「あれからマナーを考えるように」撮り鉄に罵声を浴びせられた「江ノ電ニキ」のタコス店が閉店で大行列…伝説の店主が語る今思うこと
神奈川県鎌倉市腰越のタコス店「HOME taco bar」の閉店が、ネット上で話題になっている。店主は、2021年に江ノ電沿線で撮影された動画をきっかけに、“江ノ電ニキ”として知られるようになったアメリカ出身のディランさんだ。
店は5月末で閉店する予定だが閉店前に多くの客が訪れ、開店前から列を作る日もあった。動画で一躍注目を集めた店主の店は、なぜこれほど惜しまれているのか。現地で客や鉄道ファンの声を聞いた。
開店前から3時間待ちも…閉店を惜しむ声が続々
ディランさんの名前が広く知られるきっかけになったのは、2021年8月に江ノ電沿線で起きたある騒動だった。
当時、江ノ電の旧型車両の試運転が行なわれるとして、江ノ島駅から腰越駅の間にある交差点周辺には、多くの鉄道ファンが集まっていた。
カメラが一斉に電車へ向けられるなか、自転車に乗ったディランさんが画角に入った。事情を知らないまま、左手を上げて陽気に電車と並走するように走り抜けた直後、撮影者側から「どけ!」などと罵声が飛んだ。
その様子を映した動画がネット上で拡散されると、笑顔で江ノ電と並走するディランさんの姿は一躍話題になった。ネット上では「江ノ電と並走していた自転車のアニキ」という意味で、“江ノ電自転車ニキ”や“江ノ電ニキ”と呼ばれるようになった。
そのディランさんが営む「HOME taco bar」が5月末で閉店するという。閉店情報がネット上で広まるなか、店の前には開店前から多くの客が列を作った。
神奈川県内から電車で1時間半ほどかけて店を訪れたという30代女性は、「どうしても最後に来たかった」と話す。
「お店は“江ノ電ニキ”が話題になってから知りました。今回で4回目です。以前来た時は、閉店1時間前の時点でもう入れそうになかったので、今日は開店前から3時間くらい並びました。
お気に入りはブリートで、来るたびに楽しみにしていました。でも、通うようになったのは味だけじゃなくて、ディランさんや奥様の気さくな人柄に惹かれたからです。最後に来られてよかったです」
この日、初めて店を訪れた客もいた。神奈川県内から来た20代の男性は、以前からあの動画でディランさんの存在を知っていたという。
「撮り鉄ではないんですけど、あの動画を見てから、ネット上で撮り鉄の人たちが騒いでいる様子も含めてすごく印象に残っていて、もう何年も前からずっと気になっていたんです。実際にお会いしてみたら、想像通りというか、すごく明るい方で、本当に愛されているお店なんだなと感じました」
「いらんことしてくれたな」鉄道ファンが明かした当時の本音
一方で、当時の出来事を、鉄道ファンはどう見ていたのか。
自身も撮り鉄だという岐阜県在住の20代男性は、“江ノ電ニキ”の動画を初めて視聴した時の率直な感想を語った。
「あのニュースが流れた時は、正直『いらんことしてくれたな』って思いましたね。『ふざけんな! アホンダラ!』って。
でも、あの動画が注目されたことをきっかけに、撮り鉄のマナーも少し変わったと思うんです。良くも悪くも、みんなが考えるきっかけにはなったのかなと。
だから、ディランさんには一度、直接会ってみたかったんです。今日はツーショットも撮れたし、江ノ電ニキグッズもゲットできたので、ミッションは達成です」
別の鉄道ファンの男性は、当時の騒動を別の角度から振り返る。
「あの時の彼は、むしろ本当によくやったと思いました。あそこに人が集まりすぎだったんですよ。たぶん彼は、何も知らなかったんじゃないですかね。たまたま回送電車が通って、みんながカメラを構えていたから、じゃあ手を上げてみよう、みたいな感じだったんだと思います。それで、たまたま電車と併走する形になった。
『金だ、金だ』みたいな罵声を浴びせていましたけど、ただ待っていただけで、許可を取っていたわけでもない。地域にお邪魔して撮らせてもらっている立場なのに、あの言い方は違うだろうと思いました」
「いろいろあるけど、笑って過ごせるだけで感謝」
江ノ電ニキが話題になった背景には、撮影マナーや地域との距離感をめぐる問題もあった。ただ、閉店前の店に集まった人たちは、騒動の印象だけでディランさんを見ていたわけではない。
店内では、ディランさんが客と笑い合い、写真撮影に応じ、音楽に合わせて歌う場面もあった。
初めて店を訪れたという千葉県在住の20代女性も、店内の空気に惹かれた一人だ。
「ここって、ただご飯を食べる場所じゃないですよね。みんなで歌ったり、初対面の人同士でも仲良くなったりして。実際、お店に来る人たちも、みんなすごく楽しそうでした。
写真を撮ったり、一緒に歌ったり。最後だからこそ、来られてよかったなって思いました。お店の空気も、人も、すごく温かかったです」
この日は、12時から15時までの営業だったが、14時ごろには通常メニューが完売。その後はディランさんが用意した特製メニューが提供されたという。それでも客足は途切れず、店内には、思い思いに時間を過ごす客たちの姿があった。
客たちの声が行き交う店内の光景を前に、ディランさんはこう話す。
「いろいろあるけど、こうして普通にご飯食べて、音楽聴いて、笑って過ごせるだけで感謝だなって思うんです。みんな beautiful。みんな good people。
ハッピーじゃない日もあるけど、最後は自分が決める。楽しいことやりたいなら、やった方がいい。Tomorrow じゃなくて today。
みんながいい顔していて、僕も嬉しい。本当にありがとう」
“江ノ電ニキ”の動画は、ネット上で何度も再生され、拡散された。しかし、江ノ島近くの店を訪れた人たちが求めていたのは、画面越しの面白さだけではなかった。
「HOME taco bar」の閉店は惜しまれる一方で、ディランさんが単に“江ノ電ニキ”として知られた存在ではなく、客が会いに行きたくなる店主であったことを示していた。
取材・文/鮫島りん 集英社オンライン編集部ニュース班
