ジャガーSS100「パイクロフト」(2) オリジナルのシャシーで復元 最後まで譲らぬ主張
ボディは処分するつもりだった父
「1952年に、父はMG TDのシャシーへ流線型ボディを架装したこともありました。クルマの設計や修理のことには詳しい人でしたね」。ジャガーSS100「パイクロフト」の現在のオーナー、アレクサンダー・ファン・デル・ロフ氏が説明する。
【画像】グッドウッド初レースで快勝 ジャガーSS100「パイクロフト」 同年代の英国車たち 全137枚
父のドリーズが購入した時点で、SS100のボディは酷く手が加えられていた。ヘッドライトはフェンダー側へ移設され、リア側の形も変わっていた。シルバーストン・サーキット初のレースを勝利したジャガーだとも、聞かされていたという。

ジャガーSS100「パイクロフト」(1946年/ワンオフモデル) ジェームズ・マン(James Mann)
「今では、グッドウッドのことだったとわかりますね」。アレクサンダーが微笑む。父は英国製のレプリカボディへ換装し、通常のSS100と同じ姿へ戻したそうだ。
それでも、ポール・パイクロフト氏のボディは残されていた。「1990年に父は亡くなりましたが、ボディは処分するつもりだったようです。フェラーリ330GTのボディもそうでしたから。置く場所もなく、当時は価値があるわけではなかったので」
オリジナルのシャシーで復元するしかない
パイクロフトの要望へ応えたコーチビルダーは、判明していない。しかし、大戦で向上した航空機技術のおかげで、有能な職人は複数存在していた。ジャガーの専門家は、ロンドンの西、スラウに拠点をおいたジョン・コリンソンズ社ではないかと推測する。
そこには、航空機の開発をリードした技術者、ライオネル・ローソン氏が在籍していた。戦後の10年間に、ヒーレーなどを複数台手掛けている。

ジャガーSS100「パイクロフト」(1946年/ワンオフモデル) ジェームズ・マン(James Mann)
「デザインはかなりユニークで、自分は再現したいと考えていたんです。そして15年ほど前に、パイクロフトさんの物語を知りました。オリジナルのシャシーで、復元するしかないと思いましたよ」。アレクサンダーが回想する。
ジャガーをグッドウッドで走らせる意味
準備が整った2017年、彼はオランダ(ネザーランド)のコーチビルダー、ヒートブリンク・コーチビルディング社を訪問。アルウィン・ヒートブリンク氏へ、作業を依頼した。
目標は、もともとのパネルを可能な限り残すこと。「彼はオリジナル性を尊重する、素晴らしい職人です。エッジ部分は腐食していて、新しい部品を溶接せざるを得ませんでした。両側を別々の人が作ったかのように、左右で微妙に形は違っていました」

ジャガーSS100「パイクロフト」(1946年/ワンオフモデル) ジェームズ・マン(James Mann)
分解すると当初の塗装が見つかり、メタリック・シルバーも調色が可能になった。ボンネットはワンピース。今後のため、当時の塗装の一部はあえて残されている。
グッドウッドは、サーキット開設75周年記念のイベントとして、2023年のグッドウッド・リバイバルを設定。レストアは、これに間に合わせることになった。「ジャガーをそこで走らせることには、特別な意味がありました」。アレクサンダーが話す。
操縦性は戦前 スタイリングは戦後
今回も、パイクロフトのSS100はグッドウッドにいる。ボディのウエストラインは高く、往年の素朴な雰囲気を漂わせる。シフトレバーの動きはタイトで、ロッドで制御させるドラムブレーキの感触も独特。戦前のマシンであることを隠さない。
だが、スタイリングは戦後風。速度が上昇すると、フロントタイヤのすわりが改善し安定性が増す。ボディは通常のSS100より約45kg重いが、空力に優れるため速い。パイクロフトの記録によれば、0-97km/h加速は約10%鋭いようだ。

ジャガーSS100「パイクロフト」(1946年/ワンオフモデル) ジェームズ・マン(James Mann)
直列6気筒エンジンも、チューニングを受けている。加工されたフローヘッドが載り、ピストンは高圧縮比のもので、コンロッドはアルミ製だという。
ボディサイドは大きく膨らみ、燃料タンクは車両の中央側へ寄せられ、キャビンは広くない。アレクサンダーは、空間を稼ぐためシートの背もたれを省き、座面だけにした。
「ジャガーはグッドウッドが相応しい」
オリジナルのシートは、ヒョウ柄のレザー張りだったという。ロンドンの市場で発見し、母が縫製したらしい。当時23歳の、盛んな若者らしいチョイスといえる。
パイクロフトは、1950年代からヒルクライムで連勝していた。1960年代には、ジャガーEタイプで欧州各地のレースを席巻。1970年代には、BRM P126というF1マシンに乗り、RACスプリント選手権で3位入賞も掴んでいる。

ジャガーSS100「パイクロフト」(1946年/ワンオフモデル) ジェームズ・マン(James Mann)
最後まで、ジャガーXK120のスタイリングは、自分のSS100が起源だと考えていた。「ジャガーがわたしのボディのデザインを盗んだと、常に主張してきました」。亡くなる直前、1992年に自宅で記した手紙にも、そう綴られていた。
真実は違うかもしれない。それでも彼の努力と判断、運転技術が、ジャガーやグッドウッド・サーキットに特別な物語を残したことは変わらない。「ジャガーは、グッドウッドが相応しいと信じています」。アレクサンダーが微笑む。
協力:グッドウッド、ポール・スキレター氏、テリー・マクグラス・モーターリング・アーカイブズ
執筆:グレアム・ハースト(Grame Hurst)
