彼は「次男だし町を出ていく」母に言われて諦めた初恋の記憶。家出した50代ツマの選ばなかった人生
「親の反対を押し切って」結婚したカップルの今
2021年10月、デートプランやスポット紹介を発信する「縁結び大学」が調査した、「親に反対された相手と結婚した」男女185人へのアンケート。「親の反対を押し切って」結婚したカップルのうち、現在も「婚姻継続中」は82.2%だった。残念ながら17.3%が離婚していたが、これは2024年度の婚姻数/離婚数から出した38.3%と比較すると半分以下である。
続けて「親が反対した相手と結婚して良かったか」という質問に対して、婚姻継続中の67.1%が「良かった」と答える一方、「親が反対した理由で後悔している」と答えた割合は17.1%。ゆうに8割以上が「自己判断」が正しかったと感じているといえる。
コミックエッセイの名手、野原広子さんが熟年夫婦クライシスを真っ正面から描いた、初のクライムミステリー『うちのツマ知りませんか』(野原広子著/オーバーラップ)の主人公、50代の主婦ヨシ子は、そうした数からいえば少数派の、「親に言われて別れた」ひとりだった。
ツマに隠れてアパートの保証人に
結婚30年、穏やかに過ごしてきたはずの夫婦の日常が、突然壊れる。ツマのヨシ子が「お醤油買ってくる」と家を出たまま、戻らなくなったのだ。
夫の康は最初こそ軽く考えていたものの、パート先を訪ねると知らぬ間に退職していた。息子のところにも連絡はなく、警察に行っても、自ら出ていったのではないかと夫婦関係を疑われる。
職場の部下の反応も冷ややかだ。「もう1週間も帰ってこない」とうなだれて見せる康に、「ボケてるだとか、飯がまずいとか、頭が悪いとか、ババアだとか、無職だとか」とツマへの悪口を指摘し、「あんなこと言われてたら、私だったら別れますね」とまで言う。しかも康自身、バツイチのその部下に対してほのかな下心を抱き、彼女が離婚したてのころ、ツマに隠れてアパートの保証人になったこともあった。
そんな「疚しい」部下に妻の悪口を言ったり、保証人になっていても、「そんなの、どこの家でもあること」「自分はツマを愛しているし、感謝もしている」と開き直る。
「スラッとしたイケメンだった」
ツマの行方を捜して、再びパート先に行ってみると、ヨシ子とある男性客との「よからぬ噂」を耳にした。「元カレ? と訊いても否定しなかった」「スラッとしたイケメンだった」といった断片的な情報が、康の心をざわつかせる。
一方、家を出たヨシ子は見知らぬ部屋で目を覚ます。そこは、雨の中、行き場を失っていたところを助けてくれた老女の家だった。
ヨシ子の家出先が老女の家ならば、「元カレ」との「よからぬ噂」は何だったのか。
実は、ヨシ子の職場に「元カレ」が現れたのは本当だった。母の具合が悪くて、実家に戻ってきていた元カレ「田中先輩」との再会に、うっすらと頬を染めるヨシ子。
短期連載10話目の本編では、40年前に、ヨシ子と田中先輩の間に起きたある出来事をお伝えする。
現在50代半ばのヨシ子は、中学生か高校生。田舎の田んぼ道を手を繋ぎ、嬉しそうなヨシ子が歩くその相手こそ、「田中先輩」だった。
おそらく「元カレ」と言っても、始まったばかりの淡い恋。だが、恋の芽を育てようとしていた矢先に、早々と刈ってしまったのは、ヨシ子の母親だった。
「田中さんちの息子はダメよ。おつき合いはやめなさい」「あの子は次男だし、いずれこの町を出ていくはず」。
娘には近くに住んで、ゆくゆくは自分の世話をしてもらいたい。きっとそんな気持ちだったのだろう。身勝手な親のエゴでヨシ子は恋を成就することができなかったのだ。
老女の粗末な台所に立ちながら、当時のことを思い返すヨシ子。
「あの頃……、あれが正しいと思っていた」
先の「縁結び大学」が調査した「親に反対された相手と結婚した」男女へのアンケートでは、「親に反対されながら、結婚を強行した」と答えた人の割合は29.7%だった。一度は反対しても、7割強の親が、最後には許している。
親に言われて、泣く泣く「田中先輩」と別れたヨシ子だったが、今ならどんな判断をするのだろう。
◇「縁結び大学」のアンケートの中で、「親が反対した理由」を見ると、もっとも多いのは「相手の収入が十分でない」(22.7%)、次に多いのは、「態度や性格が気に入らない」(22.2%)だった。
この他、「相手の職業が気に入らない」(14.6%)、「相手が再婚」(14.1%)、「要介助者がいるなど家族の状況」(13%)、「相手の年齢が釣り合わない」(10.8%)となる。
かわいい我が子に苦労させたくない。そんな思いもあって、「正しい相手」を選び直してもらいたいのかもしれない。
だが子の示した意思は、成長した大人の意志だ。性格や態度以外の、収入、職業、再婚かどうか、相手の家族関係、年齢は本人の人格とは関係ないし、性格や態度にしても、値踏みする親側の性格や態度が影響することもあるのではないだろうか。
ましてやヨシ子の母親は、自分の近くに住んでもらいたい、という理由だけで反対していた。
なぜ、あの頃のヨシ子は、それを「正しい」と思ってしまったのだろう。
第11話に続く。
