「オウムは女性の扱いが本当に酷かった」…元2世信者が明かす、《敬虔な信者だった父》が脱会できた「本当の理由」

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父親の奇行に振り回される宗教2世の回顧録『スピ父 〜オウム真理教(元)在家信者2世の、洗脳まではいかない話〜』をZINEとして自費出版した坂野りんこさん。今年の5月4日に行われた「文フリ東京42」では、続巻として同じく元オウム信者2世である、まひろさんとの対談集『スピ父2 〜オウム真理教(元)在家信者2世の、(元)出家信者2世との対話〜』をリリースした。

寸前で出家を免れた元信者の父親を持つ坂野りんこさん、9歳から16歳までオウムに在籍し、サリン事件の3ヵ月前に母親とともに出家。強制捜査のときに上九一色村のサティアンにいたというまひろさん。あの事件から30年経ったいま、多感な時期にオウムの影響を色濃く受けたふたりが語る「あの頃」と「その後」――今回は坂野りんこさんに制作秘話を語っていただいた。

前編記事『校長の父親が「オウム真理教に入信」…宗教二世が独白、九州の片田舎で「麻原の音楽」が流れた《トラウマ級の記憶》』より続く。

「オウム」と呼ばれて虐められた

身内が癌を患ったことをきっかけに宗教に目覚め、やがてオウム真理教に入信した父親を持つ坂野りんこさん(40代後半・東京都在住・編集者)。当時、坂野さんは同級生たちに陰で「オウム」と囁かれていたという。

「中学三年生の時に、担任の先生から母宛てに連絡があって、娘さんがいじめられてるかもしれないって言ったらしいんです。実際に同級生たちからは腫物に触るように扱われていたらしいけど、わたしはオタクだったので視野がとにかく狭くって、見たいものしか見てなかったから、全然気が付いていなかった。特に公言していたわけではなかったけど、小学生の時から『ヒヒイロカネ』っていうオウムの石の御守りをオウムマークのついた巾着にいれてランドセルに下げていたのでバレバレだったんですよね。だから、周囲はどう扱えばって戸惑うのも今はわかります」

’89年に起きた坂本堤弁護士一家殺害事件がマスコミに大きく報じられるなどもあり、坂野さんが中学にあがったあたりから、世間のオウム真理教への風当たりはどんどんと厳しくなっていった。だが、世間の風評を気にすることなく、坂野さんの父親はさらにオウム真理教へと傾倒していく。

きっかけは「地下鉄サリン事件」

「高校一年生の時にはヘッドギア、正しくはパーフェクト・サーヴェーション・イニシエーション、略してPSIっていうんですが、家の中でそれを頭につけて生活するようになるんです。あとは上九一色村の土地を買ってオウムに提供しようともしたらしいです。それは母親に知られて阻止されたんですが」

さらには坂野さんが高校三年生の時に父は出家を決意。坂野さんも一緒に出家しないかと誘われた。当時、受験生だったために快諾はしなかったものの、もしも大学受験に落ちたら誘いを受ける選択肢もまったくゼロではなかった。

「だって落ちちゃったら、その後何もすることないしなって。これ以上、勉強したくないっていうのもあったし。たぶん母親が止めてくれただろうなって思うけど」

が、その矢先に地下鉄サリン事件が発生する。'95年3月20日のことだ。

「あの事件がなかったら出家していたと思う。そうしたら、わたしの人生はだいぶ違ったものになっていたんじゃないかな。父は事件について最初は『そんなことをするはずはない、何かの間違いだ』って言ってたんだけど、あの当時は事件が連日報道されていたじゃないですか。それでだんだんと『おかしいな』って思うようになったらしくって。麻原が約900万円持って隠し部屋に隠れていたとかっていう報道の辺りで『これはもういいや』ってなったみたいです。三ヵ月後の6月くらいに退会して、ようやく我が家はオウムと無関係になったんです」

「女の人生を軽視している」

オウム真理教を盲信している父親とは、一線を置いて対峙していた坂野さん。一方、もうひとりの著者のまひろさんは、母親とともに出家をし、信者たちとともに集団生活を送った経験がある。さらに教団の深くまでを知る存在だ。

「まひろさんのお話を聞いてひとつ思ったのは、オウム真理教は女性の扱いが本当に酷かったってことですね。教祖の愛人候補を集めたダーキニーコース、正式には『お供物班』っていうものが存在したりして、まひろさんもそこに配属させられかけた。その後のオウムの後継団体でも、まひろさんを刑務所の中にいる信者と結婚させて面会できるようにしようと働きかけられたこともあった。女の人生ってものをすごく軽視してるなって思います」

坂野さんの父親は、あまり社交的な性格でなかったために親しく付き合っている信者はいなかった。ゆえに今回、『スピ父2』を制作する過程で同じ経験、同じ立場であったまひろさんと交流し、互いの境遇を語り合うことは、貴重だったという。

「まひろさんとは、昨年末の文フリ東京41で出会ったんです。宗教2世問題に詳しい漫画家の菊池真理子さんが『同じオウムの2世だよ』ということでうちのブースに連れてきて紹介してくれて。それで『スピ父2』を作ろうって話になった。ふたりであの頃のことを語って判明したのが、まひろさんが出家したのも、'94年の12月だったんです。まさにうちの父と同じタイミングで出家させられてる。

'94年から'95年にかけて出家信者を集めていたっぽいよねって話になったり、あとは、我が家に『教学』っていう資料みたいなのがあったんです。そこにはオウムの教えが書いてあって、それを元にテストを受けるっていうカリキュラムみたいなものがあったらしいんだけど、わたしはその説明とかひとつも受けていないので、当時は謎のアイテムだったんです。まひろさんのおかげでその謎が解けたりして、答え合わせができた感じがしました。実はわたし、オウム真理教の2世に会ったのって今回、初めてなんですよ」

多感な少女時代に親の信仰心に巻き込まれたふたりの女性の、その貴重かつ壮絶な経験談と、その後の自らの人生をどう再構築したかの記録。30年経った今だからこそ語れることのできた貴重な対談集『スピ父2』、興味のある方は手にとってみてはいかがだろうか。

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