高市首相の「食料安保を守る」と矛盾する…鈴木農水大臣が進める"コメの値段を下げさせない"新政策の正体

■「お米券」はJAのための政策
JA農協のヘッドである全国農業協同組合中央会(JA全中)会長は11月6日、コメ価格高騰対策として鈴木農水大臣のお米券を「有効な手段だ」と評価した上で、全世帯ではなく対象者を絞る必要があるとの考えを示した。構造改革を進めるため農政の対象を主業農家に絞ることには反対でも、消費者の限定はOKなのだ。
消費者には安くコメを供給することで高米価による需要の減少を抑制できる。高米価を維持することで、農家はもとよりJA農協の金融事業の利益を確保できる(「高市首相が目指す"日本復活"の邪魔になる…鈴木農水大臣の『おこめ券』が日本人をますます貧しくする理由」)。農水省とすり合わせたうえでの発言だろう。JA農協、農水省、自民党農林族議員の農政トライアングルは三位一体だからである。
しかし、これは減反政策で補助金を使って米価を上げながら、納税者(財政)が負担するお米券で一部消費者のために米価を下げるというマッチポンプ政策であることは指摘した通りである。農家やJA農協が利益を受ける反面、国民の大多数を占める納税者や消費者は大きな負担を強いられる。まさに、農政トライアングルという既得権者による、彼らの、そして彼らのための政治である。
■「お米券」の使いにくさがわかるか
国が直接お米券を配るのではなく、自治体に配布させ、国がその費用を重点支援交付金という交付金でサポートする仕組みにすると言っているが、政策の本質は変わらない。農水省が実施するのではなく、自治体に交付させるので、自治体職員の業務は加重される。
より大きな問題は、お米券の受給者への配慮が全くないということである。JA全中の指摘する通り対象者を限定する必要がある。そうしなければ、財政負担が膨大になるからである。常識的に考えれば、対象者は所得が一定以下の貧困家庭に限定される。
この人たちは、コメを買うときにスーパー等のレジでお米券を店員に渡さなければならない。これで、店員だけでなく、周りにいる買い物客にまで、自らが貧困家庭であることが明らかになる。「あの家庭はお米券を使っているのよ」とひそひそ話をされる。
米価高騰の責任は、減反をやめない農水省をはじめとする農政トライアングルにあるのに、被害者である貧困家庭の人たちが社会的なバッシングを受ける。加害者である鈴木農水大臣をはじめとする農政トライアングルの人たちには、その痛みが分からないのだろう。

■「コメの値段は市場で決まる」鈴木大臣のウソ
鈴木農水大臣は、「コメの値段は市場で決まるので政府が関与すべきではない」と言った。しかし、コメには市場がないうえ農水省が関与しまくっているとしたら、どうだろうか? 本来なら、コメの値段も野菜など他の農産物と同じく、需要と供給で決まるはずである。
農水省は、今年産のコメが昨年対比69万トン。10%増産されたと発表した。「生産=供給」が増えれば、価格は下がるはずである。

しかし、現実は、その逆である。コメの値段は一向に下がらない。高止まりのままである。JA農協は農家に払う概算金(事実上のコメ代金)を通常の年なら玄米60キログラム1万2000円なのに、3万円から3万3000円にまで引き上げている。なぜ、コメの値段は経済原則通り需要と供給で決まらないのだろうか?
■なぜコメには卸売市場がないのか
答えは、コメの値段は市場以外の力や要素で決められているからである。
まず、コメには、野菜や果物の卸売市場に当たる市場がない。卸売市場と類似の入札による現物のコメ市場は、JA農協が上場量を減少させたため、2011年に廃止された。1730年に大阪商人が世界に先駆けて発明し1939年まで続いたコメの先物市場は、JA農協の反対により復活が認められていない。
米価はJA農協と卸売業者との相対取引で決められている。圧倒的な集荷量を背景に、JA農協は米価を高めに設定・操作することができる。市場がないのは、JA農協が相対取引で米価を決めたいからである。

■市場原理を無視して決まる米価
経済原則からすれば、末端の小売価格の動向によってJA農協と卸売業者との相対取引価格が決まり、それを受けてJA農協が生産者に払う「概算金(これまでは相対取引価格からJA農協の手数料3000円を引いた水準)」が決まるはずである。根源的な需要は、コメに対する消費者の需要である。農家がJA農協を通じて販売する際のコメの需要は、これに由来するものなので“派生需要”と言われるものである。
しかし、ここでも現実は経済原則とは逆の動きをしている。概算金によって相対取引価格が決まり、それに流通マージンを乗せて末端の小売価格が決定される。
概算金は、JA農協が自由に決定している。今回のように上げるときだけではなく、下げるときもある。2007年、農家に対する種籾の流通が活発だという情報を察知したJA全農は、供給が増加して米価が下がると判断した。このとき、農家への概算金を、前年の1万2000円から7000円へと大幅に減額した。全農に売ると7000円しか払わないという、組合員に対する事実上の集荷拒否だった。JA農協には売るなと農家に伝えたのだ。売れないコメを抱えると、金利・保管料を負担しなければならないからだ。
■史上最高の概算金のカラクリ
今回JA農協は、他の集荷業者が高いコメ代金を農家に提示したため、24年産米のJA農協集荷量が減少したということを理由に、高い概算金を提示している。しかし、本来、米価が需要と供給で決まるのであれば、供給が増加している中ではこのような高い価格は設定できないはずである。なぜ高い概算金を実現できるのか?
それは、コメの市場が農政トライアングルの政策で歪められているからである。先の2007年に何が起きたのか説明しよう。このときJA農協は自ら概算金(米価)を引き下げておいて、次の方法で市場価格を引き上げるというマッチポンプ活動を行った。
JA農協の最大の経営資産は政治力である。永田町に出向いて自民党農林族議員を使うのだ。米価を下げた2007年には、政府に34万トンを備蓄米として買い入れ・保管させ、米価の底上げを行った。さらに、約1600億円だった減反補助金を補正予算で500億円上積みさせ、翌年の減反を10万ha強化して、110万haとした。
今回も、備蓄米の買い入れと減反強化という手を使おうとしている。JA農協による高い概算金は、この政策対応を織り込んでいるのである。
農水大臣には農政トライアングルの盟友である鈴木氏が就任している。政策のすり合わせも必要なく阿吽の呼吸で実施できる。
■今後も「米価を上げていく」具体策
幸い、小泉前農水省による備蓄米の放出によって、4年古米と5年古米の30万トンが残るのみである。備蓄目標の100万トンとの差は70万トンもある。69万トン供給量が増えたとしても、農水省に備蓄米として買い入れさせればよい。高米価は維持できる。概算金を下げる必要はない。JAのコメ集荷率も上がる(「JAが新米を囲い込み、コメの値段は下がらない…『小泉備蓄米セール』が新米価格にもたらす深刻すぎる代償」)。
そもそも、農林族議員だった江藤拓元農水大臣は、備蓄米を一年以内に買い戻すとしていた。備蓄米を放出しても米価を下げないという意味だった。これと同じ対応である。
既に、JA農協の機関紙である日本農業新聞は、25年産米が豊作だったことから民間在庫が大幅に増加し米価暴落のおそれがあると警告している。米価が下がらないよう市場からコメを備蓄米として買い入れ隔離すべきだと主張しているのだ。
これに呼応するかのように、鈴木農水大臣は次の方針を打ち出している。

放出した備蓄米59万トンを買い戻す。また、来年産のコメについては37万トン、5%減産する。生産が増えても、備蓄米の水準を回復するという名目で、市場から備蓄米として買い入れて隔離するとともに、26年産について減産をすれば、供給量はかえって減少する。コメの値段は下がらない。2007年と同じ対応だ。
つまり、概算金を上げて、その高水準を維持するために財政負担で備蓄米を買い戻そうとしているのだ。これでは、末端の小売価格は下がらないが、貧困家庭にはお米券を出せばよい。農家とJA農協のためのマッチポンプ政策だ。
■農家は貧しい弱者ではない
高米価を実現するために農政トライアングルが持ち出すのは農家所得の向上である。一般の国民も農家は貧しくて救済すべき存在だと思い込んでいる。それに付け込むのだ。
しかし、農家は貧しくない。1965年以降、農家所得はサラリーマン所得を上回っている。上級農家はベンツどころかポルシェに乗っている。このような実態を国民は知らない。裕福な農家に貧しい国民が税金で補助しているというとんでもない構図になっている。
概算金が1万2000円程度だったときでも、30ヘクタール規模の農家所得は2000万円近かった。今の3万円の概算金では、大きな農家の年間所得は1億円に達するかもしれないという、まさにコメ・バブルの状況だ(「高市首相が目指す"日本復活"の邪魔になる…鈴木農水大臣の『おこめ券』が日本人をますます貧しくする理由」)。全国の農家を回っている農業機械専門の業者も同じ感想を述べている。
それなのに、マスコミに聞かれれば、農家は「今まで米価は低かった。今やっと一息ついている」という。商人と同様、どうですかと聞かれて「儲かって仕方がありませんよ」と本当のことを答える農家はいない。情報や判断力を持たないマスコミは、そのまま報道し、国民はそれを信じてしまう。

■どうすればコメの値段を下げられるのか
農政トライアングルの企みを実現しないことである。
まず、民間備蓄がだぶついているなら、10年に一度の不作が起こったとしても十分に対応できる。民間在庫と政府在庫は、市場全体の供給という観点からは、どこにコメがあるかの違いだけで本質的に変わらない。
仮に100万トンの不作が生じた際、民間に100万トンの在庫があればそこから、政府に100万トンの在庫があればそこから、不作分を埋め合わせることになる。重要なことは、在庫がどこにあろうと、市場全体として100万トンの不作に対応できるかどうかである。つまり、食料安全保障上も、あえて政府が100万トンの備蓄を持つ必要はない。政府買い入れに政策的、合理的な根拠はないのである。
これまでは、米価維持のため備蓄米として政府が買い入れ市場から隔離する(市場での供給量を減少させる)という政策を採ってきた。買い入れたのち5年間保有してエサ米として売るので、備蓄米の買い入れ量だけ市場での供給量が減少する。
しかし、政府が買い入れないで、いつでも供給できる状態の民間在庫が増加していれば、市場では供給が増えた状態になるので、コメの値段は下がる。
概算金はあくまでも出来秋時点での農家への仮払金なので、実現した価格が下がると、JA農協は農家から差額を取り戻すことになる。過去にも、このようなことが行われた。しかし、これは農家には不評で、しばらくはJA農協には出荷しなくなった。それを避けようとすれば、JA農協が自腹を切るしかない。
マスコミは農水省が備蓄米の買い入れを行わないようキャンペーンを張るのである。
中期的な対策としては、減反の廃止による米価の低下、主業農家に限った直接支払いである。米価が下がり零細な兼業農家が農業をやめて農地を貸し出すようになれば、主業農家の規模が拡大し、コメ農業の構造改革が進む。コメの生産コストは下がり、消費者はますます安くコメを購入できるばかりか、国際競争力が高まったコメの輸出は拡大する。
現在の700万トンから1700万トンに生産が増えれば、輸入が途絶する食料危機の時でも国民は餓死を免れる。農業をやめた零細兼業農家が組合員でなくなれば、JA農協の預金量は減少し、農政トライアングルは弱体化する。既得権者のための農政は終わる。
■JAの誤算
農政トライアングルにも落とし穴がある。
農水省は直接消費量を計測しているのではない。消費量は次の式から推計したものである。
なので、これを変形すると
が得られる。
上の式では生産量が増加すれば、その分消費量も増加する。25年産が豊作なのだから消費量も増えてしまう。

そればかりではない。この推計には、根本的な問題がある。上の式には価格という経済要素がない。つまり、価格の変動による需要(消費量)の変動を無視しているのだ。これは農水省が経済学を無視してきたことを反映している。経済を扱う役所としての致命的な欠陥である。
異常なコメの値段が続いて、コメの消費量は減少しているはずである。精米5kgあたり昨年初めの2000円から4200円に倍以上の値上がりである。いくらコメの需要は価格に十分に反応しない(非弾力的)としても、現在の650万トン程度の需要に対して、200万トンはいかないにしても、50万〜100万トン程度の減少があると判断することが適当だろう。端境期に当たる26年9月末の在庫は大幅に積み上がっている可能性がある。
さらに、国内の米価高騰で、通常の年の米価(1万5000円)では輸入できないほどの高関税(2万円)を乗り越えて、コメ輸入が増加している。2025年度上半期の輸入量は8万6523トンで前年同期比の208倍である。年間で見るとコメの需要は少なくとも10万トン以上輸入米に食われているとみるべきだ。
そうであれば、26年産米を37万トン減産するだけでは、米価は維持できない。かなりの米価暴落が26年秋に起こるかもしれない。
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山下 一仁(やました・かずひと)
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹
1955年岡山県生まれ。77年東京大学法学部卒業後、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、同局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員、2010年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。著書に『バターが買えない不都合な真実』(幻冬舎新書)、『農協の大罪』(宝島社新書)、『農業ビッグバンの経済学』『国民のための「食と農」の授業』(ともに日本経済新聞出版社)、『日本が飢える! 世界食料危機の真実』(幻冬舎新書)、『食料安全保障の研究 襲い来る食料途絶にどう備える』(日本経済新聞出版)など多数。近刊に『コメ高騰の深層 JA農協の圧力に屈した減反の大罪』(宝島社新書)がある。
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(キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 山下 一仁)
