《「スパコンで数万年」が「数秒」に》“戦略17分野”に指定された「量子コンピュータ」とはあらためて何なのか? 京大教授が語る“核心”〉から続く

 成長戦略会議の資料は、量子テクノロジー市場が2040年頃に14兆円以上に達すると見通す。この数字に現実味はあるのか。京都大学教授で『教養としての量子コンピュータ』(ダイヤモンド社)を著した藤井啓祐氏が文藝春秋PLUSの番組で、量子コンピュータをめぐる投資競争と日本の立ち位置、そして実用化までに必要なブレイクスルーについて語った。(全2回の2回目/はじめから読む)

【動画を見る】「2040年に14兆円」は本当か? 京大・藤井啓祐教授が語る「量子テクノロジー市場」のポテンシャル《戦略17分野に指定》

(初出:「文藝春秋PLUS」2026年4月6日配信)

計算は、石油と同じ“資源”

 量子コンピュータ開発を先導するのは、Google、IBM、Amazonといった巨大IT企業だ。藤井氏は「計算能力を持つほどイノベーションが生まれ、経済力が向上する。石油と同じように、計算は資源とみなされている」と述べ、AIの急速な発展がこの流れを加速させていると説明する。既存のデータセンターを拡充するだけでは将来的に限界があり、量子コンピュータが次の計算資源として注目されている。同時に、過去10年以内に立ち上がったスタートアップ企業がニューヨーク市場などに上場するなど、新興勢力の台頭も著しい。

富士通、NEC、東芝、そしてスタートアップ

 日本では富士通が超伝導型量子コンピュータの開発で国内を代表し、国産量子コンピュータの稼働も始まっている。藤井氏は「NECはもともと超伝導型量子コンピュータの先駆けであり、当時は世界の三周先を行くほど」と振り返り、東芝も量子暗号分野や誤り耐性量子コンピュータの理論研究で世界的な存在感があると評価した。


藤井啓祐氏

 さらに、検出器の浜松ホトニクス、世界最高性能の冷凍機を開発したアルバック・クライオなど、周辺コンポーネント分野でも日本企業の技術力が生かされているという。スタートアップも活発で、冷却中性原子方式のYaqumo、光ネットワーク技術のNanoQT、藤井氏自身が創業に関わったソフトウェア企業のQunaSysなどが大学発のイノベーションを産業化する動きを加速させている。

「8時間で暗号解読」の衝撃

 量子コンピュータの応用で注目されるのが暗号解読だ。藤井氏によれば、「フルスケールの大規模な量子コンピューターができれば、8時間ほどで暗号解読ができてしまう」。2019年のGoogle「量子超越」発表時にはビットコインが暴落する騒動もあった。当時は過剰反応とみなされたが、藤井氏は「今はもう現実的なリスクとして捉えられていて、すでに対策が講じられている段階」だと語る。米国を中心にLWEと呼ばれる耐量子暗号の標準化が進んでおり、量子コンピュータでも攻略できていない問題を暗号に利用する仕組みだ。

「2040年に14兆円市場」は本当か?

 成長戦略会議の「2040年に14兆円市場」という見通しについて、藤井氏は「14年前の2012年には、この業界はほとんど存在しませんでした。そこから劇的な進化を遂げたことを考えると、次の12年で何が起こるかは全く予測できない」とした上で、量子コンピュータに加え、センシングや量子通信まで含めた広いポートフォリオで見れば「(14兆円という数字に)違和感を感じない」と述べた。

 ただし課題は明確だ。現在の量子コンピュータは最高レベルでも100〜1000量子ビット。暗号解読や分子シミュレーションに必要とされる100万量子ビットには3〜4桁足りない。ハードウェアの大規模化とソフトウェア・アルゴリズムの効率化という「両面からイノベーションを起こしていく必要がある」と藤井氏は強調する。実用化の時期については「早くても2030年、おそらく2035年頃には実現できるのではないか」との見通しを示し、「2040年までに実現していなければ、何らかの大きな問題に直面したということだろう」と語った。

(「文春オンライン」編集部)