夫の「余命110日」を告げられた帰り道…元女性自衛官が涙より先に口にした「ある言葉」

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女性、高卒、二等陸士出身という異例の経歴ながら、陸上自衛隊の幹部にまで昇りつめた有薗光代氏。そんな彼女をある日突然、襲ったのは、「夫の余命宣告」という試練だった……。初の著書『セルフスタータ― 自分で自分を動かすスキル』で注目の有薗氏が、当時の記憶を振り返りながら、「予期せぬ不幸」に直面したときに心折れないための心がまえを伝授する。

歩みを止めることこそ最大のリスク

戦争、事故、喪失――。

誰もが、予期せぬ不幸に直面します。

深い悲しみに、何も手につかず、世界が終わったように思うこともあるでしょう。けれども、その瞬間に歩みを止めてしまえば、組織も個人も再起のチャンスを失いかねません。

あるとき、自衛隊内で航空機の事故が発生しました。

私の先輩もその機に乗っていました。現場は混乱のなかでも、捜索と原因究明に全力を尽くしていました。

そのような悲しみのなか、ある高官が大事な海外出張を取りやめたことで、その判断が波紋のように広がり、関係のない部署まで予定を見直すことになりました。まるで透明な水に墨汁を一滴垂らしたように――。

1つの事故が、組織全体の空気と動きを変えていく。その連鎖のなかで感じた息苦しさを、私は痛みをもって体感しました。

命の重みを軽んじることはできません。しかし、止めるわけにはいかない現場があるのもまた現実です。

危機管理に携わる者は、空気に流されるのではなく、あえてその空気を断ち切り、別の視点や戦略を打ち出さねばなりません。

私はかつて、『失敗の本質 戦場のリーダーシップ篇』(野中郁次郎/ダイヤモンド社)を読み、組織が「空気の支配」によって意思決定を誤る構造を学んでいました。その記述が、目の前の光景と重なって見えたのです。

誰もが周囲の感情を慮り、発言を控え、全体が静かに動きを止めていく――。

だからこそ、状況にのまれず、冷静に戦略を描き直す視点が必要です。その眼差しは、いまの時代にも求められていると感じています。

米軍が教えてくれた「止めない文化」

米陸軍工兵学校での爆破訓練中、事故で仲間を失いました。

それでも数時間後には、新任者歓迎の公式パーティーが予定どおり開かれました。会場には、誰も座らない1つの席に、花とウイスキーが置かれ、冒頭で説明と黙祷が行われたあと、司令官がこう告げました。

「我々は、いつでも戦地に行く覚悟を持っている。だからこそ、日常を続けることが大切なのだ」

最初は違和感がありました。事故の直後に笑顔や談笑を交わすことが、不謹慎に思えたのです。けれども、やがてその違和感は静かな理解へと変わりました。誰も故人を忘れているわけではない。その存在を胸に刻んだうえで、立っている、と。

戦地に赴く組織だからこそ、自分が「歩みを止めないこと」が仲間への敬意であり責任になる――それが彼らの文化でした。

思い返せば、自衛隊の仲間たちも同じでした。それぞれが悲しみのなかで、自分にできることを探し、静かに果たしていたのです。

組織が歩みを止めないこと。そして個人が感情にのみ込まれないこと。

これは違う話のようで、じつは同じ「立ち直る力」につながっています。

「共倒れしない共感力」が求められている

誰かの悩みを聞いたときに、自分まで苦しくなってしまった経験はありませんか?

SNSやニュースで、誰かの悲しみや怒りが一瞬で伝わる時代、感情の共有が過剰になりやすいいまだからこそ、「共倒れしない共感力」が求められています。

私にとって転機となったのは、「ホリスティック・ライフコーチング」を学んだことでした。答えを誰かに求めるのではなく、自分のなかから見出していくプロセスです。

人は誰もが、自分で自分を立て直す力を備えている――その前提に立つことで、感情に巻き込まれず、状況を俯瞰できるようになります。

「同情」は、相手と一緒に沈むこと。

「共感」は、相手を引き上げること。

「支える」とは、ただうなずくことでも、無理に説得することでもありません。

相手の話に耳を傾けながら、見落としている視点や可能性を静かに差し出す。ときには、沈んだ空気を切り替えるために、あえて笑顔を見せることも必要です。

落ち込んでいる相手に明るく接するのは、一見不謹慎に思えるかもしれません。けれども、自分まで沈んでしまうことで救えるものは少ないのです。

だからこそ、世界がどれほど悲惨な状態であっても、自分自身のエネルギーを守ること。それ自体が、相手を支える力になります。

主導権はいつでも自分の手にある

米陸軍工兵学校での日々、その後の国連南スーダンミッションを経て日本に帰国してしばらくしたある日、夫が医師から「余命110日」と宣告を受けたときのことです。

病院からの帰り道、助手席にいた私の母は、動揺とショックで世界がグレーに見えたと言います。けれども、運転していた私は、突然こう口にしました。

「焼肉とタイ料理、どっちも行けるじゃん」

母はその瞬間、「ああ、この子は大丈夫だ」と確信したそうです。

あのときの私は、涙よりも先に、現実のなかで「動くための選択肢」を探していたのだと思います。

翌日から毎日通うことになる自宅と病院との往復のルートを思い浮かべながら、その道すがら、立ち寄れそうな飲食店を反射的に探していたのでしょう。

そこから私は必死に動き続けました。夫の治療法を探し、サプリを調べ、寝具まで選び直す。できることを1つずつ積み重ねていったのです。

その日の夫の日記には、こう記されています。

「嫁さんは、本当はつらくて泣きたいはずなのに、あっぱれな人だ。本当に強い人って、こういう人なんだろうな」

人は誰しも、不安や喪失で思考停止に陥る瞬間があります。

「頭ではわかっていても、動けない」

「一度崩れたら、もう立て直せない」

私も何度もそう感じました。

そのとき、感情を無理に消す必要はありません。ただ、「いまの自分に何ができるか」を静かに問い直す。それだけで、思考と行動は少しずつ戻ってきます。

セルフスターターとは、たとえ心が揺れていても、「いま動ける一歩」を選び取れる人です。そうすることが、自らを助けることを知っているからです。

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夫の余命宣告を受けても、立ち止まらずに行動することを選んだ有薗氏。だが、その強さの背景には、夫とも自分ともきちんと向き合えなかった「代償」があった。詳しくは後編記事〈感染者150万人でも発症わずか5%…夫を襲った"病魔"で元女性自衛官が思い知った「夫に寄り添えなかった代償」〉でお伝えする。

【つづきを読む】感染者150万人でも発症わずか5%…夫を襲った”病魔”で元女性自衛官が思い知った「夫に寄り添えなかった代償」