image: Jared Jones/Rice University

病院に行き、処方箋をもらい、薬を飲む。そのサイクルを、体の中に丸ごと組み込んでしまおうという研究が着々と進んでいます。

アメリカのライス大学やノースウェスタン大学などの研究チームが開発したのは、親指ほどのサイズの生体電子インプラント。

「HOBIT(Hybrid Oxygenation Bioelectronics system for Implanted Therapy)」と名付けられたこの装置を皮膚の下に埋め込むと、体内で薬をつくり続ける細胞をサポートし、複数の薬剤を長期間にわたって供給できるといいます。

言わば「体内薬局」のような働きをしてくれるのです。

飲むのではなく「体の中で薬を作る」

image: Jared Jones/Rice University

まず、少し背景を整理しましょう。

私たちが飲む薬には大きく2種類あります。一つは化学合成された小分子の薬(いわゆる一般的な錠剤など)、もう一つが「バイオ医薬品(生物製剤)」と呼ばれるものです。

バイオ医薬品とは、生きた生物や人間の体内にある生体分子から作られる薬のこと。がん、関節リウマチ、乾癬などの自己免疫疾患、喘息やクローン病といった慢性疾患の治療に、アメリカのFDA(アメリカ食品医薬品局)が承認した薬がすでに存在します。

これらのバイオ医薬品は非常に効果的である反面、多くの場合では注射を用いられるなど、患者自身で投与するのが難しいという課題があります。それだけでなく、冷蔵保管が必要だったり、投与タイミングの管理が大変だったりと、患者さんの負担が大きいことも乗り越えるべきテーマでした。

そこで登場したのが「細胞を遺伝子改変して、体の中で薬を作らせる」というアプローチです。

ところが、体内に入れた細胞を生かし続けることが難題。特に皮膚の下は酸素が少なく、細胞が死んでしまいやすいというのです。今回開発された生体電子インプラントのHOBITは、その問題を解決するために設計されました。

装置の中には、酸素を供給する仕組み、細胞を収容するチャンバー、酸素生成を制御しデータを送受信する無線通信システム、そして内蔵バッテリーを一体化。これらが全長わずか4.5センチメートルの密閉型インプラントにまとめられています。すばらしくガジェット感のある仕様ですね。

完全埋め込み型で外部電源が不要というのも、重要なポイントです。

なぜ「生きた薬局」と呼べるのか

image: Jared Jones/Rice University

HOBITの優位性は、複数の薬を同時に、しかも長期間にわたってコントロールできる点にあります。

研究チームは装置内に、HIV抗体、代謝を調整するホルモン、減量薬として話題の「GLP-1」に類似したペプチドを産生するよう設計された、3種類の遺伝子改変細胞を搭載しました。

これをラットに埋め込んで実験したところ、31日間にわたって各薬の安定した産生を維持することに成功。試験終了時点で、64.6%の細胞が生存していました。これに対し、酸素発生装置のない対照デバイスでは、生存細胞はわずか19.2%にとどまったそう。3倍の生存率!

研究者たちは、将来的にはHOBITにセンサーを追加して体内のバイオマーカー(健康状態を示す指標)を検出したり、光や電気パルスで薬の産生量を制御したりする機能も組み込みたいと考えています。

「薬をいつ、どれだけ出すか」まで制御できるようになれば、まさに体内に薬局があるイメージが実現します。

まだラットでの実験段階であり、ヒトへの応用には時間がかかります。それにFDAは生きた細胞と非生物的な部品を組み合わせたハイブリッドデバイスを、これまでに承認したことがないという課題も残っています。

とはいえ、研究チームは「安全性と有効性を示すことができれば、必ず道は開ける」と前向きです。やがては数ヶ月から数年にもわたって複数の治療薬を届け続ける「多機能生体薬局」が実現できるのであれば、薬との付き合い方そのものが変わるかもしれません。

毎日決まった時間に飲む薬を忘れて焦る、なんてことがなくなるのは、治療の進み具合だけでなくメンタル面でもプラスが大きいですよね。

Source: IEEE Spectrum , Device(Cell Press) , Rice Univercity