「ウマ娘」の影響で引退競走馬の寄付金が370倍に──その裏にある、一人の“支援のパイオニア”の存在と思い
ターフを去った競走馬は、その後どこへ行くのか──。
引退馬を追った映画「今日もどこかで馬は生まれる」を企画・監督した平林健一さんが、サラブレッドの等身大の生と死を書いた新刊『サラブレッドはどこへ行くのか 「引退馬」から見る日本競馬』。問題の前進を目指して、前例のない中で支援の在り方を模索してきたある開拓者の姿を、本書から抜粋して公開します。
『サラブレッドはどこへ行くのか 「引退馬」から見る日本競馬』
『サラブレッドはどこへ行くのか 「引退馬」から見る日本競馬』より命をつなげるドネーション
競馬産業にまつわるここ数年の大きなトピックの一つに、実在の競走馬をモデルに擬人化したキャラクター「ウマ娘」がレースで競う合う世界を描いたメディアミックスプロジェクト「ウマ娘 プリティーダービー」の登場がある。このコンテンツが一大ブームとなり、そのユーザーたちが、作中に登場する馬を現実でも応援しようとする動きが、実は引退馬支援の大きな波となっている。
その影響が最もよく見てとれるのは、認定NPO法人引退馬協会が主催する「ナイスネイチャ・バースデー(メモリアル)ドネーション」だろう。この活動は、ナイスネイチャを所有する引退馬協会が行なっているもので、2017年から当馬の誕生日の4月16日に開催されている寄付イベントだ。図7-2を見ると、支援者数と寄付金額が右肩上がりに増加し、特に2021年は前年比で支援者数は約40倍、寄付金額は約20倍と爆発的に上昇している。この年は「ウマ娘 プリティーダービー」のスマホアプリがリリースされた年で、ナイスネイチャもキャラクターとして登場している。その後も支援者数、寄付金が増え、2023年にはついに2万人を超える支援者と約7400万円もの寄付が集まった。2017年の370倍の金額である。
「ナイスネイチャ・バースデー(メモリアル)ドネーション」の実績
この活動で注目すべきは、支援者と寄付金の多さだけではなく、その目的にある。実は、集まった寄付金はナイスネイチャの飼養費になるわけではない。このドネーションでは、「1頭でも多くの馬を助けよう」をテーマとして、ジャパン・スタンドブック・インターナショナルの助成金の対象とならない繁殖馬のうち、産駒が重賞を勝ったことのある馬や、地方重賞の勝ち馬など、毎年対象となる馬を変えながら、行き場を失った馬の余生を支えるために寄付金が使われている。
つまり、興味の入り口は「ウマ娘のナイスネイチャ」だが、その先の引退馬にも「支援したい」気持ちがあるからこそ、結果に結びついているのだと考えられる。 このことからも、引退馬支援において、この問題を知らない多くの人に向けて「まずは知ってもらうこと」が大切なのは間違いない。
ちなみにこのドネーションは毎年テーマが異なるため、対象となる馬の肩書は変わっているものの、これまでにも多くの馬が「ナイスネイチャ・バースデー(メモリアル)ドネーション」により命をつないできた。その数は、2024年9月末時点で63 頭(うちフォスターホース39頭)にものぼる。中にはすでに天国へと旅立ってしまった馬もいて、看板馬であったナイスネイチャも2023年にこの世を去ってしまったが、たくさんのファンから集まった寄付金が、これほど多くの馬の命を支えてきたのだ。
支援のパイオニア──引退馬協会
さて、引退馬協会について、ここで改めて述べておきたい。
引退馬協会の代表理事を務める沼田恭子さんに、著者は映画「今日もどこかで馬は生まれる」制作の後もずっとお世話になっており、今も定期的に引退馬協会の本部がある乗馬倶楽部イグレットにお邪魔している。取材としては2018年4月の映画撮影時、2021年9月と、計二度のご協力をいただいた。
引退馬協会の代表理事を務める沼田恭子さん
2回目の取材は、ちょうどバースデードネーションで支援者と寄付額が爆発的に増加した年だった。取材時には2008年のダービー馬ディープスカイをはじめ、アサヒライジング、タイキポーラなど、自身や産駒が重賞を勝ったことのある10頭の受け入れが決まっていたところだった。
それから3年経った2024年には、ナイスネイチャがすでに没したにもかかわらず、当時の倍以上の寄付金が集まった。ドネーションは「ウマ娘」ブームが火付け役になったわけだが、寄付金によって行き場を失くした馬を終生飼養するという、引退馬協会が築き上げてきた仕組みがなければ、この社会現象は決して起きなかっただろう。
沼田さんは取材当時、こう思いを語っている。
「これまでは、競馬ファンからしか引退馬に関心を持ってもらえる人を掘り起こせないと思っていました。でもウマ娘によって、ゲームをする方々が活躍した競走馬に興味を持ち、その馬たちの引退後のことまで考え、応援しようという気持ちになってくださったのは、素直に嬉しかったですね」
「引退馬」という言葉をスタンダードなものにしたのは、私は沼田さんではないかと思っている。少なくとも沼田さんは、この言葉が市民権を得ていない時代から活動を行なう、〝引退馬支援のパイオニア〟である。
どうして沼田さんは、いち早く引退馬支援を行なおうと思ったのだろうか。
広島県生まれの沼田さんは、東京での大学時代に通っていた乗馬クラブでご主人と出会い、結婚。夫婦で乗馬クラブ、北海道の社台ファーム、そして千葉県に移り住んで競走馬の育成牧場など、さまざまな馬事関係の仕事に従事したのち、乗馬倶楽部イグレットを設立。ご主人が病気で他界したことをきっかけに、クラブの運営を引き継いだ。しかし業界の例に漏れず、当時はイグレットでも働けなくなった会有馬を家畜商へと出していた。その度に沼田さんは心を痛めたという。
「何度か繰り返すうちに、こんなのは嫌だ、やっていられないという気持ちになりました」
しかし、当時は最期まで会有馬の面倒を見ている乗馬クラブはほとんどなかった。そうした状況の中で、複数の人の思いを集めて馬を救う仕組みをつくることを思いつき、里親制度の設立に動いた。そして1997年、引退馬協会の前身である「イグレット軽種馬フォスターペアレントの会」が設立され、ナイスネイチャの弟であるグラールストーンが第1号のフォスターホース(この里親制度によって養われる馬)となった。
しかし当時、沼田さんたちの活動は、馬事業界で必ずしも歓迎されるものではなかった。冷ややかな目で見られることもあったという。かつて引退馬問題の啓発イベントを行なった際に、来場者の一人から「全頭救えないのだったら、(引退馬の支援活動は)やらない方がいい」と言われたこともあったそうだ。
だが、そうした経験が沼田さんの信念をより強くした。
「馬は1頭ずつしか生かせない。そう思っているんですよ」
この想いをそのままに、同会は着実に活動の幅を広げ、2005年からは引退馬の引き取り相談や預託先の紹介、引退馬繋養団体の設立・運営支援を行なう対外支援活動「引退馬ネット」事業を開始。2011年には「引退馬協会」に改称して団体をNPO法人化した。その他にも東日本大震災で被災した馬の支援活動や、引退馬支援の諸団体と密に連携した活動を行ない、長らく馬たちの命を繋いできたのだ。
「1頭」と「一人」を見つめ続けて
沼田さんがこの活動を始めて、27年の月日が経った。誤解を恐れずに言えば、費やした年月を考えると、直接的に救った馬の頭数は、決して多いとは言えないかもしれない。だが沼田さんの活動が「引退馬のことに触れてはならない」という業界内の暗黙の了解を変える礎となったことは、疑う余地がない。沼田さんはこの問題におけるゴールについて、こう言及している。
「引退馬に関わる者として、究極的にはやはり『全頭生かしたい』という理想は持ち続けています。そのためには生産頭数を減らすことも必要になってくるかもしれないですが、それは引退馬を生かす立場側の意見であり、競馬産業には生産牧場、育成牧場をはじめ、さまざまな人が関わっています。私も夫に付いて生産牧場や育成牧場の仕事にも関わりましたし、乗馬クラブにも携わりました。だからそれぞれの人々の気持ちが、ある程度はわかるような気がするのです。ですから、私たちは目の前の1頭を生かし続けることに取り組んでいるわけです。でも願わくは、『1頭産ませてみたい』というような、惰性で生産することはやめていただきたいですね」
私は沼田さんの言葉が好きだ。そして、その中でも特に好きなものが2つある。
一つは、先に挙げた「馬は1頭ずつしか生かせない」という言葉。
もう一つは、「熱い思いを持った人が一人はいないと、その馬は助からないんですよ」というもの。映画の中で語っていた言葉だ。
沼田さんは、ずっと“1頭”と“一人”を見続けてきた。きっとこれからも、その姿勢は変わらないだろう。沼田さんが築き上げてきたのは、「慈悲の心で引退馬を救う」という基盤だと思っている。大きなお金が動く競走馬時代を経て、その経済性が失われた後も「生かしたい」と思うのは、人の慈悲に他ならない。そしてその気持ちをダイレクトに支援に生かすのが、寄付という方法だ。だから「ナイスネイチャ・バースデー(メモリアル)ドネーション」をはじめ、引退馬を生かすためのクラウドファンディングや募金活動には、大きなお金が動くのだろう。より多くの人にこの問題が知られれば、今よりもっと「慈悲」は集まるに違いない。
■福永祐一氏推薦
「もう目を背けてはいけない現実がある。
我々ホースマンが読むべき一冊。
競馬の未来のために出来ることのヒントがここにある」
――福永祐一氏(JRA調教師)
平林健一
1987年、青森県生まれ。映画監督、起業家。多摩美術大学卒業。引退馬をテーマにしたノンフィクション映画「今日もどこかで馬は生まれる」を企画、監督し、門真国際映画祭2020優秀作品賞および大阪府知事賞を受賞。JRAやJRA-VANの広告映像をはじめ、テレビ東京の競馬番組など競馬関連の多様なコンテンツ制作を生業としつつ、人と馬を身近にするサイト「Loveuma.」を運営し、引退馬支援をライフワークとしている。本書が初の著書となる。
