「なんて女でしょう、笑ってる」不倫相手を行為中に絞殺…31歳女性を“伝説の殺人犯”にした「一枚の写真」《阿部定事件》
〈「アレを持っているな」「ええ」殺した男の“体の一部”を持ち歩き…阿部定(当時31)が逮捕直前にみせた“大胆すぎる行動”〉から続く
いまから90年前、1936年5月18日に起きた「阿部定事件」。昭和戦前の事件を眺めて、抜きん出て後世の人々に強烈な印象を残し、伝説化している事件の一つだ。この事件の何が強烈な記憶を人々に刻み込んだのか。長い年月がたったいまも異様な光を放って人々を引き付ける、その正体は何なのか。当時の新聞記事は見出しはそのまま、本文は適宜書き換え、要約する。文中いまは使われない差別語、不快用語が登場するほか、敬称は省略する。(全5回の3回目)
【実際の写真】阿部定(当時31歳)を伝説にした「一枚の写真」
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石田吉蔵(42)を殺害した元女中・阿部定(31)は、各地で着替えながら逃走。事件から2日後の5月20日夕方、品川の旅館で逮捕されると、犯行の模様、動機についてもすぐ自供し始めた。
相手は妻子ある男…「どんなに愛しても、会うことができない」
「“添われる仲でなし” 寝顔みつゝ(つ)殺害 “愛するが故(ゆえ)に”と自白」が見出しの東京朝日(東朝)の記事にはこうある。
〈「石田との将来を考えると、石田には立派に妻があり、どんなに愛しても、このままでは1カ月中、半月ぐらいしか会うことができない。これでは、命を懸けてまで慕っているのに耐えられない苦痛である。むしろ、殺して自分も死ぬことが一番いいと考え、殺害を決意したのです。最も石田を愛していたのは私であるのに、葬式に立ち会えないのは誠に残念です。それで私は愛する男の体の一部を切り取ったのです」〉

事件があった待合(=芸者と飲食、宿泊ができる場所)、「まさき」(『決定版昭和史7』より)
各紙は「血に笑う魔性の化身」「變態性の所業」「奇怪の愛欲地獄」「凶行まで廿(二十)六日間・情痴の鬼」など、相変わらずおどろおどろしい表現。おそらく日本の新聞史上、これほど性愛に関する刺激的・煽情的な語句が紙面に登場したことは現在までもないだろう。
だが、その中でもわずかながら「彼女にも此の眞(真)情 遺書に仄(ほのめ)く人間味」(国民新聞〔国民〕)、「頽廃(たいはい)の底に純愛」(都新聞)などの記事も。読売は「捕えてみれば、この妖女のグロ犯罪は、怨恨にあらず、物欲にあらず、実に男の愛を絶対的に独占しようとする年増女の恋情と異常の淫虐癖が石田の被虐性と相交錯して、妖しく咲きただれた中年男女の愛欲図譜の終章(エピローグ)だったのである」と述べた。
「阿部定事件」を伝説にした1枚
新聞全紙に高輪署から尾久署の捜査本部、さらに警視庁本部に移送される定の写真が載っているが、それぞれ場所と定の表情に違いがある。東朝や東京日日(東日・本紙)、国民ではほほえんでおり、報知新聞(報知・本紙)も歯を見せているが、東日号外も含め、ほかは真顔で写っている。この「艶然たる微笑」が定と事件の「伝説」を決定的にした。
この時の尾久署での模様を21日付報知朝刊コラム「きのふけふ(きょう)」は「お祭りよりもにぎやかだった。新聞社の自動車、押し掛けた群衆で交通巡査が出る、メガホンががなる、王子電車(現都電荒川線)は立ち往生する……ひどい騒ぎ」と書いている。
〈 夜の11時ごろ、犯人が署から警視庁に護送される段になる。群衆はまるで死に物狂い。足を踏まれようが突き飛ばされようが、ワーッと取り巻いて自動車はいまにもつぶされそう。
「『なんて女でしょう、笑ってるよ』。これはご婦人。『いい女だね。あれなら…』。これは手ぬぐいを肩にかけたあんちゃん。当のさだはまるで人ごとのように車の中でニコニコしていた」〉
刑事が手を握ったから?
1998年刊行の堀ノ内雅一『阿部定正伝』には、元三業地の料理店店主から聞いた話が載っている。それによれば、尾久署での写真で阿部定の左横に立っているのは、店とも関わりの深かった尾久署の刑事。カメラのフラッシュが集中したため、彼が「ちょっとはサービスしてやれよ」というつもりで、阿部定の左手を握ったところ、ああした表情を見せたのだという。
阿部定は取り調べには素直に応じたが、その言動は世間の常識からは懸け離れていた。21日発行22日付読売夕刊は「石田を殺したので、もう絶対にほかの女とまみえることができなくなり、完全に私だけのものになったから、いまの私の気持ちは実にサバサバした」との供述を伝え、「まさに怪奇な情痴の極致であろう」とした。
22日付東朝朝刊は、「『犯行を悔いる気持ちはないか』との尋問に、『ホホホホ』と嬌笑を交えながら『あの人も地下で私がこうしたことを喜んでいてくれるでしょうよ。とてもサッパリしたいい気持ちです。死刑でもなんでもいいから早く処分してくださいな。死刑になっても、おかしくって控訴などするもんですか』と歯切れのいい啖呵(たんか)を切っているという」と報じた。
「預けたものを返してください」
報知は22日付夕刊で「証拠物」に触れた。
〈 さだは問題のハトロン(紙)包み*をどうしても諦めきれなかった。一度は係官に『では、お預けしますわ』と渡したものの、忘れることはできず、20日深更、独房に入れられる時『さっきお預けしたものを返してください』と執拗に迫った。係官がそれをなだめすかすのに小一時間かかった。『よしよし、あのままでは腐るからアルコール漬けにしてやるから、明日まで待つんだ』。ついにさだも寂しく納得した。〉
*定は男性を殺害後、相手の局部を切り取り紙に包んで持ち去っていた(#1、#2参照)
国民も同じ日付で「石田吉蔵のシャツ、ズボン下、猿股を自分で着込んで石田の移り香をしのび、独房の片隅で懊悩を続けていた」と伝えた。こうした考えを「定イズム」と名付けた新聞も。
報知は22日付夕刊から「妖笑する“さだ”イズム」を連載。同日の(上)は「勝ち誇るサロメ」と題し、オスカー・ワイルドの戯曲で悪女とされた王女になぞらえた。偶然か、同じ日付の時事新報も「これがサロメだ!」を主見出しに定を論じた。
一方、定のパトロン的存在だった「大宮校長」こと大宮五郎に対しては、「とんだご迷惑をかけて申し訳ないと思っております」(21日付東日朝刊)と語った。その大宮は事件そのものには無関係と分かって21日に釈放されたが、校長を辞職。メディアを避けていたが、24日、尾久署で涙ながらに会見した。定と名古屋の料亭で知り合い、「亭主に死に別れ、一人の娘を伯母に預けているが、子どもの学費と養育費を得るために泥沼へ身を沈めている……というので、いたく同情した」と語り、定は事件に関しては一言も口にしなかったとし、今後は「ひたすら謹慎する」と語った。
事件の“評価”は
事件や報道についての論評が現れ始めた。5月22日付萬朝報夕刊のコラム「時局瞥見」は「グロを喜ぶ社会の不健全」と題してかなり踏み込んだ意見を述べている。
〈 二・二六事件以来、とかく見えざる一種の重圧下にあった新聞が、このグロ味たっぷりの事件に反動的な興奮と熱意を傾け、詳細な報道に努めた結果、同様重圧下の市民に本能的な興味と一種の精神的解放を招来し、女は稀代の妖女と化して喧伝せられ、一世の中心人物となった感がある。
要するに阿部定事件は、わが社会の不健全さと猟奇的探究の合致がこれほどの大事件にでっち上げさせたこと、ジャーナリズムが善悪を問わず偶像的人物を捏造(ねつぞう)する悪癖を露出したことに帰すべきもの。〉
これに対し、22日付報知朝刊家庭欄で、のちに『赤毛のアン』の翻訳で知られる村岡花子は定を「一片の肉塊に等しい生活を強いられてきた女」とし、「吉蔵との関係は、初めて自発的の愛情を感じさせたのではあるまいか」と同情的な感想を述べた。
週刊「婦女新聞」5月31日付では、日本女子大教授などを務めた婦人運動家・高良とみ(ペンネーム富子)が「こうした事件の起こる根拠は社会の退廃した享楽制度にある」と指摘。「芸娼妓制度、一定の女を性欲の道具として扱い、ただれた性生活を強要する制度が女を損ない、男をも誤らせる」として「犯罪貯水池 蓺(芸)娼妓制度を葬れ」と訴えた。
さらに「この事件に対する新聞の態度は全く醜悪です」とメディア批判に転じ、「言論の自由が抑圧されて、他の民衆の生活に重大な問題については何も書けないから、エロの方面にばかり堕落するようになるのでしょうが」と「時局瞥見」同様、痛いところを突いた
「むしろ得意げに陳述」
阿部定は1936年6月13日、殺人と死体損壊の罪で起訴され、予審に付された。旧刑事訴訟法で被告を公判に付すかどうかを判断するため予審判事が審理する制度で、弁護人が立ち会わないので悪評が高かったが、伊佐千尋「予審調書が語る阿部定の愛と性」=「文藝春秋スペシャルイシュー88『昭和』の瞬間」(1988年)所収=は「阿部定事件に関する限り、調書の記載はかなりの真実味があるように思われる」と言う。
担当の正田光治判事が8回にわたって尋問。生い立ちから流転の人生、犯行に至るまで、定は驚異的な記憶力で供述し、「何ら隠さんとする様子を示さず、むしろ得意げに自己の犯行その他を逐一詳細に陳述せるがごとし」と検事も驚いた。粟津潔・井伊多郎・穂坂久仁雄『昭和十一年の女 阿部定』(1976年)は「実に見事に語られ、通読する者の心を捉えて離さない」「供述書という形式を借りた、定の遥かなる叙事詩とでもいおうか」と絶賛した。
確かに告白文学と呼べる迫真力があり、「エロ本」としてひそかに持ち出されて印刷され、売買されたというのもうなずける。『どてら裁判』は「その記録を見る前に、記録を預かっていた書記はもちろん、その他の人が相当数見たとみえ、記録には手あかがついていた」と書いている。その予審調書から定の生い立ちを見よう。(つづく)
〈何度も愛し合った「不倫相手の局部」をなぜ切断したのか…“行為中の会話”に残された謎《阿部定事件》〉へ続く
(小池 新)
