続いて「なぜ『サムシクおじさん』だったのかと聞かれたら、僕だけでなく、創造性を発揮するアーティストの基本だと思いますが、新しい視点から出発する作品に対するニーズがありました。そのような理由で、シン・ヨンシクという監督に注目していました。例えば『空と風と星の詩人 〜尹東柱の生涯〜』を書いて制作する時、尹東柱(ユン・ドンジュ)という詩人とその詩についてはよく知っていますが、詩人の足跡は深く考えたことがなかったので、その点が新鮮でした。シン・ヨンシクという脚本家が、定型化された視線ではなく、僕たちが知ってはいるけれど、見過ごしていた隙間の美しさを捉える視線があることを知りました。そのようにして会い始め、『サムシクおじさん』もその一環として出発しました。この速い世の中で、しかも50年前の物語に誰が興味を持つかと思うと挑戦できないと思いますが、果敢にその物語を通して現代を生きる我々の姿を省みることができるという点が新鮮に思えました」と説明した。

ドラマと映画撮影の違いについては、「映画もドラマも、演技に取り組む姿勢や事前の作業は同じです。ただ、ドラマは分量が多いです。環境は似ていますが、こなす分量が非常に多くて、技術的な準備のようなものは違いますが、根本的な準備は同じだと思います」とし、「その中でも難しいのは、映画は人物の象徴的な演技や感情を一瞬で見せなければならないというプレッシャーがあるのに対し、ドラマはそういったものを少しずつ分散して適切に人物を積み上げていくという点が良いと思います」と振り返った。

ソン・ガンホが考える「サムシクおじさん」に対する話も伝えた。彼は「サムシクは実在の人物でもなく、背景としては韓国社会の激変期に存在した架空の人物です。しかし、その人物を通してその時代の人を考えるだけでなく、今の私たちの暮らしの中にも、サムシクという人物、キム・サンという人物など、様々なキャラクターがどこにでも存在できると思いました」と語り、「少し難しいですが、私たちの顔を見つけてもらう職業が俳優だと思います。誰もが知っている顔でありながら、画面を通して忘れていた私たちの顔を、俳優の演技を通して見つけるのだと考えてきました。そのような意味で、サムシクもそのような人物であってほしいと思いました。もっと大きな観点から見ると、このドラマも視聴者にそのように近づいていってほしいと思いました」と伝えた。

また、サムシクとキム・サン、カン・ソンミン(イ・キュヒョン)の関係性にも言及した。ソン・ガンホは「キム・サンという存在は、サムシクにとってロマンだったと思います。サムシクという人物は、幼い頃から生きてきた環境が厳しく、人間として最も悲惨な環境だったんです。詳しいことは描かれませんが、日本でお金をたくさん稼いできた人のようです。その人が持っている人間らしい暮らしと社会に対するロマンを実現させてくれる、最も純粋で、自分が持っていない純粋さと情熱を、キム・サンの中から発見したのではないでしょうか。自分が考えていた理想的な暮らしと社会を実現させてくれるロマンの対象として考えました。そのため、愛着を持ってしがみついたのではないかと思いました」と分析した。

続いて、「カン・ソンミンとサムシクは、愛憎というべきか、憎しみと愛情、哀れみなどに満ちた関係ではないでしょうか。幼い頃から保護され、愛されてきましたし、その見返りとして嫌なことをしてきました。カン・ソンミンの生まれ育った環境をよく知っているからこそ、同情もあったはずだし、それでも自分を信じて頼りにしている存在に対する愛情もあったと思います。説明できない複雑な感情ではないかと思います」と振り返った。