夏場所直前、歴史的な十両復帰を果たした炎鵬関。

幕内経験者が序ノ口まで転落し、関取に返り咲くのは昭和以降、初めての快挙となります。くびの大けがを乗り越え、耐え続けたリハビリ生活など、その胸の内を明かしてくれました。

▼炎鵬

「相撲はもう取れませんって言われた。まず、日常生活に戻るために手術をしましょうと言われた」

身長167センチの小兵ながら2017年の初土俵からわずか1年で関取に昇進した金沢市出身の炎鵬。スター力士として人気を博しますが、2023年、くびのけがを理由に7場所連続の休場を余儀なくされ、一時は寝たきりの状態となります。

▼炎鵬

「もう信じられなかった。取り返しがつかないことになっちゃったなという気持ちだった」

西南部中相撲部で指導した五百崎さんが語る炎鵬の中学時代

今年32歳となる炎鵬は、1994年、2人兄弟の次男として生まれ、相撲をやっていた兄の影響で5歳のときに相撲教室に通い始めます。

西南部中学校の相撲部で指導にあたった五百崎剛さんは当時をこう振り返ります。

▼五百崎剛さん

「炎鵬が中学3年生の時の団体の決勝戦、1対1の大将戦で友哉(炎鵬)が勝って、全国を決めたのがここ県立武道館。小さかったが、下半身が安定していて崩れないし、大きい選手が押しても最後まで押しきれない。そういうところは練習の時からもそうだし、試合の時ももちろんあった」

プロ入り 所要6場所で十両昇進 金沢での凱旋巡業

プロ入り後は、所要6場所で十両に昇進。

幕下付け出しを除けば、史上最速タイとなるスピード出世でした。

炎鵬は当時、インタビューでこのように答えています。

▼炎鵬(2018年当時)

「けさ風呂に入ってて上がったらちょうど『上がったよ』と言われて、風呂上がったのかなと思ってたら、十両上がったよみたいな。まだ信じられないという感じ」

2019年には新入幕を果たし、最高位は東前頭4枚目。

金沢での凱旋巡業では、多くのファンを魅了します。

▼炎鵬のファン

「炎鵬と遠藤。顔がかわいいところと、相撲が面白いところと強いところ」

「かわいくて、とても素敵だった。小さいのにすごく強い」

くだされた診断は 骨髄損傷 そのときの心境は…

しかし、2023年5月22日。

夏場所で初日から9連敗を喫した炎鵬は、その日…

▼炎鵬

「取組が終わって帰ってから部屋でちょっと一息ついて休もうと思って、腰かけたら体の力が全部抜けて体が痙攣しだして。それを皆周りの方が見ててこれはおかしい、ただ事じゃないという話になって、すぐに病院に行った」

くだされた診断は、脊髄損傷。

▼炎鵬

「くびから足までの感覚がもうわからない状態だった。朝起きて、起き上がることができないから始まって、起き上がって歩けない、トイレが自分で出せない、温度もわからない、というような状態だった。自分は幸いにも医者からも、もしかしたら少しずつ良くなっていく可能性はまだあると言ってもらって、それだけでも希望に救われて、日々耐え抜いていた」

一時は寝たきりの状態となった炎鵬でしたが、徐々に回復に向かい、再び土俵に上がるためのリハビリに臨むことを決意します。

松井秀喜さんの専属トレーナーも務めた小波津祐一さんのサポート

そのサポートにあたったのは、大阪や東京にある整体院で元メジャーリーガー・松井秀喜さんの専属トレーナーも務めた小波津祐一さんです。

▼小波津祐一さん

「日常生活もできない中で、相撲に復帰するというのは、どう考えても無理だというのが皆その意見だった。でも炎鵬関の中で最初から必ず相撲に復帰するという気持ちがすごく強かった」

▼炎鵬

「自分が昔はこうやってできた、昔はこういう感覚だったと、それをずっと自分が言っていたが、小波津先生には昔の感覚は忘れた方が良いよ、もう昔の自分には戻れないから、新しく生まれ変わった気持ちでやっていこうと言ってもらった」

リハビリ中、相撲以外でしていたことを尋ねると。

▼炎鵬

「神社とか行っていた。蛇窪神社も行ったし、いろんな神社に行った」

420日後…ついに土俵へ「ここが自分の生きる場所」

土俵に戻れる日を信じて、長くつらいリハビリ生活を続けた炎鵬。

そして、あの日からおよそ420日。

2024年の名古屋場所で序ノ口として復帰を果たします。

▼炎鵬

「正直体がまったく動かなかった。自分てまだこれくらいなんだと明確にわかったし、気持ち的には今までで一番の喜びだったかもしれない。ここが自分の生きる場所、やっと帰ってこれたという気持ちだった」

▼小波津祐一さん

「皆涙だった。土俵に立ったというところで、周りがそういう状態で、僕も本当にもう涙が我慢できなかった」

▼五百崎剛さん

「石川県内、全国の子どもたちの目標や夢であってほしい。やっぱり僕は勝った負けたよりも、けがをせずにいてほしい」

その後、順調に番付を上げ、幕下4枚目として迎えたことし3月の春場所9日目、延原との一番。

「東方、炎鵬、石川県金沢市出身、伊勢ケ濱部屋」

▼観客

「炎鵬ー!友哉ー!」

先場所で敗れ、全勝を逃すことになった相手です。

得意の下手投げで白星をあげ、会場は拍手に包まれました。

春場所を5勝2敗の成績で終え、見事十両復帰を手繰り寄せた炎鵬。

黒まわしを捨て決意 ふるさとへの思い

幕下以下が締める黒まわしは、捨てたと言います。

▼炎鵬

「もう(幕下には)戻らないという気持ち。上しか見てない。番付ももう下がないので、負け越したら落ちる。落ちるつもりはないという覚悟で(黒まわしを)捨てた」

幕内経験者が序ノ口まで転落し、関取に返り咲くのは昭和以降、初めての快挙です。

寝たきり状態から奇跡のカムバックを果たした炎鵬が語ったのは、ふるさとへの思いでした。

▼炎鵬

「(石川は)これまで自分が生まれ育った町でもあるし、震災もあったし、そういった中で自分はまだ全然何もできてないので、これからすごいパワーを届けられたらと思うので、皆楽しみに待っててほしい」