<義母「育児を手伝うから」>近所に家を建ててと言われた。一度も助けてもらってないけど信じていい?

義母からの「手伝うから近くに住んで」という言葉。しかし一度信じて裏切られた経験があったならば、警戒するのは当然のことです。マイホームという一生の買い物を前に、今度こそ信じていいのか心が揺れますよね。
『義母は約束を守らない気がします』
義母の「育児を手伝う」という言葉を信じて近所に引っ越してきた投稿者さん一家。ところが子どもの病気やお迎え要請を一度も聞き入れてもらえず、投稿者さんはこれまでワンオペ状態で奮闘してきました。そんななか、マイホーム計画が浮上。すると義母は「今度こそ手伝うから、近くに家を建てなさい」と誘ってきたのです。もちろんこれまでの実績はゼロ。二度目の約束を信じて一生の買い物をしてもいいのか、それとも将来の介護要員として囲い込まれるだけなのか……。投稿者さんは裏切られ続けた結果の不信感と、淡い期待の間で揺れています。
投稿者さんたちが直視しなければならないのは、義母の言葉ではありません。「今までどうだったか」という残酷なまでの現実です。ママたちは投稿者さんの状況に対して、驚くほど冷静で、かつ厳しい視線を注ぎました。
『信じられるわけないよ。約束を守ってもらえるどころか、投稿者さんたちが家を買ったら安心していろいろ頼ってきそう。どうせまたあれこれ理由をつけてやらないよ。で、そんなことも忘れて自分のことはヤレヤレ言ってくるのが目に見えてる』
『無理に決まってるじゃん。義母も年を取るし、手伝いなんて億劫になる一方よ。これからも何か頼むと「都合が悪い日」になると思う』
『今でも近くに住んでいるのに一度も手伝わなかったのだから、それは「手伝う気がない」か「手伝える暮らしではない」かのどちらか。今までいつも都合が悪かったのなら、今後もずっと都合が悪いままだろうね。投稿者さんも「ちょっとは手伝ってもらえるかも」という気持ちがあるから断り切れないだけでしょ?』
なかなかに厳しい言葉が並びますが、これこそが実績というものの重みでしょう。最も切羽詰まった状況ですら手を貸さなかった義母が、家を建てたからといって急に献身的なサポーターに変貌するとは思えません。「一度も助けてくれなかった」という事実は、単なる多忙ではなく、協力拒否のサインと受け取ることもできます。言葉はいくらでも飾れますが、過去の行動は嘘をつきません。
子どもは育ち、義母は老いる。介護の心配も
次に考えなければならないのは時間の流れです。「今」助けてほしい育児と、これからやってくる「老後」の問題。義母が放つ「近くに住んで」という言葉の裏には、実は巧妙な計算が隠れているのではないかという疑念が浮かびあがりました。
『義母は育児を手伝う気なんてないけど、自分に何かあったときのために息子夫婦に近くに住んでいてほしいだけだと思う』
『近くに住ませて、ゆくゆくは自分の世話をさせようとしてるのが透けて見える感じ。子どもはだんだん手がかからなくなるし、近くじゃないほうが楽』
『「孫の世話はしないけど自分の世話はさせないと!」ってみえみえよ。子どもは成長して手が離れていくけど、義母は老いて手がかかるようになっていく。約束するほうがおかしい』
ママたちの支持を集めたのは「介護要員としての囲い込み」という説でした。育児の手伝いは、子どもが小学校にあがれば急激に需要が減ります。しかし義母の老化はそこからが本番です。「手伝うと言ったのにしてくれなかった」という不満を抱えたまま近距離に家を建ててしまうと、数年後には「私はあんなに手伝うと言ってあげた(実際はしていなくても)」という恩着せがましい態度で、介護や通院の付き合いを要求される未来が見えるとの声も。孫の世話という「甘いエサ」で、自分たちの老後の安心を釣ろうとしている……そう考えると、義母の言葉がにわかに恐ろしいものに思えてきます。
期待するから腹が立つ!義母をあてにしない
では現状から抜け出すにはどうすればいいのでしょうか。答えはシンプルです。義母への期待を捨てて、自分たちが楽に自立して暮らせる場所を選べばいいのではないでしょうか。
『他人をあてにして育児をする姿勢を、まずは改めたほうがいい。有事のときに他人をあてにするからガッカリするし腹が立つんだよ』
『「お義母さんもこれからお歳を重ねますし、子どものお世話は大変でしょうから、私たちでできるようにしました」と言えばいい。義実家からは遠く、実家から徒歩で毎日来るにはちょっと面倒なくらいの距離がいいかも』
『今回の件で義母さんに世話を頼むということは「将来の介護を引き受けます」という宣言になる。その覚悟はできてる?』
『むしろ向こうはいつ介護が必要になるかわからないのに、あてにするほうがおかしい。共働きなら職場の近くとか通勤アクセス重視で考えたほうがいい』
「いい嫁でありたい」、あるいは「少しでも育児を楽にしたい」という打算が、判断を鈍らせてしまいます。しかしママたちが指摘する通り、今回のケースでは育児の援助を受けることは将来の介護を背負うことと同義の可能性があります。それならば最初から義母を戦力外としてカウントし、距離を置くのが正解でしょう。「お義母さんの体力が心配」という建前を使えば、角を立てずに自分たちの職場に近い場所や、いざというときに本当に頼れる実家近く、あるいは病児保育などの子育てに必要な施設や制度が整った地域に家を構えることができます。
「義母は約束を守らない気がします」。この予感は残念ながら当たってしまうでしょう。しかしそれは絶望ではありません。むしろ「あてにならない」と確信できたことで、自由になれたのではないでしょうか。マイホームは家族だけのための城です。誰かの顔色を伺ったり、守られない約束を健気に信じる場所ではありません。
ママたちが口を揃えて言うように、期待するからこそ裏切られたときに腹が立つのです。最初から「いないもの」として計算して、自分たちの足でしっかりと立てる場所を選びましょう。
「お義母さん、お気持ちだけいただきますね。私たち、自分たちで頑張ってみることにしました」。そう高らかに宣言して、義実家から物理的にも精神的にも程よい距離を保つ。それこそが将来の介護トラブルを未然に防ぎ、家族みんなが笑顔で暮らしていくための賢明な選択ではないでしょうか。
