カメラマンでもアナウンサーでもない「プロ野球のテレビ中継」で最も“決定権”がある人物とは? ラジオの名物アナがテレビ実況でもがき苦しむ理由
同じ野球中継でも、アナウンサーの喋りはラジオとテレビではまるで違う……映像のあるなしは当然ですが、一番大切な「伝え方」に大きな違いがあるそうです。今年からテレビ中継も担当する村上和宏さんは、35年間、ラジオ一筋でした。そこで体感した「伝え方」の極意を明かしてくれます。
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スコアブックをつけられるように
前回に続き、ラジオとテレビの実況の違いについて述べます。
前回、ラジオ実況は「どこに視点を当てるかで、アナウンサーの感性が問われる」と書きました。
これについて、もう少し深掘りします。
野球の実況では、まず「ボールを追いかける」のが基本です。ピッチャーがボールを握ってキャッチャーのサインをうかがう、ボールを投げる、キャッチャーが捕球したのか、バッターが打ったのか、打ったならどんな打球がどこに飛んだのか、野手が捕球してアウトになったのか、抜けてヒットになったのか……これを幹にして、枝葉をつけていきます。

サインの交換でピッチャーが首を振って別の球種を要求したり、カウントによってバッターがバットを少し短く持ったり、守る野手が守備位置を微妙に変えたり、といった細かいところまで的確に捉えて言葉にしていきます。こうした描写によって音だけで聴いているリスナーに「球場にいるような臨場感」も感じてもらえると思います。
駆け出しのころはピッチャーとキャッチャー、バッターだけに目が行ってしまいがちでしたが、場数をこなすうちに、野手の守備位置などにも視野が広がりました。いかに俯瞰でグラウンド全体を見渡すことができるか、それが勝負になります。
もう一つ、私が自らに課していた「実況の絶対条件」は、聴いているだけで完璧なスコアブックをつけることができるということです。
前回も述べたように、ラジオ実況はピッチャーがボールを投げる描写がなければ試合が動きません。ボール、ストライクの判定、どこに打球が飛んでヒットかアウトか、ダブルプレーはどの野手からどの野手にボールが送られて成立したのか、こうしたプレーを丁寧にきちんとお伝えしてきました。
スコアブックをつけたことがある方ならお分かりになると思いますが、右中間あるいは左中間に飛んだフライを誰が捕ったかでライトフライ、センターフライ、レフトフライが決まります。
例えば「打球は高々と上がって左中間へ、捕った、アウト」という描写ではレフト、センターどちらの野手が捕球したかがわからないし、スコアがつけられません。同様にダブルプレーでも打球がファースト、セカンド、ショート、サードのどこに飛んで、どのように一つ目のアウトを取り、どの塁にボールが送られてベースカバーにはどのポジションの野手が入って二つ目のアウトを取ったか、これがきちんと描写できて初めてスコアに「6−4−3」とか「4−6−1」と記録することができます。
このようにゲームセットまで、グラウンド全体のどこに自分の視点をフォーカスして言葉を紡ぐのか、それがラジオ実況です。
画面に合わせる
では、テレビの実況では、どのようなことが重要視されるのでしょうか。
以前、東海テレビのスポーツ実況の第一人者、森脇淳アナウンサーから、こんな話を聞いたことがあります。
「テレビの実況アナが評価されるポイントは、アナウンサーの意思とは関係なく、スイッチャーが切り替える画面に、いかに自然な流れで合わせてしゃべることができるかだ」
私はテレビ実況を担当することはなかったので、森脇さんのお話に、今一つ実感が湧かなかったのですが、フリーになって今年から担当しているDAZNでの実況で、この言葉の意味を痛いほど感じました。
3月10日、バンテリンドームでのオープン戦「中日−ヤクルト」が私のDAZNデビューとなりました。
放送席の私の前には14インチ程度のモニター、その先にグラウンドが広がっています。
ラジオで実況する際も、リプレー検証の映像確認やブルペンの様子を把握するために小さなモニターは置いてありましたが、あくまでも補助的なもので、目の前で繰り広げられるプレーを、グラウンドから目を切ってモニターを見ながら実況することはありませんでした。
頭の中では「映像があっての実況」とわかってはいたものの、長年染みついた癖は簡単に変えられるものではありません。モニターには目を向けず、グラウンドばかり見て実況していました。
終わった後に指摘されたのが、まず「モニターで画面を確認する」重要性でした。
これまではモニターにブルペンが映った時、「誰が肩を作っているか」と把握するだけで、放送ですぐに触れることはなく、いよいよピッチャー交代となった場面で「先程ブルペンの様子がモニターに出ていましたが、誰々が準備していました」と、様々ある情報の一つとして“自分のタイミング”でお伝えしていました。
しかし、映像主体の実況では、ブルペンに画面が切り替わったらその瞬間に「ブルペンは誰々が準備しています」と言わないと、画面と言葉が一致しないのです。
他にもベンチ内の監督をアップで抜いた画面、選手の顔をアップでとらえ、その表情を伝える画面など、切り替わったときにすぐ、その画像にあう実況ができませんでした。翌11日も実況担当だったので、前日の反省を生かそうと臨んだものの、この日の解説だった鹿島忠さんに「もっとモニター見ろよ」と指摘される始末でした。
森脇さんが言われた「自分の意思と関係なくスイッチャーが切り替える画面に合わせてしゃべる」ことがいかに難しいのかを、まさに身をもって感じたのです。
スイッチャーが決定権を握る
さらに指摘されたのは「いちいち投げた、打った、は言わなくていい。それは画面を見ていればわかる」ということ。
まず、ピッチャーがボールを投げないと始まらないラジオ実況とは真逆で、ストライク、ボールの判定も一球ごとに伝えるのではなく、ここぞという場面のみ言葉にするのがテレビ実況なのだそうです。
これは打球にも言えることで、誰が見てもアウトになることが当然の当たりであれば全く描写する必要がないのです。
球場によって違いがありますが、公式戦の場合、テレビカメラは8〜10台体制で中継を行っています。オールスターや日本シリーズでは、さらに台数が増えます。
こうした複数のテレビカメラが捉える異なった画像すべてを、中継車の中でモニターしている「スイッチャー」が「今はこの画面だ」と思うカメラの画像を選択します。つまりテレビでは、カメラマンや実況アナウンサーより、さらに冷静に画面をモニターしているスイッチャーに、ON AIR映像の決定権があるのです。
ラジオとテレビの実況がどう違うか、お分かりいただけたでしょうか。
今までラジオ実況一筋だった私が、ネットではありますがテレビ実況同様の映像付きの世界で今後どんな実況をするのか、もがき苦しむとは思いますが見守ってください。
村上和宏(むらかみ・かずひろ)
フリーアナウンサー。1967年、広島県出身。専修大学法学部卒業後、91年に東海ラジオ放送入社。制作局アナウンサーとして、主にスポーツ実況を担当。2025年の退社まで、プロ野球をメインに多くの番組制作に携わった。
デイリー新潮編集部
