の一つだったという。
「日本の生活は毎日が新鮮で楽しいです。大学では法律を勉強して、日本で就職し、ずっと日本で暮らしたいと思っています。落ち着いたら、中国にいる両親も日本に呼び寄せたいとも考えています」と、彼は語った。
“無条件”で受け入れるところも…学生集めに骨を折る日本の大学
和田校長はこう明かす。
「うちの中国人留学生のほぼ全員が日本の大学に進み、そのまま日本で就職することを前提に来ています。日本の大学は今、どこも学生を集めるのに非常に苦労をしているので、無条件に、我々のような高校から中国人留学生を受け入れてくれる大学すらあるのです。それを、うちの中国人留学生もよく分かっています」
日本の現実は想像を超えるところにまで達しているようだ。
学校経営を中国人留学生に依存…少子化・過疎化にあえぐ地方
本当は国際色豊かな学校にしたかった…校長が漏らした本音
鴨川令徳高校の生徒は現在、日本人と中国人の比率が約半々。だが授業は基本、すべて同じ教室で受けているという。一目見ただけでは、誰が中国人留学生かは分からないが、この先、日本ではもしかしたら、「こんな風景」が、全国各地の高校に広がっていくのかもしれない。
「本当はもっと国際色豊かな学校にしたかったのですが、こうした形でまとまった人数が入ってきてくれるのは、中国からだけなのです。だから今のような(中国人留学生が多い)形になってはいますが、学校の経営面では非常に助かっています」。学校の再建を何とか果たし、肩の荷が少しは下りたのだろうか。
和田校長は、インタビューの最後にそう本音を漏らした。和田校長に丁寧に御礼を述べ、記者は同校を後にした。
そして東京への帰りの電車の中、再び、頭を整理した。
鴨川令徳高校は、偏差値が高い学校とは言えず、立地にも大きなハンディがあることは否めない。特別な教育プログラムを持つわけでもなかった。さらに、再建が進んだとはいえ、5階建ての大きな校舎には空き教室が目立ち、まだまだ生徒の確保には苦しんでいるようにもみえた。
この先、多くの日本人生徒が集まることも到底、考えにくい。そんな学校の経営の生命線をもし、高額な授業料を払い続ける中国人留学生らが握っているとしたら、複雑な思いもする。
[図表]日本と中国の高校生の生徒数比較 出所:文部科学省、中国教育省の公表資料を基に日経が作成
東京に戻り、さらに取材を進めるうち、少子化・過疎化に直面する日本の地方では、中国人留学生の獲得に動く学校が、実は鴨川令徳高校以外にも少なくないことが分かってきた。
町が年間90万円の学費・寮費を負担する北海道・東川日本語学校
北海道・旭川空港から車で約15分。大雪山[たいせつざん]の麓、人口約8000人の東川町の中心部に位置するのが、東川日本語学校だ。
「夏の夜空に天の川があります。織姫と彦星です」。学校の教室を訪れると、中では外国人の留学生たち3、4人が1つのグループとなり、七夕にまつわる文章を流ちょうな日本語で、音読し合ってみせていた。
同校は2015年、日本初の「公立の日本語学校」として開校した。旧東川小学校を改修した校舎は、町立図書館に隣接し、目の前には鮮やかな緑の芝生が広がる恵まれた環境にある。
同校でもやはり多くの中国人留学生が学ぶ。全生徒104人(2025年1月時点)のうち、中国人が外国人留学生最多の29人を数え、全生徒の3割を占める。人気の理由は、東川町からの留学費の負担。町が学費と寮費の約半分、年間90万円ほどを負担してくれるのだ。何が町の狙いなのか。
「(外国人留学生への)支援を厚くしたのは、少子化で減った街の若者を、留学生でカバーするためです」。同校の小山正道校長は、そう狙いを説明した。
奨学金に加え、東川町は2017年度から留学生1人につき、「ひがしかわユニバーサルカード」(HUC)と呼ばれるデジタル地域通貨を月8000円分配っている。年間でみると、約10万円のお小遣いに相当する。町の飲食店やコンビニで使うことができ、留学生の生活を支援すると同時に、町内での消費喚起につなげるという。
小山校長は「留学生が本校を選ぶ理由は、学費が安いからです。民間の日本語学校の半額以下で済みます。町のスーパーや居酒屋、農家でアルバイトをする生徒もいて、地域の労働力にもなっています。町に活気が出ています」と、メリットを強調する。
公金を使って、多くの留学生を受け入れ、支えざるを得ないのが地方の現実?
そんな東川日本語学校には、全国の地方自治体から視察も相次いでいる。過疎化、人口減少を「外国人留学生で埋め合わせしたい」と願う自治体が多いといい、1カ月に4〜5件の視察予定が入るというから驚く。
人口8000人の町、その町の生命線を担うのは、本当に中国人をはじめとした外国人留学生たちなのか。だが、こうした公立日本語学校は少しずつ、日本各地に広がりつつある。
東北地方、宮城県大崎市でも2025年春、公立の日本語学校が開校した。同県石巻市でも同様の学校の開校検討が進む。公金を使ってでも、中国などから多くの留学生を受け入れ、支えざるを得ないのが、果たして今の日本の地方なのか。背後には、厳しい日本の現実が横たわる。
だが、取材班が調べを進めるうち、さらに違った「日本の風景」もまた見えてきた。中国人留学生の受け入れで、単に学校経営を成り立たせるという話ではなく、中国との関係を深めようとする、日本の地方の高校の話である。
スポーツ強豪校にも中国人留学生が続々と
第95回選抜高校野球大会優勝、第99回全国サッカー選手権大会優勝――。
JR東京駅から中央線に乗って約2時間。甲府駅で乗り換え、中央本線で1駅。JR酒折駅から10分ほどの距離を歩くと、スポーツの強豪校として知られる私立・山梨学院高校が見えてくる。
正門に近づくと、「祝 甲子園優勝おめでとう」「祝 花園出場 ラグビーフットボール部」などと書かれた複数の大きな垂れ幕が来訪者の目を引く。
地方にありながら、生徒数約1200人(2024年5月1日現在)に上るマンモス校。スポーツ強豪校として山梨県外からの入学者も多く、生徒数は15年前に比べ、3割強も増えた。少子化、地方というハンディをものともしない、まさに経営的にも実力校だと言っていい。
そんな同校も最近、中国人留学生の受け入れを本格的に始め、積極的になっているという。なぜなのか。「系列の山梨学院大学が、中国との交流を深めていることがあり、当校の留学生にも中国の生徒を対象に加えました」と、同校の吉田正校長は説明する。
2016年度に初めて4人の中国人留学生を受け入れたのをスタートに、その後も毎年数人程度を受け入れてきた。本格化したのは2021年頃から。学校側は、バイリンガルの中国人スタッフを雇い、年間20人の中国人留学生の受け入れを目指し、体制を整えた。
さらに中国人スタッフが中国現地の学校を回って宣伝し、吉田校長自身も2019年、中国を自ら訪問して学校をPRした。学費は年間約100万円。これとは別に寮費もかかるが、今では中国人留学生を年間30人以上受け入れるまでになっている。
留学生がいることの日本人生徒にとってのメリットと懸念
どんな生徒が入学してくるのか。
「日本の大学に進学し、そのまま日本で就職することを目指す学生です」。吉田校長はそう言い切った。授業は日本人生徒と一緒に受けているという。
スポーツ強豪校の同校には、ケニア、フィジー、トンガ、ニュージーランド、ウガンダなどからの「スポーツ留学生」がもともと多かった。だが今ではスポーツとは全く無関係の中国人留学生が人数では最多となった。将来的に中国人留学生をどこまで増やそうとしているのか。
「学校に留学生がいるのは日本人生徒にとっても良い環境です。今、学校で学ぶ日本の高校生が40代になる頃には、勤務先の会社には、より多くの外国人がいる環境が当たり前になるでしょう。高校生のうちから、外国人と日常的に接しておくのは非常に良い経験になると思います」
吉田校長はそう話した。
ただ一方で「今後、中国人の志願者がさらに増えれば、受け入れ人数を増やすことも視野に入れますが、うちは日本の学校ですから……。その辺の伝統は大事にしていきたいと考えています」と、慎重に語った。
日本経済新聞取材班

