『魔物(마물)』©テレビ朝日・SLL

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 近年、テレビドラマにおいて「グルメ」は欠かせない要素となっている。火付け役となったのは、言うまでもなく『孤独のグルメ』(テレビ東京系)である。2012年に深夜枠で放送が開始されて以降、地味ながら根強い人気を保ち続け、今や年末の特番が風物詩と化すほどのシリーズとなった。

参考:『魔物(마물)』はただの“マクチャンドラマ”ではない 塩野瑛久が成立させた“ありえない男”

 グルメは人を癒す。日常の疲れを忘れさせ、画面の向こうの料理に没入することで、一種の“疑似満腹感”を得られる。『作りたい女と食べたい女』(NHK総合)や『しあわせは食べて寝て待て』(NHK総合)のように、食事を通して人々が心を通わせ合ったり、日常のささやかな幸せに気づく作品も多い。

 だが、2025年4月期の金曜ナイトドラマ『魔物(마물)』(テレビ朝日系)は、そんなグルメドラマの文脈に真っ向から異を唱える。いや、正確には、グルメドラマの形式を巧妙に利用しながら、その本質を徹底的に裏切る。これは、“食べるドラマ”ではなく“食べないドラマ”である。そしてそのことが、食という行為に潜む欲望と暴力性を、強烈に浮き彫りにしている。

 『魔物(마물)』の最大の特徴は、各話のタイトルに韓国料理の名前が用いられている点にある。第2話「愛欲のキムチチゲ」、第3話「偽りのサムギョプサル」、第4話「ほじくってケランチム」と、まるでムード歌謡のような言葉選びが印象的だ。

 実際には、これらの韓国料理は「食べるため」に登場するのではない。むしろ、食卓を囲むことによって噴出する怒り、悲しみ、嫉妬――そうした悪感情を爆発させるための装置として登場するのである。

 たとえば、主人公の弁護士・あやめ(麻生久美子)が、恩師である大学教授・名田(佐野史郎)の通夜に出向いた第2話。葬式は日本式だったが、なぜか珍しいことに通夜ぶるまいとしてキムチチゲが登場する。

 やがて、あやめが名田の殺人容疑をかけられている凍也(塩野瑛久)を連れてきたことが明らかになると、その場は一気に険悪な雰囲気に包まれる。遺族の一人が鍋を手にして凍也に突進し、彼をかばったあやめは、全身キムチチゲまみれになってしまう。食べるという行為は行われず、むしろ“食べない”ことが、登場人物たちの関係性の断絶を象徴するのである。

 こうした構図はほぼ全話に共通している。第3話では、あやめが母の誕生日祝いに韓国料理店を訪れるものの、娘へのチクチク言葉が止まらない両親に耐えかね、サムギョプサルを一口かじっただけでその場から逃亡。第4話では、凍也があやめと関係を持っていることに気づいた凍也の妻・夏音(北香那)が、怒りを露わにしてケランチムを箸で突き刺す。

 『魔物(마물)』において料理とは、人々の間に存在する見えない亀裂を顕在化させるトリガーなのだ。だからこそ、普段は食欲を刺激するはずの韓国料理の色彩も、かえって胃もたれするほどの情念を喚起させる。

 本作がただの“韓国風ドラマ”でないことは、その物語の構造と演出にも表れている。ツッコミどころの多い“マクチャンドラマ”として楽しんでいると、ある一線を越えた途端、一気に濃密なサスペンスへと姿を変える。その緩急の落差こそが、本作の最大の魅力だ。

 テレビ朝日系の金曜ナイトドラマといえば、『おっさんずラブ』や『無能の鷹』のようなコメディ作品も多い枠だが、本作の暴力シーンや濡れ場の描写には容赦がなく、確かな生々しさがある。あやめに心を許していたように見えた凍也が、次の瞬間には暴力性を垣間見せることで、視聴者は否応なく物語の深淵に引きずり込まれるのだ。

 この落差の演出は、映像美とも深く結びついている。全体的に暗いトーンや、被写界深度の浅いレンズ、カメラの揺れ――日本の地上波では見慣れないカットや照明の使い方が、登場人物の心理を視覚的に追体験させ、心を揺さぶる。登場する料理だけでなく、その作品づくりにも韓国の“味”をうまく織り交ぜているのだ。

 グルメドラマが「食べること」で癒しや共感を描いてきたとするなら、『魔物(마물)』はその対極にある。「食べないこと」を通して、人間関係の歪みや欲望の暴走、そして感情の爆発を描いている。

 “食卓に出されたのに、食べずに終わる”という状況が、視聴者にとってこれほどまでに痛烈な印象を与えることは珍しい。『魔物(마물)』は、食事という“日常の快楽”に潜む不穏な欲望を、逆照射する作品なのだ。

 第5話の予告では、あやめと夏音、そして亡き名田の妻・陽子(神野三鈴)が、なぜか3人でサムゲタンを囲む姿が映し出されていた。およそ嫌な予感しかしないが、次回こそおいしく食べられるのか。それとも、湯気とともに希望も立ち消えるのか。グルメドラマの逆をいく、胃がキリキリする料理描写に注目しながら、『魔物(마물)』を楽しみたい。

(文=花沢香里奈)