引退の内田篤人、激闘の「日本代表ユニフォーム姿」を振り返る

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23日のガンバ大阪戦を最後に現役を退いた元日本代表DF内田篤人。

ここでは内田が、北京五輪予選を戦ったU-22時代から、国の威信をかけてピッチで激闘を繰り広げた日本代表のユニフォーム姿を振り返ってみたい。

日本代表 2006 ホーム ユニフォーム

A代表が2006年のドイツ・ワールドカップで使用した「刃文モデル」ユニフォーム。内田はU-22のメンバーとして、このキットを着て2008年北京五輪予選を戦った。

日本代表 2008 ホーム ユニフォーム

内田は2008年1月26日のチリ代表戦でA代表デビュー。この写真はまさにそのデビュー戦を捉えた1枚だ。ユニフォームはゴールドの放射状ラインが日の出に見えることから「ご来光モデル」と呼ばれた。

日本代表 2008年 北京五輪 ユニフォーム

内田は2008年北京オリンピック本大会に出場。大会規定によりユニフォームは八咫烏(やたがらす)のエンブレムではなく、日の丸を付けたことが話題となった。

日本代表 2010 ホーム ユニフォーム

2010年の南アフリカW杯で使用したユニフォーム。前身頃に八咫烏の羽のグラフィックをデザインした「革命の羽モデル」と呼ばれる。内田はW杯メンバーに選ばれたが、出場の機会を与えられることなく大会を後にした。

日本代表 2010 アウェイ ユニフォーム

基本的には2010ホームと同じデザイン。2010年2月の東アジアサッカー選手権(現EAFF E-1サッカー選手権)から投入された。胸元の赤い四角は日の丸をイメージしている。

日本代表 2012 ホーム ユニフォーム

2012年ロンドン五輪などでも使われたこのキットは通称「結束の一本線モデル」。“ジャパンDブルー”と呼ばれるネイビーに赤い一本線が特徴的だった。内田は2014ブラジルW杯予選などで袖を通している。

日本代表 2012 アウェイ ユニフォーム

2012年10月。内田も出場したフランス代表とのアウェイゲームでお披露目となったユニフォーム。シャツには荒々しい毛筆タッチでブルーの八咫烏(ヤタガラス)を描いている。

日本代表 2014 ホーム ユニフォーム

内田も出場した2014年ブラジルW杯で着用したユニフォーム。背中のラインが特徴的で、円陣を組むと輪のようにつながることから「円陣モデル」と呼ばれる。

日本代表 2014 アウェイ ユニフォーム

日本代表史上初となる蛍光イエローを採用したアウェイキット。良くも悪くも強烈なインパクトを放ったが、記憶に残っているとは言い難い。

日本代表 2011 チャリティマッチ ユニフォーム

2011年3月29日の『東北地方太平洋沖地震復興支援チャリティーマッチ』で着用した一夜限りのユニフォーム。胸に「がんばろうニッポン!サッカーファミリーのチカラをひとつに!」のロゴを掲出した。

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