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もくじ

ー 矯正下着メーカーMARUKOの「あのひと」
ー 右も左もわからなかったサーキットデビュー
ー さまざまな経験 レースクイーン時代

補正下着メーカーMARUKOの「あのひと」

補正下着メーカーのCMで、俳優にお姫様抱っこされている女性。TVなどでご覧になった方も多いと思うが、その女性こそが今回の主役、石黒エレナさんそのひと。

現在はモデル/キャスターなどでタレントとして活躍している彼女は、2013年にGSR初音ミク(GT300)、2014年にはRAYBRIG(GT500)のレースクイーン(以下、RQ)として活躍した経歴の持ち主。

自動車にまつわる業界で活躍するインタビューの第2回目となる本コーナーでは、そんな石黒エレナさんのRQ時代のエピソードを中心に、RQとはいったいどんな仕事なのか? そして彼女自身について3回に渡って語ってもらうことに。

まず第1話目の今回は、初の年間を通してのRQとして彼女の中でも印象が強いというGSR初音ミク「レーシングミク☆サポーターズ」時代を中心に、元RQという立場でRQ時代のエピソードを語ってもらうことにしよう。

右も左もわからなかったサーキットデビュー

子どもの頃に「モーニング娘。」に憧れ、フリーモデルを経て石黒エレナさんが最初にサーキットに立ったのは大学生の時、モトGPジャパンだったという。

2輪のレースが好きで、「ドゥカティに立たせていただきました」という彼女。ただしモトGPジャパンは年1回の開催ということで、その後オーディションを経て2013年、鴻上聖奈さん、荒井つかささんと共にGT300の人気チームであるGSR初音ミク「レーシングミク☆サポーターズ」として、4輪レースのサーキットデビューをすることになった。

「最初は右も左もわからない状態で、人気のあるチームというのも認識していないままでの初サーキットだったので、もうファンのひとの熱狂といいますか、愛が強いのには驚きました」

「初音ミクのファンの方々は、レーサー、RQ、チーム全体が大好きっていう方が多くて、チームもドライバーさんもスポンサーさんも、RQもファンの皆さんも皆仲が良くて大好きなチームでした」

「今でも祝勝会に呼んでいただいたりもしますし、本当に素敵なチームです。GT500に移籍が決まった時は、大号泣してしまった程でした」

さまざまな経験 レースクイーン時代

他のふたりのRQと共にレースに勝っては泣き、ウレシイことがあっては涙する「良く泣くチーム」だったというGSR初音ミク。

中には、優勝して乗り込んだ新幹線の中で、レース後の検査でリストラクターが原因での失格の知らせが届き、ひと目も気にせず皆で涙を流すという悔しい涙もあったそうだ。

鴻上聖奈さん、荒井つかささんというチームメイトのRQとの涙の思い出を語る彼女は、とても懐かしそうで楽しそうな笑顔を見せていた。その涙の思い出は、彼女にとって大切なものなのだろう。

「人生の経験値を上げるため、何事も経験したい」という彼女。こういた涙の他にも、RQ活動を通じてさまざまな経験を得たという。

「初音ミクのチームでは、エンジニアさんとも仲良くていただいて、たとえばクルマがぶつかってフロントが大破した時があったんですね。その時、「じゃ、レースクイーンが外そうか」となって、前のバンパーをわたしたちが外させてもらったり」

「専用の道具を仕様してクルマを動かしたりなど、他のレースクイーンがしたことがないようなことをさせていただいたのも思い出深い経験です」

「レイブリック(スタンレー電気)さんだと、パーツ量販店でのイベントで、LEDを購入いただいたお客様のクルマに、わたしたちが取り付けるなんてこともありました。クルマにサインしたり、お客さんのクルマに乗って写真を撮っていただいたりとか。RQの活動を通してさまざまな経験をさせていただきました」

「2年間という期間ではありましたが、失格した際のリストラクターなども必死で調べたり、クルマの勉強もずいぶんさせていただきました。あと印象に残っているのは、さまざまなサーキットでレースを行うので、食べ物のことも印象に残っていますね(笑)」

サーキットやイベントなどでスマイルを振りまき、さまざまな経験ができるRQという仕事。ここまでのコメントを読んで、なんだか楽しそうな仕事だなと思った方もいるだろうが、レースが華やかな表舞台だけではないように、華やかさだけではないのがRQという仕事。

次回は、今回のインタビューの本題でもある、彼女が体験したレースウィークでのRQの仕事、彼女自身が思うRQの本質を語ってもらうことにしよう。