これからの時代、どんなキャリア設計をすればいいのか。事業家・思想家の山口揚平氏は「一つの企業で働き続けるという発想は捨てたほうがいい。大企業の優秀なエースでも、35歳までに会社の外に出て戦わなければ、“井の中の蛙”になる」と指摘する――。

※本稿は、山口揚平『1日3時間だけ働いておだやかに暮らすための思考法』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

■「素直さ」は訓練で身につけられる

私は職業訓練における最大の美徳は「素直さ」だと思っている。素直ということは脳のハードディスクドライブに空きがあり、幼児の体のように思考も柔軟だということだ。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/LightFieldStudios)

実際、私の会社ではできるだけ社会人経験のない人を採用するようにしている。それは経験がないほうが仕事の「型」を教え込みやすいからである。経験のない人はそれを自分の弱みだと考えがちだが、実はそれはアピールポイントなのである。さまざまな新人に仕事を教えてきた立場から言って間違いない。

仮に30歳を過ぎていて職能が身についていない場合でも、やはり最大のバリューは素直さだ。卑屈になる必要はない。

素直さは生まれ持った特性ではなく、訓練で身につけられる。物事を俯瞰で見る。物事をゼロイチではなくグラデーションで見る。もう少し具体的に言えば、自らの人生で否定してきたものをあえて肯定してみる。嫌いな人、苦手な領域、避けてきた勉強を肯定してみる。

このような訓練を1カ月くらい続けると、一点に吸着していた自分の思考パターン、すなわち偏見や固定観念を一つひとつ解きほぐすことができる。

■イノベーションは「霞が関」からは起きない

訓練するのはいいが、どこで頑張るかという話もある。この国の未来に閉塞感を抱いている若者の多くは、心密かに「維新」を求めている。だが、残念ながらこの先の日本に「黒船」がやってくる理由は見当たらない。

では今の若者は、どこに活路を見いだせばいいのか?

方策は2つある。「地方」と「海外」である。

イノベーションは常に「周辺」から起こる(図表1)。なぜなら「周辺」は「現実」とこすれ合い、摩擦し合っているからだ。日本のコアである霞が関は現実に触れていないので、そこでは空論ばかりが飛び交う。

イノベーションは周辺から起こる(画像=『1日3時間だけ働いておだやかに暮らすための思考法』

よって、もし志があるなら地方で旗揚げするのが一つの手だ。幕末維新も地方の脱藩志士によって成し遂げられたことを思い出そう。もしくは一度、この国を出て行くのも手だ。

これまでは「日本企業」と「日本国民」と「日本政府」は三位一体として捉えられてきたが、今後は分裂する。

■先見のある「日本企業」は日本を捨てる

2006年ごろから先見のある「日本企業」は日本を捨て、グローバルに戦うことを決めた。世界市場を意識して外国人留学生を積極的に採用する企業も増えている。日本企業が日本人を雇わなければならないという理屈は存在しないので、ここで決定的に「日本企業」と「日本国民」「日本政府」は分離・反発することになる。優秀な外国人を新たな乗組員として迎え入れることができた企業からそそくさと世界航海に乗り出しているのだ。

逆に日本から出て行かない日本企業は、政府の庇護のもとにある重厚長大企業と、その体力がない中小零細企業だけだ。

では、「日本企業」に去られる可能性の高い「日本国民」と「日本政府」はどう出るか?

前提として、行政の無駄はなくならない。市民革命を経験していないこの国は実質的には封建国家であり、国民が「お上」に口答えすることは決してないのだ。

そうなると財源の確保が問題になるので、政府は出て行ってほしくない企業に媚びて法人税を下げる方向で動いている。そのしわ寄せは消費税増税である。ただ消費税の増税はさらなる内需の圧迫につながることになり、国内の閉塞感はますます高まらざるを得ない。

■「出て行ける者」から日本を出ていく

加えて、政府は国民資金のロックによる財源の確保を狙うだろう。政府の負債と国民の預貯金はそれぞれが1000兆円でプラスマイナスゼロの関係にあるが、それは国民が間接的に国債を買っていれば成り立つ関係だ。

だが国民も、今さらゆうちょにお金を預け、政府にだまし取られるほどバカではない。グローバル企業へと進化する日本企業や、成長する海外企業・資産へ少しずつ財産を移すはずだ。

国民からも財源を確保できないとなると、政府は国民の要請をかなえることは何一つできない。もし一つあるとすれば、それは「日本円通貨の国際的なIR(資本家対話)」であり「高度な産業資本政策」であるが、そのような機能を持つ組織はない。では今後新たな組織が生まれてこの国を導くかと言うと、情報化・分散化が進んだ今、そんなことはありえない。

だとするならば、出て行ける者から出て行くとなるのが当然だ。

若者はグローバルに出て行く新進気鋭の中堅企業に乗るか、グローバルで戦う外資系企業、あるいは自らの筏(いかだ)で世界を巡るしかない。それができないとしたら、新たなコミュニティを地域やバーチャルに形成し、その中で小さな生活と幸せを享受することになるだろう。

■90%の会社では「手に職がつく」ことはない

私は学生から進路相談を受けるが、就職を勧めていない。お金と健康の問題を抱えた会社勤めの友人がいたら、即時退職を勧めている。

それはなぜか?

そもそも会社に就職するのは「手に職を」、あるいは「信用を」という理由からだろう。でも90%の会社では手に職がつくことなどない。旧世代の産業システムのやり方や会社独自の文化を身につけることは、市場価値から言えばリスクにもなりうる。それに社会的信用を担保できる企業はせいぜい3〜5%。誰もが知るような世界的企業と、三井、三菱といった商社の一部くらいだ。

これからの時代、信用は個人で作っていくものである。

私の考えるキャリア設計の解の一つは3段階に分かれる(図表2)。

キャリアの守破離(画像=『1日3時間だけ働いておだやかに暮らすための思考法』

10〜20代は「修行期」と捉え、マスターやメンターの側で仕事の技を盗んだり、留学やインターンで海外を経験したり、大学院などでビジネスを学ぶ。特に20代は信用をどんどん作っていかなければいけない。その信用を使うのは30〜40代以降。お金と同じで浪費をせず、コツコツ貯めることが大事である。

■「20%上乗せ」で信用を貯める

信用をスピーディに貯めるためには、求められた仕事に対して必ず相手の期待値に20%上乗せしていくことが重要だ(私はこれを120%ルールと呼んでいる)。

逆に言えば、自分の思考と知識の限界から8割のレベルで十分な成果を挙げられる仕事を選ぶことが上司やクライアントへの誠意だと思う。研鑽(さん)は自分のお金で積むべきである。そうやって信用残高を増やしていくことで見えてくるものがあるはずだ。逆に修行期間である20代にお金や地位や名誉を求めるとうまくいかない。

30代、40代は「孤軍奮闘期」と捉え、起業を経験したりしながらリーダーシップとマネジメントを学ぶ。30歳前後になれば自然と新しいミッションが芽生え、一念発起する人が出てくるはずだ。ただし、業界をまたいで大きな挑戦をしていきたいなら、40歳くらいでようやくちゃんとした価値が出せるようになる(逆に40代にしっかり価値を作れないと、50代以降で後はない)。

そして50代、60代は一国一城の主となり、会社を率いながら人を守る。

このように武道で言う「守破離」の順番に沿って、人生のうち3回は非連続的にキャリアを変えて、出世魚のように生きていくのがベストだと思う。

■35歳までに会社を出ないと「井の中の蛙」になる

大企業のどんな優秀なエースでも、35歳までに会社の外に出て広いマーケットであらゆるリソースの制約の中で戦ってみないと、井の中の蛙になる可能性が高い。

山口揚平『1日3時間だけ働いておだやかに暮らすための思考法』(プレジデント社)

いずれにせよ、そういう意味でも「一つの企業で働き続ける」という発想は捨てたほうがいい。

私のような40代の親世代はよく「正社員になることが安定をもたらす」と言うが、それもない。新入社員の30%が3年以内に、最初に勤めた企業を去る時代である。それが前向きな転職ならいいが、特に若い世代の退職は心を病むことが原因であることが多く、その後のキャリアが低空飛行になることもある。つまり、正社員にこだわることは長期的視点で見るとむしろ不安定になりかねないのだ。

ならば上意下達で自由度のない職場を選ぶよりも、不安定飛行ながらも時間と人との距離感(ストレス度合い)を自由に選択できる「健康的自立」を最初から選ぶほうが長期的には安定するのではないだろうか。

ネットワーク社会ではそうした生き方がしやすくなる(図表3)。

これからのキャリア(画像=『1日3時間だけ働いておだやかに暮らすための思考法』

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山口揚平(やまぐち・ようへい)
事業家・思想家
早稲田大学政治経済学部卒。東京大学大学院修士(社会情報学修士)。専門は、貨幣論、情報化社会論。1990年代より大手外資系コンサルティング会社でM&Aに従事し、カネボウやダイエーなどの企業再生に携わったあと30歳で独立・起業。劇団経営、海外ビジネス研修プログラミング事業をはじめとする複数の事業、会社を経営するかたわら、執筆・講演活動を行っている。

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(事業家・思想家 山口 揚平 写真=iStock.com)