(写真:Volodymyr TVERDOKHLIB/Shutterstock.com)


 このところホルムズ海峡の事実上閉鎖による原油高や石油化学製品の供給不安をめぐる記事が続き、金市場の動きについて3カ月以上も触れていなかった。その間、金相場は調整色を強め、シカゴ・マーカンタイル取引所(CME)グループの先物(中心限月の6月物)は19日に一時1トロイオンス(約31.1グラム)4467ドル台と3月下旬以来の安値に下落。1月下旬に記録した最高値(5626ドル台)が遠ざかり、市場では4000ドル近辺までの下げを予想する声も出てきた。

 なぜ、金やプラチナ、銀などの貴金属相場が軟調に転じたのか。実はその理由もホルムズ海峡の閉鎖に行き着く。

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再燃したインフレ懸念

 原油相場は、米国産原油(WTI)の先物のほか、欧州市場の指標油種であるブレント原油の先物、日本などアジア地域の指標になる中東産ドバイ原油が、いずれも1バレル(約159リットル)100ドル前後で推移している。

 イスラエル・米国のイラン攻撃の前と比較して高値であるのはもちろん、問題は中東情勢の収束が依然として見通せず、原油高とそれに伴う石油製品や石化製品価格の上昇が食料にまで波及して世界の物価を押し上げようとしていることだ。ウクライナ危機がもたらしたインフレの嵐がようやく静まろうとしていたところに原油高騰や石化ショックが襲いかかった。

 こうした変化は各国の金融市場の動きに波及した。

 今から5カ月ほど前の昨年12月23日、日本経済新聞に「金2カ月ぶり最高値、米利下げにらみ投機筋に買い余力」という記事があった。米雇用指標やインフレ指標が利下げの継続を正当化する内容と市場で受け止められ、26年の利下げ継続をにらんで投資家が買いを入れやすい環境になった、とある。実際、多くの市場参加者がそう考えていた。

 ところが、環境は一変した。

3月に金ETF市場から過去最大の資金流出

 ホルムズ海峡が事実上閉鎖され、インフレ懸念が顕在化すると、米国では利下げを期待する声は聞かれなくなった。金利先物の動きから金融政策を占う「CMEフェドウォッチ」によると、来年1月の‌連邦公開市場委員会(FOMC)までに政策金利が0.25%ポイント引き上げられる確率は約6割まで上昇。今年12月に利上げが実施される可能性も5割ほどに高まった。

 米国の長期金利は10年物国債の利回りが4.6%を超え、30年債利回りは一時5.19%と2007年以来ほぼ19年ぶりの水準に上昇した。

 こうなるとマネーは利回りのいい金融資産へ向かう。

 金市場にも保有する地金を貸し出し、リースレートを得る手段はある。ただ、一般的に金は利息の付かない現物資産だ。逆に、現物であれば金庫に預ければ保管料が、金投資の中でも低コストとされる現物の裏付けを持つ金ETF(上場投資信託)にも信託報酬がかかる。

 金利が上昇するほど金投資の魅力は相対的に薄れ、物価上昇率を引いた「実質金利」と金相場は逆に動く傾向がある。

 しかも市場は先回りして動くため、物価上昇や米政策金利の引き上げを予想して長期金利が先に上がり、実質金利が上昇してしまう。

 金の国際機関、ワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)の統計によると、年初まで金相場の急騰を牽引した金ETF市場から3月には月間で過去最大となる117億ドル(1兆8000億円強)の資金が流出(裏付けになる金の量は84トン強減少)した。4月は66億ドルの流入に戻ったものの、187億ドルの流入があった1月のような勢いはない。

 WGCのシニア・クオンツ・アナリスト、ヨハン・パルムバーグ氏も「政策金利の先物では長期的な金利上昇が継続すると織り込まれている。米連邦準備理事会(FRB)の政策環境は金にとってあまり好ましいものではなくなった」とみている。金市場は、行き過ぎたマネー膨張に警鐘を鳴らしてきたウォーシュ次期FRB議長がどのような舵取りをするかにも注目する。

 金利上昇は株式市場にも波及し、日米ともに株価が不安定な動きを見せている。株式市場の運用で大きな損失を出した投資家は金を売却して現金を確保しようとする。短期的に金相場は米国の株価動向にも左右されやすくなっている。

 これが「原油高→金融市場」という経路で金相場が変調した理由だ。

UBSの貴金属ストラテジストは「年内に新高値を更新する」と予想

 では、今後の金相場をどう見ればいいのか。

 中長期の上昇トレンドが変わったと見る市場関係者は少ない。金融大手UBSの貴金属ストラテジスト、ジョニ・テベス氏は5月14日に公表したリポートで「現在の調整局面は長引く可能性があるが、当社(UBS)は金について前向きな見方を維持しており、年内に新高値を更新すると予想している」との見解を示した。

 中央銀行などの公的部門も「ドルの流動性(現金)を確保するための手段として金準備が時折活用(売却)される可能性は排除できないものの、金購入が継続するとの見方を維持する」という。同社の今年末の相場予測は金がベースケースで5600ドル(上値6000ドル、下値3800ドル)となっている。

 WGCのパルムバーグ氏も、今回の危機は、投資家が金を保有する構造的な理由であるインフレの不確実性や地政学リスク、財政や債券市場の不安といった多くの要因を改めて浮き彫りにしたと指摘する。新たな要因、あるいは価格下落といったきっかけがあれば、金相場がこうした構造要因による上昇トレンドを取り戻す、とみる。相場の動きは予測できないが、心理的な節目である4000ドル近辺まで下がれば、むしろ反発への転換点になり得るとの見方は市場にある。

本来、金はインフレに強い現物資産

 投資家が注目する長期金利の上昇には物価や金融政策の変化とともに財政不安が無視できない要因となる。その典型が日本だ。長期金利の指標となる新発10年物国債の利回りは一時2.8%と1996年10月以来29年ぶりの高さに上昇した。

 高市早苗首相は18日の政府与党連絡会議で、「(26年度)補正予算案の編成を含め、資金面の手当てを検討するよう事務方や財務大臣に指示した」と表明した。中東情勢の混乱が続く中で「経済活動や国民の暮らしに支障が生じないよう適切に判断し、必要に応じてタイムリーに対応する」と強調した。

 原油高は、「日本が長期契約で輸入する液化天然ガス(LNG)価格への波及」→「燃料費調整制度による電気料金への反映」といった順番でタイムラグを経て影響する。高市首相は「燃料輸入価格の上昇が電気料金に反映されていく可能性がある。使用量が多くなる夏場、去年夏の料金水準を下回るような支援を行うべく、早急に具体案をまとめるようにお願いする」と話し、財政支出によって利用者の負担軽減を図る考えを示した。

 前回の記事で触れたように、ガソリンなどの価格を下げる補助金の原資は6月にも枯渇する。補正予算の編成は市場で財政拡張への思惑を誘い、国債相場や円相場の下げ圧力となる。高市政権発足時は株価を押し上げた積極財政が、今や円や国債だけでなく、株価も下げる「トリプル安」につながっている。こんな時こそ金の出番であるはずだ。

 本来、金はインフレに強い現物資産である。WGCの統計を見ると、直近1〜3月期に日本の現物投資(地金とコイン)は3.8トンと前年同期の19倍に膨らんだ。果たして足元の4〜6月期に日本の投資家はどう動くのか。

筆者:志田 富雄