大河原克行のNewsInsight 第442回 DX推進で地域課題を解決、北海道大学とオラクルが自治体と取り組んだ成果報告
日本オラクルと北海道大学、富良野市、石狩市は、2025年度の「DX提案実践演習:地域課題解決に向けたDX提案」プロジェクトの成果報告会を、2026年3月17日、札幌市の北海道大学理学部大講堂で開催した。

北海道大学理学部大講堂で行われた成果発表会の様子
同プロジェクトは、学生がIT企業に就職したことを想定しながら、自治体をクライアントとし、地域課題解決に向け、IT技術とデータを活用して、DX提案を行う実践型プログラムで、富良野市および石狩市が持つ実際の課題を題材とし、直接、市長への提案を行うことになる。今回で5回目となった。
また、成果発表会では、北海道大学、名寄市、登別市、パナソニックITS、ゲートが初めて実施した「DX提案実践演習:北海道都市応援プロジェクト」の取り組みについても発表が行われた。同プロシェクトは、北海道市長会が事務局となって進めている。

北海道大学総合博物館の入口。成果報告会が開催された北海道大学理学部大講堂にはここから入る。開催日はまだ雪が残っていた
北海道大学の石森浩一郎副学長は、「今年は、実装に近い発表内容が多い。大学の研究室では、ゼロから1を作れというが、実際にそれを利用するには、10ぐらいまで作らなくてはならない。今回のプロジェクトでは、学生が研究室から出て、現場の人たちと対話することで、1から10にするところを体験できたのではないだろうか。これまでの博士人材には、研究部門でがんばってほしいということが期待であったが、これからは研究室の外に出てほしいという期待に変わってきた。そのときに即戦力になるのが、1から10にする方法を知っている人材である。また、異分野融合ができるチーム形成が必要である。日本の失われた20年、30年は、博士人材の活用に課題があったともいえる。このプロジェクトは、大学としても教育効果が高い。来年度以降も続けていきたい」と述べた。

北海道大学の石森浩一郎副学長
また、北海道大学 共創教育センターの藤田修センター長は、「博士はもう少し広い活躍の場所があると考えている。研究を行い、論文を執筆する上では、いまの課題を捉え、その本質を見極めて、解決する道筋を示さなくてはならない。それを実現するためには仲間を巻き込む能力も必要である。専門性だけでなく、多様な力を備えることで、学術分野や企業の研究所だけでなく、金融分野や自治体でも活躍の場が生まれるだろう。今回のプロジェクトは、研究で培った専門性と汎用性を発揮する経験の場になる。新たな力を身につけてほしい」と語った。

北海道大学 共創教育センターの藤田修センター長
日本オラクル 公共・社会基盤営業統括 常務執行役員の本多充氏は、「今回で5年目となるが、プレゼンの品質は過去最高といえる水準である。産官学連携の取り組みは、一時的なもので終わることも多いが、このプロジェクトは年を追うごとに加速している。自治体が課題を提示し、北大大学院の学生と日本オラクルの現場の社員が、それを解決したいという気持ちが強くなっていることが続いている背景にある。日本オラクルの売上げなどへの直接的な貢献がある取り組みではないが、公共部門にとって、自治体の現場ではどんなことが課題になっているのかという点を、自治体の内部から理解するという点では大きなプラスとなっている。これからも継続していきたい」と語ったほか、「企業が欲しい人材は、自分で課題を設定して、物事を進めることができる人材である。学生たちにとっても、新たな挑戦であり、いい経験になったと思う」とした。

日本オラクル 公共・社会基盤営業統括 常務執行役員の本多充氏
「地域課題解決に向けたDX提案」プロジェクトは、日本オラクルが、2021年度に富良野市と結んだ「北海道富良野市のスマートシティ推進に関する産官学連携協定」に基づき、北海道大学大学院の学生が、自治体が持つ社会課題の解決に向けた提案を行うもので、オラクルのクラウドやAIサービスを活用し、データ分析や可視化を行い、実証実験の検討などにつなげる取り組みとして毎年実施してきた。
2023年度からは、富良野市に加えて、石狩市も参加し、対象地域を拡大。ふらのワインの試飲セットの販売や、ウェブページのリニューアル提案を行政の取り組みに反映するといった具体的な成果も出ている。
2025年度は、自治体ごとにテーマを設定し、それぞれの自治体が抱える課題に対して、学生がデータ分析や調査、プロトタイピングを通じて具体的な改善策を検討した。
日本オラクル ソーシャル・デザイン推進本部 ブランドマネージャーの鬼澤美穂氏は、「毎年10人前後の学生が参加し、複数のテーマを対象に課題解決策を提案してきた。単なるIT導入ではなく、データとデジタルを活用し、価値を創出するDXによる提案であり、社会やユーザーのニーズを起点に新たな価値や仕組みを生み出すことを狙っている。課題の背景にある構造や原因を、データや現地調査を組み合わせて捉えるプロジェクトとしているのが特徴だ。デザイン思考や仮説思考も取り入れ、データで検証し、改善するサイクルを繰り返し、施策の具体化を進めてもらった。また、DXは多様な専門性を持つメンバーとの共創が大切であり、グループワークを通じて異なる視点をかけあわせて議論を進め、実現性の高い提案へと磨き上げてもらっている。DX人材として求められる思考力、実行力を学んでもらっている」と述べた。

日本オラクル ソーシャル・デザイン推進本部 ブランドマネージャーの鬼澤美穂氏
プロジェクトは約1年間を渡って実施し、DXを学ぶところからスタート。自治体からの提案をもとに、参加する学生を追加で募集。課題の理解やテーマの具体化、ゴール設定などを行った上で、データ分析や現地視察、関係者へのインタビューなどを行い、アプリ開発やアプリの現場検証、アップデートを繰り返し、フィールドテストを実施。アクションプランとしてまとめ、最終報告会で市長にプレゼンテーションを行うという流れだ。


DX提案実習のプログラム概要と流れ
富良野市チームでは、AIを活用したオンデマンド交通「ふらのり」のサービス改善に向けて、新たなアプリケーションを試作し、ユーザーインターフェースや機能、AIの精度などの課題を踏まえた提案を行った。
富良野市チームは、計良淑子さん、藤野大陸さん、船木聖仁さん、松本大輝さんで構成。理系学生3人、文系学生1人の組み合わせだ。

富良野市チームの「ふらのり」

「ふらのり」はAIを活用したオンデマンド交通システム
「ふらのり」は、2023年11月から実証運行を開始し、2026年1月から正規運行を開始している。8人乗りの車両で富良野市内を運行。電話やインターネットによる事前予約を行うと、富良野市街地区の病院や商店、公共施設など78カ所で乗降できる。
2024年度のプロジェクトでは、「ふらのり」の利用促進をテーマに活動しており、2025年度はそれを発展する形で、富良野市からの提案によって、「ふらのり」の予約アプリの改善に取り組んだ。運転免許を持たずに、IT機器の利用に不慣れな高齢者の利用や、子供に教育機会を与えたいが、仕事と家事が忙しいという子育て世代を対象にアプリの改善を行い、お気に入り経路機能、履歴機能を搭載することで、簡単に予約ができるようにしたほか、子供が「ふらのり」に乗車すると、親のメールアドレスにそれを通知する機能を追加した。さらに、フィールドワークを通じて、使いやすいデザインへの変更、リアルタイムでの運行状況の表示機能も追加した。
富良野市総務部スマートシティ戦略室の西野成紀室長は、「これまでのアプリと大きく変わり、使ってみたいと感じた。ふらのりの利用者の85%が女性であり、高齢者や子育て世代の利用が多い。ターゲットを絞り込んだ上での課題解決となっている。この提案を参考にしながら、実装や事業化につなげたい」と評価した。

富良野市チームのプレゼンテーションの様子

富良野市総務部スマートシティ戦略室の西野成紀室長
石狩市チームでは、子育て支援における情報提供や相談体制の利便性向上を検討する「子育てチーム」と、デジタル共助基盤の構築および災害発生時の情報収集、伝達、共有プロセスの最適化を一体的に検討し、地域コミュニティのレジリエンス強化を図る「防災チーム」による取り組みか行われた。
子育てチームでは、子育て支援につながるデジタル施策を検討。岡島慶太さん、谷悠花さん、土屋友美賀さんが参加した。

石狩市子育てチーム

子育て支援につながるデジタル施策を検討
石狩市では、「ライフステージに応じた切れ目ない子育て支援」や、「子供・子育てを見守り支える地域づくり」を重要な施策に掲げているが、情報提供方法の分散、相談体制の複雑化、支援制度の理解不足という課題があるという。チームが、調査やヒアリングなどを通じて、とくに着目したのが、子育て支援に対するアクセスのしにくさであった。石狩市では、行政情報ポータル「いしポ」を運用していたり、LINE公式アカウントを通じて情報発信を行ったりしているが、情報を調べる場所がバラバラであったり、どうやって調べてたらいいかがわかりにくかったりという課題があったという。
今回のプロジェクトでは、LINEミニアプリを開発し、子育て世代にフレンドリーなUIを提供。支援制度名がわからなくても情報へのアクセスを可能にする検索機能や、LINEを通じた相談機能、公共サービスメッシュを利用した住民情報をもとに、個別の市民を対象に、ニーズのある通知たけを提供する仕組みを提案した。
石狩市総務部DX推進課の菅原太樹課長は、「課題を的確に捉えたものとなっている。利用者視点で整理されており、LINEアプリを活用するという点でも現実的である」と述べた。
防災チームでは、住民同士の助け合いと災害時の情報流通の最適化を目指した仕組みを検討。市村敏伸さん、奥粼秀俊さん、増實竜忠さんが参加した。

石狩市防災チームは「いしポ」の普及と利便性向上に向けた改善策を提案

従来の防災無線や自動架電から、迅速でリアルタイムな情報提供を実現する「いしポ」活用の仕組みを提案している
石狩市では、2025年3月から行政情報ポータル「いしポ」の運用を開始しており、チームでは、「いしポ」の普及と利便性向上に向けた改善策を提案した。
2025年7月に、カムチャツカ半島付近で発生した地震の影響により、石狩市では津波注意報が発令されたが、その際の安否確認が電話ベースであったり、独居高齢者の状況把握は職員が直接訪ねるといった対応であったりといった課題が生まれており、これを解決するために、「いしポ」に緊急モードを追加することを提案。緊急時にはアプリの初期画面に地図と避難ルートを表示。一方で行政にも起動ログと位置情報を送信し、安否確認を行うとともに、位置情報をもとに救助が必要な場合にはその指示が行えるようにする。
また、「いしポ」の普及促進のために、プラウザ版の開発を提案。地図と結びついた日常的に役立つ情報の提供なども提案した。
石狩市総務部DX推進課の菅原太樹課長は、「災害時だけでなく、日常から使用してもらう視点が盛り込まれている。高齢者が新たなアプリをインストールすることをわずらわしく感じているなど、現場の課題も整理されており、説得力があった。行政側で検討をしていく上で参考になる内容だった」と述べた。

石狩市子育てチームのメンバー

石狩市総務部DX推進課の菅原太樹課長

石狩市防災チームのメンバー
一方、「北海道都市応援プロジェクト」は、道内35市が抱える人口減少、少子化、公務人材不足などの共通課題に対して、産学官共創による実践的な解決策と新事業創出を目指しており、北海道大学や関係者とともに、2024年度に準備を行い、2025年度が第1回目のプロジェクト実施となった。まずは、名寄市と登別市をフィールドに設定し、現地調査や関係者へのインタビューなどを行い、名寄市は「閑散期における観光資源の発掘」、登別市は「近隣自治体を含めた交通・観光インフラの充実」をテーマに、北海道大学院生が施策提案を行った。
名寄市チームは、浜響子さん、榛沢日菜子さん、高木天さん、田中俊之さん、福田幸子さんがプロジェクトに参加した。名寄市には観光資源が多数あり、夏の観光としては、カヌーやフライフィッシングができる名寄川や天塩川、映画の舞台にもなったひまわり畑、国内最大級の口径望遠鏡を持つ市立天文台などを有しているものの、その魅力が伝わっていないという課題があるという。また、最寄りの空港である旭川空港まで一本で行ける交通手段がないという点も課題となっている。

名寄市チームの「北海道都市応援プロジェクト」

夏の観光発掘の施策を提案
チームでは、ビジネスモデルキャンバスの手法を用いて、事業アイデアを可視化。食、交通、滞在型観光、DX活用、サービス提供方法という5つの観点からの施策立案に取り組んだという。
名寄市内と旭川空港まで、直接移動できる交通手段を確保するとともに、名寄の自然や食を日帰りで堪能できるバス旅行を企画。しまえながなどのバードウォッチングや博物館見学、煮込みジンギスカン、大人が楽しめる泥遊び、温泉を経由するルートを走る。
バスは、朝7時過ぎに名寄駅を出発し、旭川空港を利用したいという市民や観光客を移送。旭川空港や旭川駅で、名寄を目指す観光客を乗せ、各地を巡回し、名寄駅に到着する。
ラッピングバスによる名寄市の認知度向上、観光客の消費単価の増加、ガイドなどの雇用創出などが見込め、夏季限定で稼働させても、事業開始から5年目には黒字化すると試算した。
名寄市産業振興課の池田俊一課長は、「名寄市は、インバウンド需要を含めて、冬観光は増加しているが、夏観光が課題となっている。学生のみなさんには、かなり悩んだ上で施策をまとめてもらったと感じている」と述べた。

名寄市チームを代表してプレゼンテーションを行った浜響子さん

名寄市産業振興課の池田俊一課長
登別市チームは、渡部達也さん、工藤侑也さん、岩元彩純さんが参加。公共交通の空白地域の支援と観光資源連携に向けた施策提案を行った。現地視察や観光協会、交通事業者などにヒアリングを行ったほか、公開情報の活用などにより、課題の抽出とデータ収集、施策立案を進めた。

登別市チームの提案

ヒアリングやデータ収集をもとに、公共交通の空白地域の支援と観光資源連携に向けた施策を提案している
チームでは、登別市内で高齢化率と運転免許非保有率が高い地域において外出率が低いことが課題となっている点に着目。さらに、交通に対する不安要素として、自ら運転することに関する将来の不安や、バス停までの距離が遠いこと、運賃が高いといった点での不安があがっている一方で、登別市が主体となり実施している市民向けバスツアーでは、90%以上の高い満足度があることもわかったという。
シミュレーションの結果では、バス路線の変更や増便、路線新設を行うと利便性は高まるものの、交通事業者の収益性を勘案すると現実的ではないことがわかったため、路線を変更せずに、バス利用者を増やす施策を提案。不安要素の解決を行うことで、外出を増やすためのアイデアを考案した。具体的な案が、空き家を活用して、バス停までの間にひと息つける場所をつくり、移動の快適性を高めること、新たなポイントの導入により、バス利用や買い物利用を促進することである。空き家は、地域のコミュニティスペース、移動販売拠点、介護福祉サービス拠点、荷物の受け取り拠点としても利用できるように提案した。
北海道市長会 事務局参事の京野尚氏は、「交通空白地域と温泉街、ウポポイとのアクセスに交通ニーズが見えないなかでのアイデアであり、とくに、地域課題でもある空き家の利用は面白い発想である」と語った。

登別市チーム

北海道市長会 事務局参事の京野尚氏
今回の報告会について、富良野市の北猛俊市長は、「今回で5回目を迎えたが、ここまで続くとは思わなかった。学生の発想には毎回のように驚かされる。自治体で検討すると、最小の経費で最大の効果を目指すことが前提となるが、学生はそのこだわりがないので、斬新なアイデアが出てくる。『ふらのり』は利用者数が増加しており、学生から提案してもらったものを行動に移すなかで、少しずつ市民に定着してきた。参加する自治体が増え、北海道全体のイノベーションが加速することにつながると期待している」とコメント。名寄市の加藤剛士市長は、「名寄市が設定したテーマが広く、学生たちは大変だったと思うが、実装に近いレベルにまで踏み込んでもらっている。具体的で、実現性が高い内容であった。地元にいては思いつかない発想を盛り込んでもらっている。学生ならではの発想の豊かさも感じ、大きな刺激になった」と語った。

富良野市の北猛俊市長

名寄市の加藤剛士市長
また、オンラインで参加した石狩市の加藤龍幸市長は、「過去2年は、エネルギーおよびオンデマンド交通における課題解決の提案をもらい、今年は子育ておよび防災の2つのテーマで提案をもらった。学生には、新たな挑戦をしてもらっていることに感謝する。子育て支援では、必要な人に、必要な情報を届け、必要なタイミングで支援策が届くことが大切であり、防災対策では、緊急時の機能強化だけでなく、通常時の機能強化の提案があった。新たな視点での示唆に感謝したい。出てきたアイデアは、行政がなにを用意するかという発想ではなく、市民にとって、使いやい、わかりやすい、継続して利用されるという視点であり、そこに提案の意義がある」と述べた。

オンラインで参加した石狩市の加藤龍幸市長
パナソニックITS 室蘭開発室の佐藤慎吾室長は、「優秀な学生が多くて驚いている。今回の成果を、名寄や登別だけでなく、道内、道外にも広げていけることに期待したい」と語った。

パナソニックITS 室蘭開発室の佐藤慎吾室長
また、北海道 経済部AI・DX推進局DX推進課の村田高志課長は、「解決策もすばらしかったが、ターゲットの設定、地域特性を捉えていること、複数回に渡り現地に足を運び、それを繰り返し検証するというプロセスが良かった。良い経験をしたと思う。DX推進課は、デジタル技術で地域課題を解決することに取り組んでいるが、人手が限られている。地域が自ら取り組むことができる人材の育成が必要であると考えている。その点でも、今回のプログラムは参考になる」と語った。

北海道 経済部AI・DX推進局DX推進課の村田高志課長

成果報告会で司会を務めたフリーアナウンサーで、ゲート代表取締役の国井美佐氏

同プロジェクトは、学生がIT企業に就職したことを想定しながら、自治体をクライアントとし、地域課題解決に向け、IT技術とデータを活用して、DX提案を行う実践型プログラムで、富良野市および石狩市が持つ実際の課題を題材とし、直接、市長への提案を行うことになる。今回で5回目となった。

北海道大学の石森浩一郎副学長は、「今年は、実装に近い発表内容が多い。大学の研究室では、ゼロから1を作れというが、実際にそれを利用するには、10ぐらいまで作らなくてはならない。今回のプロジェクトでは、学生が研究室から出て、現場の人たちと対話することで、1から10にするところを体験できたのではないだろうか。これまでの博士人材には、研究部門でがんばってほしいということが期待であったが、これからは研究室の外に出てほしいという期待に変わってきた。そのときに即戦力になるのが、1から10にする方法を知っている人材である。また、異分野融合ができるチーム形成が必要である。日本の失われた20年、30年は、博士人材の活用に課題があったともいえる。このプロジェクトは、大学としても教育効果が高い。来年度以降も続けていきたい」と述べた。

また、北海道大学 共創教育センターの藤田修センター長は、「博士はもう少し広い活躍の場所があると考えている。研究を行い、論文を執筆する上では、いまの課題を捉え、その本質を見極めて、解決する道筋を示さなくてはならない。それを実現するためには仲間を巻き込む能力も必要である。専門性だけでなく、多様な力を備えることで、学術分野や企業の研究所だけでなく、金融分野や自治体でも活躍の場が生まれるだろう。今回のプロジェクトは、研究で培った専門性と汎用性を発揮する経験の場になる。新たな力を身につけてほしい」と語った。

日本オラクル 公共・社会基盤営業統括 常務執行役員の本多充氏は、「今回で5年目となるが、プレゼンの品質は過去最高といえる水準である。産官学連携の取り組みは、一時的なもので終わることも多いが、このプロジェクトは年を追うごとに加速している。自治体が課題を提示し、北大大学院の学生と日本オラクルの現場の社員が、それを解決したいという気持ちが強くなっていることが続いている背景にある。日本オラクルの売上げなどへの直接的な貢献がある取り組みではないが、公共部門にとって、自治体の現場ではどんなことが課題になっているのかという点を、自治体の内部から理解するという点では大きなプラスとなっている。これからも継続していきたい」と語ったほか、「企業が欲しい人材は、自分で課題を設定して、物事を進めることができる人材である。学生たちにとっても、新たな挑戦であり、いい経験になったと思う」とした。

「地域課題解決に向けたDX提案」プロジェクトは、日本オラクルが、2021年度に富良野市と結んだ「北海道富良野市のスマートシティ推進に関する産官学連携協定」に基づき、北海道大学大学院の学生が、自治体が持つ社会課題の解決に向けた提案を行うもので、オラクルのクラウドやAIサービスを活用し、データ分析や可視化を行い、実証実験の検討などにつなげる取り組みとして毎年実施してきた。
2023年度からは、富良野市に加えて、石狩市も参加し、対象地域を拡大。ふらのワインの試飲セットの販売や、ウェブページのリニューアル提案を行政の取り組みに反映するといった具体的な成果も出ている。
2025年度は、自治体ごとにテーマを設定し、それぞれの自治体が抱える課題に対して、学生がデータ分析や調査、プロトタイピングを通じて具体的な改善策を検討した。
日本オラクル ソーシャル・デザイン推進本部 ブランドマネージャーの鬼澤美穂氏は、「毎年10人前後の学生が参加し、複数のテーマを対象に課題解決策を提案してきた。単なるIT導入ではなく、データとデジタルを活用し、価値を創出するDXによる提案であり、社会やユーザーのニーズを起点に新たな価値や仕組みを生み出すことを狙っている。課題の背景にある構造や原因を、データや現地調査を組み合わせて捉えるプロジェクトとしているのが特徴だ。デザイン思考や仮説思考も取り入れ、データで検証し、改善するサイクルを繰り返し、施策の具体化を進めてもらった。また、DXは多様な専門性を持つメンバーとの共創が大切であり、グループワークを通じて異なる視点をかけあわせて議論を進め、実現性の高い提案へと磨き上げてもらっている。DX人材として求められる思考力、実行力を学んでもらっている」と述べた。

プロジェクトは約1年間を渡って実施し、DXを学ぶところからスタート。自治体からの提案をもとに、参加する学生を追加で募集。課題の理解やテーマの具体化、ゴール設定などを行った上で、データ分析や現地視察、関係者へのインタビューなどを行い、アプリ開発やアプリの現場検証、アップデートを繰り返し、フィールドテストを実施。アクションプランとしてまとめ、最終報告会で市長にプレゼンテーションを行うという流れだ。


富良野市チームでは、AIを活用したオンデマンド交通「ふらのり」のサービス改善に向けて、新たなアプリケーションを試作し、ユーザーインターフェースや機能、AIの精度などの課題を踏まえた提案を行った。
富良野市チームは、計良淑子さん、藤野大陸さん、船木聖仁さん、松本大輝さんで構成。理系学生3人、文系学生1人の組み合わせだ。


「ふらのり」は、2023年11月から実証運行を開始し、2026年1月から正規運行を開始している。8人乗りの車両で富良野市内を運行。電話やインターネットによる事前予約を行うと、富良野市街地区の病院や商店、公共施設など78カ所で乗降できる。
2024年度のプロジェクトでは、「ふらのり」の利用促進をテーマに活動しており、2025年度はそれを発展する形で、富良野市からの提案によって、「ふらのり」の予約アプリの改善に取り組んだ。運転免許を持たずに、IT機器の利用に不慣れな高齢者の利用や、子供に教育機会を与えたいが、仕事と家事が忙しいという子育て世代を対象にアプリの改善を行い、お気に入り経路機能、履歴機能を搭載することで、簡単に予約ができるようにしたほか、子供が「ふらのり」に乗車すると、親のメールアドレスにそれを通知する機能を追加した。さらに、フィールドワークを通じて、使いやすいデザインへの変更、リアルタイムでの運行状況の表示機能も追加した。
富良野市総務部スマートシティ戦略室の西野成紀室長は、「これまでのアプリと大きく変わり、使ってみたいと感じた。ふらのりの利用者の85%が女性であり、高齢者や子育て世代の利用が多い。ターゲットを絞り込んだ上での課題解決となっている。この提案を参考にしながら、実装や事業化につなげたい」と評価した。


石狩市チームでは、子育て支援における情報提供や相談体制の利便性向上を検討する「子育てチーム」と、デジタル共助基盤の構築および災害発生時の情報収集、伝達、共有プロセスの最適化を一体的に検討し、地域コミュニティのレジリエンス強化を図る「防災チーム」による取り組みか行われた。
子育てチームでは、子育て支援につながるデジタル施策を検討。岡島慶太さん、谷悠花さん、土屋友美賀さんが参加した。


石狩市では、「ライフステージに応じた切れ目ない子育て支援」や、「子供・子育てを見守り支える地域づくり」を重要な施策に掲げているが、情報提供方法の分散、相談体制の複雑化、支援制度の理解不足という課題があるという。チームが、調査やヒアリングなどを通じて、とくに着目したのが、子育て支援に対するアクセスのしにくさであった。石狩市では、行政情報ポータル「いしポ」を運用していたり、LINE公式アカウントを通じて情報発信を行ったりしているが、情報を調べる場所がバラバラであったり、どうやって調べてたらいいかがわかりにくかったりという課題があったという。
今回のプロジェクトでは、LINEミニアプリを開発し、子育て世代にフレンドリーなUIを提供。支援制度名がわからなくても情報へのアクセスを可能にする検索機能や、LINEを通じた相談機能、公共サービスメッシュを利用した住民情報をもとに、個別の市民を対象に、ニーズのある通知たけを提供する仕組みを提案した。
石狩市総務部DX推進課の菅原太樹課長は、「課題を的確に捉えたものとなっている。利用者視点で整理されており、LINEアプリを活用するという点でも現実的である」と述べた。
防災チームでは、住民同士の助け合いと災害時の情報流通の最適化を目指した仕組みを検討。市村敏伸さん、奥粼秀俊さん、増實竜忠さんが参加した。


石狩市では、2025年3月から行政情報ポータル「いしポ」の運用を開始しており、チームでは、「いしポ」の普及と利便性向上に向けた改善策を提案した。
2025年7月に、カムチャツカ半島付近で発生した地震の影響により、石狩市では津波注意報が発令されたが、その際の安否確認が電話ベースであったり、独居高齢者の状況把握は職員が直接訪ねるといった対応であったりといった課題が生まれており、これを解決するために、「いしポ」に緊急モードを追加することを提案。緊急時にはアプリの初期画面に地図と避難ルートを表示。一方で行政にも起動ログと位置情報を送信し、安否確認を行うとともに、位置情報をもとに救助が必要な場合にはその指示が行えるようにする。
また、「いしポ」の普及促進のために、プラウザ版の開発を提案。地図と結びついた日常的に役立つ情報の提供なども提案した。
石狩市総務部DX推進課の菅原太樹課長は、「災害時だけでなく、日常から使用してもらう視点が盛り込まれている。高齢者が新たなアプリをインストールすることをわずらわしく感じているなど、現場の課題も整理されており、説得力があった。行政側で検討をしていく上で参考になる内容だった」と述べた。



一方、「北海道都市応援プロジェクト」は、道内35市が抱える人口減少、少子化、公務人材不足などの共通課題に対して、産学官共創による実践的な解決策と新事業創出を目指しており、北海道大学や関係者とともに、2024年度に準備を行い、2025年度が第1回目のプロジェクト実施となった。まずは、名寄市と登別市をフィールドに設定し、現地調査や関係者へのインタビューなどを行い、名寄市は「閑散期における観光資源の発掘」、登別市は「近隣自治体を含めた交通・観光インフラの充実」をテーマに、北海道大学院生が施策提案を行った。
名寄市チームは、浜響子さん、榛沢日菜子さん、高木天さん、田中俊之さん、福田幸子さんがプロジェクトに参加した。名寄市には観光資源が多数あり、夏の観光としては、カヌーやフライフィッシングができる名寄川や天塩川、映画の舞台にもなったひまわり畑、国内最大級の口径望遠鏡を持つ市立天文台などを有しているものの、その魅力が伝わっていないという課題があるという。また、最寄りの空港である旭川空港まで一本で行ける交通手段がないという点も課題となっている。


チームでは、ビジネスモデルキャンバスの手法を用いて、事業アイデアを可視化。食、交通、滞在型観光、DX活用、サービス提供方法という5つの観点からの施策立案に取り組んだという。
名寄市内と旭川空港まで、直接移動できる交通手段を確保するとともに、名寄の自然や食を日帰りで堪能できるバス旅行を企画。しまえながなどのバードウォッチングや博物館見学、煮込みジンギスカン、大人が楽しめる泥遊び、温泉を経由するルートを走る。
バスは、朝7時過ぎに名寄駅を出発し、旭川空港を利用したいという市民や観光客を移送。旭川空港や旭川駅で、名寄を目指す観光客を乗せ、各地を巡回し、名寄駅に到着する。
ラッピングバスによる名寄市の認知度向上、観光客の消費単価の増加、ガイドなどの雇用創出などが見込め、夏季限定で稼働させても、事業開始から5年目には黒字化すると試算した。
名寄市産業振興課の池田俊一課長は、「名寄市は、インバウンド需要を含めて、冬観光は増加しているが、夏観光が課題となっている。学生のみなさんには、かなり悩んだ上で施策をまとめてもらったと感じている」と述べた。


登別市チームは、渡部達也さん、工藤侑也さん、岩元彩純さんが参加。公共交通の空白地域の支援と観光資源連携に向けた施策提案を行った。現地視察や観光協会、交通事業者などにヒアリングを行ったほか、公開情報の活用などにより、課題の抽出とデータ収集、施策立案を進めた。


チームでは、登別市内で高齢化率と運転免許非保有率が高い地域において外出率が低いことが課題となっている点に着目。さらに、交通に対する不安要素として、自ら運転することに関する将来の不安や、バス停までの距離が遠いこと、運賃が高いといった点での不安があがっている一方で、登別市が主体となり実施している市民向けバスツアーでは、90%以上の高い満足度があることもわかったという。
シミュレーションの結果では、バス路線の変更や増便、路線新設を行うと利便性は高まるものの、交通事業者の収益性を勘案すると現実的ではないことがわかったため、路線を変更せずに、バス利用者を増やす施策を提案。不安要素の解決を行うことで、外出を増やすためのアイデアを考案した。具体的な案が、空き家を活用して、バス停までの間にひと息つける場所をつくり、移動の快適性を高めること、新たなポイントの導入により、バス利用や買い物利用を促進することである。空き家は、地域のコミュニティスペース、移動販売拠点、介護福祉サービス拠点、荷物の受け取り拠点としても利用できるように提案した。
北海道市長会 事務局参事の京野尚氏は、「交通空白地域と温泉街、ウポポイとのアクセスに交通ニーズが見えないなかでのアイデアであり、とくに、地域課題でもある空き家の利用は面白い発想である」と語った。


今回の報告会について、富良野市の北猛俊市長は、「今回で5回目を迎えたが、ここまで続くとは思わなかった。学生の発想には毎回のように驚かされる。自治体で検討すると、最小の経費で最大の効果を目指すことが前提となるが、学生はそのこだわりがないので、斬新なアイデアが出てくる。『ふらのり』は利用者数が増加しており、学生から提案してもらったものを行動に移すなかで、少しずつ市民に定着してきた。参加する自治体が増え、北海道全体のイノベーションが加速することにつながると期待している」とコメント。名寄市の加藤剛士市長は、「名寄市が設定したテーマが広く、学生たちは大変だったと思うが、実装に近いレベルにまで踏み込んでもらっている。具体的で、実現性が高い内容であった。地元にいては思いつかない発想を盛り込んでもらっている。学生ならではの発想の豊かさも感じ、大きな刺激になった」と語った。


また、オンラインで参加した石狩市の加藤龍幸市長は、「過去2年は、エネルギーおよびオンデマンド交通における課題解決の提案をもらい、今年は子育ておよび防災の2つのテーマで提案をもらった。学生には、新たな挑戦をしてもらっていることに感謝する。子育て支援では、必要な人に、必要な情報を届け、必要なタイミングで支援策が届くことが大切であり、防災対策では、緊急時の機能強化だけでなく、通常時の機能強化の提案があった。新たな視点での示唆に感謝したい。出てきたアイデアは、行政がなにを用意するかという発想ではなく、市民にとって、使いやい、わかりやすい、継続して利用されるという視点であり、そこに提案の意義がある」と述べた。

パナソニックITS 室蘭開発室の佐藤慎吾室長は、「優秀な学生が多くて驚いている。今回の成果を、名寄や登別だけでなく、道内、道外にも広げていけることに期待したい」と語った。

また、北海道 経済部AI・DX推進局DX推進課の村田高志課長は、「解決策もすばらしかったが、ターゲットの設定、地域特性を捉えていること、複数回に渡り現地に足を運び、それを繰り返し検証するというプロセスが良かった。良い経験をしたと思う。DX推進課は、デジタル技術で地域課題を解決することに取り組んでいるが、人手が限られている。地域が自ら取り組むことができる人材の育成が必要であると考えている。その点でも、今回のプログラムは参考になる」と語った。


