ホストクラブに通う女性たちは、大金を使う代わりに何を得ているのか。ノンフィクションライターの宇都宮直子さんの著書『ホス狂い 歌舞伎町ネバーランドで女たちは今日も踊る』(小学館新書)より、40代の会社経営者「いちごチェリーさん」のエピソードを紹介する――。(第2回)
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■アゴ注射と豊胸を終えた彼女の予想外の告白

年が明けた2022年2月。いちごチェリーさんから早朝に「話したいことがあります。お会いできないでしょうか」とLINEが来た。

それまでも時々、歌舞伎町で食事をしたり、良人くんやキラオくんの店に一緒に行ったり、いちごチェリーさんのアルバイト先に遊びに行ったりしていた中で、彼女のほうから、こんな風に改まって「話したいことがあるから会えないか」という申し入れがあったのは、初めてのことだ。なにか不穏な気配を感じたが、ただ、それまでも何度か「夫と離婚を考えている」とは聞いていたため、今回会いたいというのも、夫婦関係についての相談か……と思っていた。

LINEが来てから1カ月後。新宿三丁目のビストロで久々にいちごチェリーさんと再会した。

久しぶりに会ったいちごチェリーさんは、小花柄のチュニック姿で、大粒のラメが目立つアイメイクを施していた。

「いや〜、今日は、プチ整形してきたんですよ。アゴの脂肪溶解注射と、豊胸ですね」と朗らかに笑いながら、私がワインを飲んでいるのを見て「私もお酒が飲みたいな」という。

大がかりな施術の後に飲酒は危険極まりないため、本気で止めたものの、その様子は、いつもにもまして、ハイテンションだ。私も、いちごチェリーさんのノリにつられ、気が付けば白ワインのグラスを重ねていた。

1時間半ほどすぎた頃だろうか。彼女は急に、フッと真顔になって、それまでとは違った様子で、こう言った。

「実は、夫にホスト通いのことを告白しました。私は去年1年間で、歌舞伎町に2800万円、使いました。夫との共有財産を使い込んだんです」――。

予想だにしなかった彼女の告白は、なんともヘビーなものだった。

■“2人の子”にこだわる夫から離婚を突き付けられる

いちごチェリーさんが嫁いだ先は、代々続く地元の素封家(そほうか)。夫は跡取りである総領息子だ。そのため、結婚した当初から、いちごチェリーさんには、跡継ぎを産むという使命が課せられており、本人も、それが当たり前だと思っていたという。しかし、結婚後数年で授かった命は、この世に生を受けることはなかった。そこから、夫婦の長い不妊治療が始まったという。

「30代の頃はまだよかったんです。でも、年を重ねるにつれて、身体の負担が大きくなってきた。養子をとるということも視野にいれ、話しあってきましたが、夫はどうしても“2人の子”にこだわっているようでした。なぜ、夫婦で私だけが、こんなにつらい思いをしなければいけないんだろう、と思っている中、夫から追いうちをかけるように『いちごは努力をしていない。今年、結果がでなければ、離婚する』と言われたんです」

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結果というのは、“着床”のこともあるが、それだけではない。いちごチェリーさんは、ふくよかな体型をしており、医者からも不妊治療のためには減量が必要と言い渡されていた。私の部屋で打っていたインシュリンペンのような注射器も、減量のために処方されたものだったかもしれない。

■張り詰めていた神経がプツリときれた瞬間

不妊治療や、夫からのプレッシャーがあまりにもきつくかさなり、気が付けば過食に走ってしまういちごチェリーさんは、食べてしまったあと、どうしても辛くなり、泣いてしまったこともあるという。そんな彼女に、夫は「痩せないのは努力不足。痩せなければ離婚だ」と言い放ったのだ。

もともと夫には、モラハラの気があったとはいうが、それにしても、追い詰められている彼女にとっては、あまりにも辛辣すぎる言葉だったのではないだろうか。彼女の張り詰めていた神経は、ここでプツリときれた。

「それまでは、ホストクラブでは、今日はこれだけ、と使う金額をきめていて、そこから逸脱することはなかった。でも、その頃、たまたま仕事で大阪に行く機会があって、その夜、ホストクラブに行ったんですね。そこは初回だったんですけど、初めて、自分の所持金以上のお金を使ってしまったんです」

■子供のために使おうと、コツコツ貯め続けていたお金

手持ちの現金はなかったが、遠出ということもあり「念のため」に、夫との共有口座のカードを持ってきていた。この「共有口座」はいちごさんの会社を共同名義としながら、自身は大手商社の会社員として安定した収入のある夫が、自分といちごチェリーさんの老後のために結婚後から、2人でコツコツと貯め続けていたお金だ。また、もし子供を授かったら、養子をとったら、子供の学費のために使おう、と約束していたそれは、絶対に手をつけてはいけないお金だった。

「お金がないから、もうそこから出すしかない。『現金を下ろしてくる』というと、そのとき、卓についていたホストが、ATMまで、ピッタリついてきて、お金を下ろすまで離れなかった」

その光景には見覚えがある。私が歌舞伎町に住むようになってすぐ、歌舞伎町二丁目のミニストップに夕飯を買いに行くと、ATMでお金を下ろす女性のうしろに、ぴたっと男性が張り付き、出金する姿を見守っているのだ。

女性がお金を手にするところを見届けると、男性は出金を見守る時とは一転、満面の笑みとなり、女性の肩をだき、人目もはばからずにイチャイチャしながら、2人で大量のつまみを選んでいった。女性は、陶酔したような、恍惚としたような、嬉しそうな笑顔を浮かべているのだ。

■「ホス狂い」は確定申告までの期間限定だった

この、江戸時代の吉原でいうところの「付け馬」(※遊郭や飲み屋などで、客が代金を払えない場合、その客に付き添ってその代金を取り立てにいくこと)的光景は、その後、何度も歌舞伎町のコンビニで目にすることとなった。

初対面のホストから受けた、まるで「借金の取り立て」のような扱いに彼女は、どれ程、傷ついたことだろうか。いちごチェリーさんは続ける。

「それからは、ああ、このお金がある、と、引き出しては歌舞伎町に費やす日々でした。最初はすぐに返すつもりで『まだ補てんできる』『まだいける』と思っていたのですが、もう、途中でどうでもよくなった。でも、2月には確定申告があるから、お金の動きは、夫にはバレる。私の『ホス狂い』はその時までの、期間限定のものだったんです」

そういうとひとつ、息を吸い込み「これが、私の歌舞伎町での1年間のすべてです」とほほ笑んだ。

■今までの生活が壊れていくカウントダウン

昨年、5月の初対面の時、夫のことを「尊敬している」「無人島に誰か1人連れて行くなら、夫」「どんなにホストに通っても夫婦関係を破綻させるつもりはない」と、夫との強い絆を、あれほど語っていたではないか。それが、1年足らずで、ここまで来てしまったのか。もちろん初対面の頃から、その萌芽はあったのだろう。ただ、私が気が付かなかっただけだ。彼女は会社を経営していたが、いつのまにか、本業の話をしなくなっていたことも、気にはなっていた。

彼女は、時に強気で「ホストクラブでの楽しみ方」を私に語り、時には少女のように「良人くんは私のことを好きだと思いませんか?」と相談してきたりしていた。そんな、歌舞伎町をめいっぱいエンジョイしているように見えていた時も、また、あのイベントの、良人くんと一緒に横須賀にスカジャンを買いに行き「『東京卍リベンジャーズ』のコスプレをしました!」と写真を見せてくれた時も、衣吹くんを連れ私の部屋に遊びに来ていた時も、彼女の中では、常に、想像も及ばぬような焦燥感の中で、カウントダウンが続いていたのだ――。

写真=iStock.com/Sunil Naik
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■ホストたちと歌舞伎町で生きていく“覚悟の刻印”

「夫は、私の使い込みや、歌舞伎町でのホスト遊びをすべて知った上で、それでも夫婦生活を続けていこうと言います。でも、私はもう無理です。

歌舞伎町やホストと関わらなければ、私自身、人生を見直すこともなく、くすぶった生活を送っていたと思う。そう考えると、辛い思いもしたけれど、みんなと出会えてよかった。これからは歌舞伎町で生活をしていこうと思います。夫からは使い込んだお金を返せと言われていますし、生活費のこともあるので、副業でデリ(※デリバリーヘルス)で働こうと思って。そのためには、まず商品としての外見を磨かなければ、って豊胸したんですよね(笑い)。

豊胸は、体質的なこともあってか、かなりの難手術で、カウンセリングでは30分で終わると言われていたのが、お医者さん2人がかりの大手術になりました。もう、すご〜く痛くって。でも、この激痛が、私が今まで関わってきたホストたちと、今後も歌舞伎町で生きていこうという決意を再確認させてくれました。私にとって、この痛みは、デリで働く決意をしたことよりもさらに大きい、今後の新しい生活への“覚悟の刻印”だって」

■彼女の1年はケータイ小説の世界そのもの

この日、いちごチェリーさんと別れた後、いつまでも、彼女のことを考えていた。

離婚という言葉が出ていた時、私はどれだけ、真剣に彼女の話を聞こうとしただろうか。お金のことだって、本人の言うように、いつでも、補てんできる時機はあったはず。彼女は、いつだって元の世界に戻れたはずだ。そもそも私が取材を申し込まなければ、ここまで、彼女の行動が加速することはなかったのではないか、ということは、何回も頭をよぎっていた。

彼女は初対面の際「少女マンガの登場人物みたいなトキメキが欲しい」と話していた。ホストたちと恋をして、自らが主人公となってその話を誰かに語って聞かせるというのは、まるで彼女が青春を過ごした90年代に大流行した携帯小説のようなストーリーではないか。

そういえば、彼女は「ケータイ小説を書きたい」と話していたこともあった。ホスト、整形、風俗……いちごチェリーさんがこの1年で駆け抜けたのは、一世を風靡したケータイ小説『Deep Love』の世界そのものだ。彼女は、自分が書くことがなかったケータイ小説を、現実のものとしたのだろうか。そして、それを否定することもなく、ただ、話を聞き続けた私も、彼女の描くストーリーを増幅させてしまったのではないだろうか――。

■月8万円、ホストと同じタワマン…新たな住まい探し

再会からすぐに「家を出たいから、物件を探しているんです。月8万くらいで歌舞伎町で」と連絡が来たため、民泊サイトや口コミを駆使して、条件に合う部屋を探した。しかし、彼女にセレクトした物件を送っても、一向に返信はない。

その後「やっぱりシングルになったら、お金がかかるから、一人暮らしはやめました!」と報告がきた。……と、思いきや、1週間後には「歌舞伎町ど真ん中のタワマンでいい物件があるんです! 良人くんと同じ建物なんです」「代々木にもいい物件がありました! どちらがいいと思います?」

とLINEが来る。とりあえず、本人の了承が取れていないうちは、良人くんと同じ物件はやめといたほうがいいということだけは伝えた。その後も物件を探しているようだが、いまだに確定はしていない。

■「私はホストに行ったことを後悔していません」

現在いちごチェリーさんは、離婚の準備を進めながら、これまでのキャリアを活かして都心のシティホテルで働いている。同時に都内のデリバリーヘルスでも働き始めた。彼女が大好きな良人くんに「副業」について報告すると、彼は「仕事でやるからには頑張って」と声をかけたという。

宇都宮直子『ホス狂い 歌舞伎町ネバーランドで女たちは今日も踊る』(小学館新書)

「私もこの1年間で、『風俗』と『整形』をカミングアウトできるくらい強くなりました。そもそも歌舞伎町に来なければ、痩せようとも思わなかったし、美容に気をつかおうとも思わなかったでしょう。歌舞伎町以前は、化粧品もドラッグストアのプチプラで間に合わせていたけれども、今では、すべてデパコスで揃えています。歌舞伎町に通うようになって、もう1年以上。私はホストに行ったことを後悔していません。でも本当は後悔するべきなのかもしれません。かなりの額を使いましたし、自分の時間や精神を削って生活リズムを変えホストに尽くす日々だからです。

自分より10歳以上年下のホストに翻弄され、時々自分でもどうしたらいいのかわからないくらい沼にハマって溺れています。でもそれに勝る幸せな時間があるから、使った時間も愛情も返してもらえていると感じるし、一円たりとも後悔が無いんだと思います」

だが、一瞬、表情を変えて、こうとも言うのだ。

「もし、誰かから、『ホストに行ってみたいんですがどうですか?』と聞かれれば、その方が、これから行くことを私は止めません。でも決して、おいで! とは言いません」

はからずも「歌舞伎町」が開いたいちごチェリーさんの「第二の人生」はどこへと続いていくのだろうか。

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宇都宮 直子(うつのみや・なおこ)
ノンフィクションライター
1977年千葉県生まれ。多摩美術大学美術学部卒業後、出版社勤務などを経て、フリーランス記者に。「女性セブン」「週刊ポスト」などで事件や芸能スクープを中心に取材を行う。著書に『ホス狂い 歌舞伎町ネバーランドで女たちは今日も踊る』(小学館新書)がある。
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(ノンフィクションライター 宇都宮 直子)