「漁協として、反対協には海上での抗議活動をやめてほしい」 過去にも漁師が命を落としかねない危険な事故が…【辺野古沖転覆事故】
【全2回(前編/後編)の前編】
「平和」を掲げる沖縄の市民団体の抗議船が転覆した事故から2カ月近くがたつ。乗船していた生徒が亡くなった高校の母体に、国の現地調査が入った。事故原因の究明が急がれる中、当の団体はなぜか沈黙を守ったまま。遺族への謝罪もいまだなされていないというのだ。
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沖縄県名護市の辺野古沖で3月16日、修学旅行中の同志社国際高校(京都府京田辺市)の2年生らが乗船したのは、「ヘリ基地反対協議会」(以下、反対協)の運用する小型船「不屈」「平和丸」だった。
「当日は波浪注意報が発表されていたにもかかわらず、2隻は計21人を乗せて出航。高波を受けて不屈が転覆し、続いて救助に向かった平和丸も転覆しました。不屈の船長だった金井創さん(71)と、平和丸に乗っていた生徒の武石知華さん(17)が亡くなり、14人が重軽傷を負ったのです」(全国紙社会部デスク)
事故当日、会見に出席した反対協メンバーらは普段着で、中には腕を組んでふんぞり返る男性もいたことから批判が沸き起こったのはご記憶の通り。一方、第11管区海上保安本部は3月20日、業務上過失致死傷などの容疑で同団体の事務所などを家宅捜索。事故原因の究明が続いているのだが、そんな中で4月24日には、文部科学省が同志社国際高校を運営する学校法人「同志社」の現地調査に踏み切った。

「これまでは所管する京都府を通じ、安全管理について調査がなされてきました。学校側が現地の下見を怠ったことや引率体制の不備、また現地でのスケジュールについて保護者への説明が不足していた点などが明らかになっています。今回は、学校側に問い合わせた質問に対し学校法人に設置された第三者委員会が回答するなど、意思疎通の面で問題が生じたため、直接調査することになったのです」(同)
当日は高等教育局私学部の幹部ら職員10人が派遣され、京都府の職員5人も参加。調査は16時ごろから行われ、予定を1時間超過して4時間近く続いた。

「校長のほか学校法人の理事長も同席し、あらためて安全管理体制などについて聴取がなされました。またこの日、京都府は高校の危機管理マニュアルに不備があるとして、対策が講じられるまで校外活動を自粛するよう要請しています」(同)
「直接の謝罪、面会可否の問い合わせ、託された手紙、弔電、何ひとつ……」
亡くなった武石さんの父親は、4月17日に投稿サイト「note」で、以下のようにつづっていた。
〈平和丸の船長、乗組員、ヘリ基地反対協議会その他の関係責任者達 沖縄にいる間、知華や私たちへ対面しての直接の謝罪、面会可否の問い合わせ、託された手紙、弔電、何ひとつありませんでした(中略)私はこれを、どう理解すれば良いのでしょうか〉
これらの記述を踏まえ、21日には国民民主党の玉木雄一郎代表が会見で、
〈平和というのは人の命が奪われないようにするための運動。その運動で人の命を奪っておいて一言の詫びもないというのは、大人として、人間として、社会人として、そもそもどうなのか〉
などと、反対協を厳しく批判。また参政党の梅村みずほ議員も24日の参院沖縄・北方特別委員会で、前述したnoteの記述に言及し、「平和丸」の船長や反対協の代表を参考人招致するよう求めたのだった。
いかなる組織なのか
その反対協は1997年、市民団体や労組、政党などが中心となって設立。辺野古への在日米軍新基地建設を阻止すべく、座り込みやボートなどでの抗議活動を続けてきた。2015年に結成され、普天間飛行場の辺野古移設に反対してきた「オール沖縄」の母体ともいえる組織で、反対協のホームページには「現在は12団体が加盟」とある。
さるオール沖縄の関係者によれば、
「年に1度、彼らの通常総会が開かれ、出席したことがあります。メンバーは、事務局を合わせて30人ほどいたのではないでしょうか。県内の人だけではなく、県外から1カ月だけ活動に参加する人もいます」
中心メンバーはともかく、大規模な活動のたび、県内外から「有志参加」があるわけだ。ちなみに21年9月の沖縄県議会定例会では、県警本部長が、
〈沖縄の基地反対運動に極左暴力集団も参加していることを確認しております〉
そう答弁している。
過去にも、漁師が命を落としかねない危険なアクシデントが
今回に限らず、反対協は過去にも海上でトラブルを引き起こしてきた。名護漁協の関係者が言う。
「彼らはこれまで、5件の重大事故に関わっています。14年10月には、汀間(ていま)漁港で『ラブ子』という抗議船の係留ロープが外れて漂流してしまい、それを戻そうとする過程で隣に停めてあった別の抗議船の船長が亡くなっています。また翌年4月には、海保の職員が抗議活動中のラブ子に乗り込んだところ、転覆してしまいました」
そのラブ子はすでに廃船になっているといい、
「今回事故に遭った『不屈』も19年3月、漁港内に係留していた漁船に衝突したことがありました。この時は、衝突直前に漁船から漁師らが降りていたので大事に至りませんでした」(同)
昨年1月にはグラスボート「ゆがふ世(ゆ)」(現在は反対協事務局長の東恩納〈ひがしおんな〉琢磨・名護市議が使用)が、潜水漁の船の近くを通って酸素ホースをプロペラに巻き込んでしまった。これについては本誌(「週刊新潮」)でも報じており、
「10年ほど前にも彼らの船が安部(あぶ)沖でまったく同じ事故を起こしています。被害に遭ったのは昨年と同じ漁師。潜水漁をする船は、それを知らせる旗を立てていて他の船は近くを通らないものですが、この時も平和丸の操船があまりに未熟だったのです」(同)
いずれも、漁師が命を落としかねない危険なアクシデントだったという。同漁協の安里(あさと)政利組合長が言う。
「基地反対運動は自由ですが、海上での活動は非常に危険。14年に続いて今回も尊い命が奪われてしまいました。漁協としては今後一切、海上での抗議活動はやめてもらいたいのです」
地域でも問題視されていた活動で、あろうことか若い命が失われてしまった。にもかかわらず反対協は、だんまりを決め込んだままである。
後編では、「反基地団体」がいまだに遺族に謝罪していない理由について、彼らの思想的背景などと併せて詳しく報じる。
「週刊新潮」2026年5月7・14日号 掲載
