【IT革命児】マウスを発明した父は、パソコンを身近にした天才「ダグラス・エンゲルバート」
パソコンの周辺機器の中でもマウスとキーボードは必要なアイテムとなっている。特にマウスは、GUI(Graphical User Interface)システムが当たり前となった現在のWindowsやMac OSでは、無くてはならないデバイスだ。
マウスは身近な周辺機器であるだけに、「いつ、どうして誕生したのか?」と問われて答えられる人は少ないだろう。
今回は、今日のマウスの原型を作ったダグラス・エンゲルバート氏※の半生とともに、マウスの誕生にまつわる歴史をみてみよう。
※Douglas Carl Engelbart
■無線技術者からコンピューター技術者へ
ダグラス・エンゲルバート氏は1925年1月30日、アメリカ合衆国オレゴン州ポートランドで生まれた。
●戦争が人生の転機に
エンゲルバート氏は、第二次世界大戦に無線技術者として参戦している。コンピューターとの出会いは、ヴァネヴァー・ブッシュ氏の論文「As We May Think」からだという。
第二次世界大戦後の1948年、エンゲルバート氏はオレゴン州立大学で電気工学の学士号を取得。1952年にカリフォルニア大学バークレー校で工学修士号、1955年に同校で情報工学※の博士号を取得した。
Electrical Engineering and Computer Science
当時のカリフォルニア大学バークレー校では、「CALDIC」と呼ばれるコンピューターの開発を行っており、エンゲルバート氏も学生として関わっていた。ところが学位論文のテーマであった記憶装置の商品化がうまく行かなかったことから、スタンフォード大学と関わりが深かった研究機関 スタンフォード研究所(SRI※) にコンピューター技術者として就職、磁気論理デバイスの開発に携わことになる。
※Stanford Research Institute
■マウスが誕生するまでの道のり
マウスは、エンゲルバート氏のアイデアノートの絵から生まれたという。
●アイデアノートから生まれた「マウス」
エンゲルバート氏は1961年、画期的なポインティングデバイス「マウス」を思いつき、その絵を自分のノートに記した。1963年、NASAが画面選択デバイスに関するプロジェクトに資金を提供するという発表を知り、SRIのエンジニアであるビル・イングリッシュ氏にそのノートを手渡し、作成してもらったデバイスこそが、世界最初のマウスなのだ。
1967年にマウスの特許を申請し、1970年にその特許を取得※。特許のタイトルは、「X-Y position indicator for a display system(表示システムのためのX-Y位置指示器)」。マウスといっても、世界初のマウスは初期のマウスのようなボール式ではなく、縦方向と横方向に回転する金属製のホイールをそれぞれ1基ずつ備えた木製のマウスだった。
●マウスという名前の由来は?
「マウス」という名称はネズミの英語名「Mouse(マウス)」に由来する。現在市販されている有線式マウスは、パソコンとの接続に使用するケーブルがボタンの前面に配置されているが、最初に作られたマウスはケーブルが後ろに配置されておりマウスボタンを目に見立てると、まさに「マウス(ネズミ)」に見えたからだといわれている※。
※名付け親は、現在も特定されていない
ちなみに、画面上に表示されるカーソルは「バグ」と呼ばれたが、残念ながら「バグ」という言葉は定着しなかった。
●特許料は貰ってない?
マウスといえば、キーボードと並んで世界的に使用されているポインティングデバイスなだけに、エンゲルバート氏は大金持ちになったのでは? と思われるかもしれないが、エンゲルバート氏はマウスの発明に関した特許料を受け取っていないのだ。
なぜ、特許料を受け取っていないのか?
SRIの仕事であったという話もあるが、もっとも大きな理由はマウスの特許を普及する前※に失効したためのようだ。また製品化されたマウスは、エンゲルバート氏の特許とは異なる機構を使用していた点も特許料を受け取れなかった理由のひとつのようだ。
※1987年
ちなみにマウスの特許をとらせたSRIは、その価値の高さを理解せず、当時の額で4万ドルほどでアップルにライセンスを提供したという。
エンゲルバート氏は現在(2008年現在)83歳だが、彼の娘が設立した会社「Bootstrap Institute」の取締役を務めている。集団的知性の概念を洗練させることを目的とし、「Open Hyper-Document Systems(OHS)」と呼ばれるものを開発しており、彼のアイデアに基づく"思考プロセッサ"を提供する「HyperScopeプロジェクト」を積極的に推進している。
マウスの操作は、キーボードの矢印カーソルやボタンで置き換えることもできるが、あえてマウス操作をキーボードで置き換える人は少ないだろう。
エンゲルバート氏は、マウスだけでなくワードプロセッサやハイパーテキスト、マルチウィンドウ・システムなど、コンピューターの発展に欠かせない数多くの発明をしており、次のような名言を残している。
「複雑化した問題を扱う能力を改善できるのなら、人類に著しく貢献できるだろう。 それこそ自分の考えていたものではないか」ダグラス・エンゲルバート
どの発明も複雑なものを簡単化にして、その恩恵を人々に与えたいという、エンゲルバート氏の思想が受け継がれているといってもよいだろう。
参考:
・マウス (コンピュータ) | ・ダグラス・エンゲルバート - ウィキペディア
・マウスの父、ダグラス・エンゲルバート氏インタビュー 〜過去の点を結んだ線は、未来に渡る橋になる - PC Watch
・Knowledge-Domain Interoperability and an Open Hyperdocument System(英文)
・The Beginning of the Global Computer Revolution(英文) - SRI INternational
・The Man behind the Mouse(英文) - BBC News Online
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編集部:関口哲司
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マウスは身近な周辺機器であるだけに、「いつ、どうして誕生したのか?」と問われて答えられる人は少ないだろう。
今回は、今日のマウスの原型を作ったダグラス・エンゲルバート氏※の半生とともに、マウスの誕生にまつわる歴史をみてみよう。
※Douglas Carl Engelbart
ダグラス・エンゲルバート氏は1925年1月30日、アメリカ合衆国オレゴン州ポートランドで生まれた。
●戦争が人生の転機に
エンゲルバート氏は、第二次世界大戦に無線技術者として参戦している。コンピューターとの出会いは、ヴァネヴァー・ブッシュ氏の論文「As We May Think」からだという。
第二次世界大戦後の1948年、エンゲルバート氏はオレゴン州立大学で電気工学の学士号を取得。1952年にカリフォルニア大学バークレー校で工学修士号、1955年に同校で情報工学※の博士号を取得した。
Electrical Engineering and Computer Science
当時のカリフォルニア大学バークレー校では、「CALDIC」と呼ばれるコンピューターの開発を行っており、エンゲルバート氏も学生として関わっていた。ところが学位論文のテーマであった記憶装置の商品化がうまく行かなかったことから、スタンフォード大学と関わりが深かった研究機関 スタンフォード研究所(SRI※) にコンピューター技術者として就職、磁気論理デバイスの開発に携わことになる。
※Stanford Research Institute
■マウスが誕生するまでの道のり
マウスは、エンゲルバート氏のアイデアノートの絵から生まれたという。
●アイデアノートから生まれた「マウス」
エンゲルバート氏は1961年、画期的なポインティングデバイス「マウス」を思いつき、その絵を自分のノートに記した。1963年、NASAが画面選択デバイスに関するプロジェクトに資金を提供するという発表を知り、SRIのエンジニアであるビル・イングリッシュ氏にそのノートを手渡し、作成してもらったデバイスこそが、世界最初のマウスなのだ。
1967年にマウスの特許を申請し、1970年にその特許を取得※。特許のタイトルは、「X-Y position indicator for a display system(表示システムのためのX-Y位置指示器)」。マウスといっても、世界初のマウスは初期のマウスのようなボール式ではなく、縦方向と横方向に回転する金属製のホイールをそれぞれ1基ずつ備えた木製のマウスだった。
●マウスという名前の由来は?
「マウス」という名称はネズミの英語名「Mouse(マウス)」に由来する。現在市販されている有線式マウスは、パソコンとの接続に使用するケーブルがボタンの前面に配置されているが、最初に作られたマウスはケーブルが後ろに配置されておりマウスボタンを目に見立てると、まさに「マウス(ネズミ)」に見えたからだといわれている※。
※名付け親は、現在も特定されていない
ちなみに、画面上に表示されるカーソルは「バグ」と呼ばれたが、残念ながら「バグ」という言葉は定着しなかった。
●特許料は貰ってない?
マウスといえば、キーボードと並んで世界的に使用されているポインティングデバイスなだけに、エンゲルバート氏は大金持ちになったのでは? と思われるかもしれないが、エンゲルバート氏はマウスの発明に関した特許料を受け取っていないのだ。
なぜ、特許料を受け取っていないのか?
SRIの仕事であったという話もあるが、もっとも大きな理由はマウスの特許を普及する前※に失効したためのようだ。また製品化されたマウスは、エンゲルバート氏の特許とは異なる機構を使用していた点も特許料を受け取れなかった理由のひとつのようだ。
※1987年
ちなみにマウスの特許をとらせたSRIは、その価値の高さを理解せず、当時の額で4万ドルほどでアップルにライセンスを提供したという。
エンゲルバート氏は現在(2008年現在)83歳だが、彼の娘が設立した会社「Bootstrap Institute」の取締役を務めている。集団的知性の概念を洗練させることを目的とし、「Open Hyper-Document Systems(OHS)」と呼ばれるものを開発しており、彼のアイデアに基づく"思考プロセッサ"を提供する「HyperScopeプロジェクト」を積極的に推進している。
マウスの操作は、キーボードの矢印カーソルやボタンで置き換えることもできるが、あえてマウス操作をキーボードで置き換える人は少ないだろう。
エンゲルバート氏は、マウスだけでなくワードプロセッサやハイパーテキスト、マルチウィンドウ・システムなど、コンピューターの発展に欠かせない数多くの発明をしており、次のような名言を残している。
「複雑化した問題を扱う能力を改善できるのなら、人類に著しく貢献できるだろう。 それこそ自分の考えていたものではないか」ダグラス・エンゲルバート
どの発明も複雑なものを簡単化にして、その恩恵を人々に与えたいという、エンゲルバート氏の思想が受け継がれているといってもよいだろう。
参考:
・マウス (コンピュータ) | ・ダグラス・エンゲルバート - ウィキペディア
・マウスの父、ダグラス・エンゲルバート氏インタビュー 〜過去の点を結んだ線は、未来に渡る橋になる - PC Watch
・Knowledge-Domain Interoperability and an Open Hyperdocument System(英文)
・The Beginning of the Global Computer Revolution(英文) - SRI INternational
・The Man behind the Mouse(英文) - BBC News Online
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編集部:関口哲司
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