「#検察仕事しろ」は的外れ… 袴田事件再審から五輪汚職まで、SNSの熱狂が隠してしまう「検察不祥事」の真の核心

写真拡大 (全6枚)

──元検事・郷原信郎弁護士に聞く「批判の的外れ」と組織の病理

五輪談合、政治資金の裏金問題、そして袴田事件再審──。近年、検察をめぐる批判がSNSで可視化される機会は格段に増えた。「#検察仕事しろ」がトレンド入りするほど検察不信は高まっている。こうした状況をどう見るか。元検事として20年以上にわたり検察の構造的問題を指摘し続けてきたヤメ検弁護士の郷原信郎氏に聞いた。

批判の多くが「的外れ」である理由

SNSを通じた検察批判は広がっているが、郷原氏はその「問題意識」と「批判の内容」を切り分けて考える。

「批判の多くは的外れです。世の中が検察に対してイメージしていることと、検察という組織の実像との間には大きなズレがある。何が本当に問題なのかは、ほとんどの人がわかっていない」

わかりやすい批判の標的となっているのが、畝本直美検事総長だ。夫・畝本毅氏も元高松高検検事長という「検察夫婦」として注目され、SNSでは「自民党の裏金問題をもみ消して出世した悪の象徴」というストーリーが拡散された。袴田事件の再審無罪判決後に「到底承服できない」と談話を発表して批判を浴び、検察不信の象徴となった。しかし郷原氏は「そんな単純な話ではない」と退ける。

「閉鎖的な組織だから、人事が上司の主観に左右される側面はある。ただ、特定の案件をもみ消したから出世したというような話ではない。裏金事件はあのポジションに誰がいても同じ結果だった」

また、「特捜検察=勧善懲悪」というイメージも根強いが、特捜が手がけた事件の多くには問題があり、裁判所の検察寄りの姿勢で救われているに過ぎない。不起訴処分についてもほとんど説明されておらず、本当理由はわからない。逮捕・起訴にも、不起訴にも、批判が「正しく」向けられていない──これが検察問題の根本だ。

一方、郷原氏が高く評価するのが、兵庫県の一連の問題を担当した神戸地検特別刑事部の検事だ。2024年11月の知事選をめぐっては「NHKから国民を守る党」の立花孝志氏が斎藤元彦氏支援を目的に出馬し、百条委員会委員らへの虚偽情報をSNSで拡散、死亡した竹内英明元県議への名誉毀損罪で2025年11月に逮捕・起訴された。郷原氏は竹内元県議の妻の代理人弁護士としてこの事件にも関わった。担当検事は、過去に例のない「死者の名誉毀損」事件の立件に積極的に取組み、異例の起訴に持ち込んだ。

同知事選でのSNS運用を担ったPR会社への報酬支払いが公選法の買収に当たるとして郷原氏らが斎藤元彦知事を告発した件も、同じ検事が担当した。最終的には、検察組織の判断として不起訴の結論に至ったので、検察審査会に申し立て、今も審査中だ。その結論は別として、家宅捜索や任意聴取などで捜査による事実解明は十分に行われたと評価しているという。

政治資金規正法の「ど真ん中の大穴」

「的外れな批判」の最たる例が、裏金問題における不起訴判断への批判だ。2024年1月、東京地検特捜部は安倍派幹部7人(松野博一元官房長官・西村康稔元経産相・萩生田光一元政調会長ら)を「嫌疑なし」で不起訴とし、同年12月には旧安倍派議員ら65人を一斉不起訴とした。立件されたのは会計責任者ら事務方と、還流額の多かった議員3人(池田佳隆・大野泰正・谷川弥一)にとどまり、世論の怒りは頂点に達した。しかし郷原氏は以前から著書やYouTubeで「そもそも現行法では立件できない」と繰り返し警告してきた。

「裏金というのは、政治資金収支報告書に記載しないという前提で渡すお金です。国会議員には資金管理団体、政党支部など複数の財布がある。どこにも書かないという前提でもらっているわけだから、どこの財布に入るかが特定できない。政治資金収支報告書の虚偽記載罪が成立するためには、どの政治団体にお金が入ったのに書かなかったかが特定されないといけない。それが特定できないから犯罪が成立しない。これが政治資金規正法のど真ん中の大穴です」

ところが、検察はその「大穴」を認めようとせず、あたかも処罰できるかのような素振りを見せ続け、不起訴という結論で国民を失望させた。郷原氏自身も立憲民主党のヒアリングに3回招かれ、「大穴」問題を指摘したが、野党も改正法案に活かそうとしなかった。「野党は追及する立場だから、大穴の存在を自分たちから指摘したくない。検察も『使っている武器が使えないこと』を認めたくないので、改めない。当事者の自民党議員も、起訴されないことに変わりがなければ、法律の理屈はどうでもよい。結局、何も変わらない」。

また、裏金は政治団体や支部に帰属しないのに、検察の示唆によって裏金議員が政治資金収支報告書の訂正処理をしたことで、「所得税の課税すら行われていない。常識に反する結果になっている」と税の問題も指摘する。

組織の劣化

なぜ検察は複雑な法律を理解できないのか。郷原氏は検察組織の決裁システムそのものに問題があると見る。

「検察の決裁制度は、経験年数が増えれば増えるほど賢くなり、上の人間が適切な指導をするというのが建前です。でも実態は全く逆で、上に行けば行くほど能力が低下する傾向がある。上司は意見を言ってハンコを押すだけの仕事を続けるうちに、自分で文章が書けなくなるし、頭も使えなくなる」

権限だけは上が持っているため、理解力がない上司を通さなければ事件が動かない。「そういう上司にも分かるような話」にしないと決裁が通らなくなる構造だ。

昔、特捜部で横行した「脅し」「騙し」によって調書をとる方法が取調べの録音録画で難しくなった代わりに台頭したのが「人質司法」だ。「無罪を主張しようとする被疑者、被告人を徹底的に身柄を拘束して諦めさせる。法律をきちんと理解して有罪を立証する自信がないので人質司法に頼る」。

検察官のキャリアシステムも組織劣化を加速させている。かつては多様な人材がいたが、全体としてサラリーマン化しているという。流動性がなく年功序列で固定化された閉鎖的な組織は、権威に寄りかかり上から見下ろす体質を強化する一方だ。

「弁護士から検察官への任官を大幅に増やし、流動性を持たせること。個々の検察官の独立した判断を尊重することで、法的良心に従って仕事をすることが期待できるようになる」

袴田事件──「的外れ」だと郷原氏が言う理由

郷原氏が「的外れな批判」の典型として挙げるもう一つが袴田事件だ。1966年の強盗殺人・放火事件で元プロボクサーの袴田巌氏が死刑を確定され、2024年9月の再審で無罪が確定(戦後5例目)。冤罪救済の象徴として語られるこの事件について、郷原氏は異論を唱える。ただしこれは郷原氏個人の見解であり、社会的には冤罪被害者の救済という評価が定着している。

「袴田事件は、批判されている検察の事件の中で、一番気の毒なんです」と郷原氏は言う。

郷原氏の見方では、問題の根源は2014年の静岡地裁・村山浩昭裁判長による再審開始決定にある。その根拠とされた本田克也・筑波大教授のDNA鑑定は科学的に再現性がなく、捜査機関による証拠の捏造の指摘にも疑問があり、東京高裁(大島隆明裁判長)が2018年にこの決定を取り消したのは正当だったと郷原氏は評価する。村山決定で、死刑囚の袴田氏を「著しく正義に反する」として釈放し、その映像で「袴田氏冤罪」が強く印象づけられ、高裁・最高裁は事実上「収監できない」という縛りを負い、「冤罪・再審の流れに逆らえなくなった」と見る。

一方で、批判されるべき事件が正しく批判されていない。リニア談合、カルロス・ゴーン事件、五輪汚職、五輪談合などの特捜案件は本来適用すべきでない法律を適用して立件した「無理筋事件」だが、司法記者クラブを中心としたメディアが特捜捜査を囃し立てることで守られてきた。

「批判されるべきものは正しく批判されない。批判されるときは間違って批判される。これが検察をめぐる構造的な問題です」

信頼回復のために──「説明させる」圧力を

では市民はどう向き合えばいいのか。郷原氏は著書の中で、国民側の姿勢にも問題があると指摘している。「法の素人だから」という意識が複雑な法的構造の理解を放棄させ、事件の中身も適用される法律も理解しようとしない。逮捕、起訴、有罪などの検察や裁判所の判断にメディアがそのまま寄りかかる構図が、正しい批判を妨げ、ネットの世界などで誤った批判が盛り上がるという批判の逆転現象が生まれてきた、と論じる。インタビューでも郷原氏はこう語った。「刑事事件の中身をちゃんと理解しようとしないと、検察が出した結論が正義だと思い込んでしまう。一つ一つの判断がどういう意味を持っているかに関心を持って見ていく。説明できるものはもっと説明させる。説明しない検察を批判していくことが重要です」。

検察が誤りを認めにくいのは組織の本質にも由来する。「検察は国の機関でありながら、そのガバナンスが民主的基盤から切断され説明責任も、情報開示責任も負わない。一旦『正義』が暴走すると止められない。SNSでの批判の多くは的外れだが「批判の声が積み重なることで、今のままではダメだという圧力になるかもしれない。検察内部でも、意外とSNSは見られています」。

しかし制度改革の機運に結びつくためには、批判の質が伴わなければならない。政治資金規正法の改正、キャリアシステムの見直し、説明責任の徹底──いずれも「正しい問題意識」から始まると、郷原氏は訴える。

■郷原信郎(ごうはら・のぶお)

弁護士(郷原総合コンプライアンス法律事務所代表)。法務省検察の在り方会議委員。1955年、島根県松江市生まれ。東京大学理学部卒業後、民間会社を経て1983年に検事任官。東京地検、公正取引委員会審査部付検事、広島地検特別刑事部長、長崎地検次席検事、法務省法務総合研究所総括研究官等を歴任し、2006年退官・弁護士登録。コンプライアンスの第一人者として知られ、近著に『法が招いた政治不信──裏金・検察不祥事・SNS選挙問題の核心』(KADOKAWA)。

【こちらも読む】『有罪を証明すべき検察が、いつのまにか被告人に「無罪の証明」を強いる現実…「無罪推定」の原則を踏みにじる日本の刑事裁判』

【こちらも読む】有罪を証明すべき検察が、いつのまにか被告人に「無罪の証明」を強いる現実…「無罪推定」の原則を踏みにじる日本の刑事裁判