食品ロスをテーマに東海林さんが描いたイラスト

「タンマ君」や「丸かじり」シリーズを通じ、庶民の日常と食の喜びをユーモラスに描き続けた東海林さだおさんが4月5日、88歳で旅立たれました。2024年末、GLOBE+の食品ロス特集に登場いただいた東海林さんは、「究極のごちそうは白いご飯と塩辛」と語っていました。戦中戦後の飢えを知るからこそ、目の前の一皿を慈しみ、面白がった稀代の観察者。その最晩年の言葉を、追悼の意を込めて再掲載します。

ラーメンライスを今世紀最大の発明と認定し、仰向けで食べるアイスモナカを梅雨の風物詩として推奨。ジャムパンのジャムの少なさを嘆き、パンを切開して高級ジャムを詰め込む――。食べ物をめぐって生じる悲喜こもごも、いじましい庶民の姿をユーモラスに描き続けてきたショージ君こと、東海林さだおさん(当時87)。食エッセーの大家は、食べ残しをするのか、たどり着いた究極のごちそうとは。(聞き手=中川竜児)

この記事は、2024年12月18日にGLOBE+で配信した食品ロス特集の記事を再構成してお届けしています。東海林さだおさんの訃報を伝える朝日新聞デジタルの記事はこちらから

東海林さだおさん死去、88歳 「タンマ君」「丸かじり」シリーズ

インタビューに応じる東海林さだおさん=2024年9月26日、東京都杉並区、丹内敦子撮影

――小さな頃の食べ物にまつわる思い出を教えてください。

終戦の時、小学2年生でした。疎開していたんですが、食べ物がなくて、すいとんとか、サツマイモばっかりで、コメのご飯はほとんど食べたことがなかった。いつもおなかをすかしていましたね。だから、子どもの頃に何かを食べて「おいしい」という記憶はないです。お砂糖を手のひらにちょっと載せて、なめていたのを覚えています。私たちはそういう話が通じる、最後の世代なんでしょうね。

終戦後は栃木にいましたけど、魚屋さんは村に一軒もなかった。年に何回か、車で売りに来る業者から塩ジャケを買ってたかな。刺し身を初めて食べたのは、大学生になってから。肉もカレーの中に入っている細切れ肉しか知らないから、塊の肉なんて見たことなかった。食べ物が余る、ということがなかったですね。

――長く食のエッセーを書いています。

「あれも食いたい これも食いたい」(1987年から2023年まで続いた週刊朝日の連載)は、「何でもいいからエッセーを見開きでお願いしたい」と言われて始めたんです。週1回だとすぐ締め切りがきちゃうから、「食べ物が一番良いんじゃないか」と。食べること自体はもちろん好きだったけど、これなら書きやすいだろう、という職業意識が理由でした。

インタビューに応じる東海林さだおさん=2024年9月26日、東京都杉並区、丹内敦子撮影

雑誌の連載って、2、3年で終わるものが多いから、何十年も続くなんて全然思わなくて。同じ食べ物でも何回もやることになっちゃうんだけど、角度を変えるとまた書けるんです。僕のファンクラブというのがあって、その中の人で、僕の書いたもの全部読んで記憶してくれている人がいるんですね。過去に書いたものと重ならないように、その人に聞いて、書き出してもらって。ああ、これは書いているのか、じゃあこうしよう、と。それでも似通った内容になっちゃうこともあるんですけど。

みんなが知っている食べ物を取り上げるのが基本の考え方。高級なものはあまり取り上げない。みんなが食べていないものは共感が得られないでしょう。

――食べ物を残すことはありますか。

よくホテルの朝食でバイキングってありますね。たくさん食べ物を取ってきて結局残しちゃう人がいるでしょう。「ああ、みっともないなあ」といつも思います。欲張っていっぱい取りたい気持ちは分かるけど、それで残すとやっぱり「みっともない」「意地汚い」と思う。自分ではしないよう気をつけてます。

コンビニやスーパーの見切り品や訳あり品も好きです。お得感があるし、ちょっと古いとか、気にする必要は全くない。陳列品も前から取ります。というか、そういうことはほとんど気にしない。自然にそうしている。きれいであってもそうでなくても、多少日が経っていても、中身は同じ。コンビニのお総菜なんか、今は細かく1人分とかになっているから、まず余らせるということはないです。

でも、今は、みんな平気で残しますね。どうすれば良いのかな。お百姓さんの苦労を知ってもらうといっても、通じないかも知れない時代になっているし、難しいな。教育を続けるしかないのかな。食べられていない人が世界にまだいっぱいいますよって、伝え続けないといけないんでしょうね。

――今の食生活はどうですか。

少し前、体調を崩して入院していたんですが、病院の食事って塩分がないんです。塩気がないと、白いご飯でもこんなにまずいのか、と分かります。それも3食。あれはつらかった。見た目はおいしそうなんだけどね。塩辛かつくだ煮、しょっぱい物があればなあ、とずーっと思っていました。

僕はもともと、ごちそうを食べたいという風にはあまり思わない人間なんです。若い頃、30〜40代の頃かな、ステーキが食べたいなあとか思ってた時があったけど、その時期だけですね。究極的には白いご飯とイカの塩辛とか納豆があれば十分。ご飯としょっぱい物ね。あ、ご飯はブランド米じゃなくても良い。パックのものをレンジでチンすれば、十分おいしいから。

――お酒はどうですか。ショージ君と言えば、「ビールに串カツ」では?

今回入院してからは飲んでません。医者から駄目と言われていますから。全く飲まないのは初めてだと思います。今はノンアルコールビール。海外の、一回ちゃんとビールをつくってからアルコールを抜くやつ。あれはおいしい。

串カツか。駅前のお店で食べたり、コンビニで買ってきたり、色んなところで食べましたね。串カツは好きだったな。うん、食べたいな。うん、本当のビールも早く飲みたいな。

東海林さだお(しょうじ・さだお)漫画家・エッセイスト

1937年生まれ。「丸かじり」シリーズをはじめ、「偉いぞ! 立ち食いそば」「ガン入院オロオロ日記」など著書多数。週刊朝日の連載は朝日新聞の週末別刷りbeに舞台を移し、「まだまだ! あれも食いたい これも食いたい」として続行中。漫画とエッセー両分野での長年の仕事に対し、菊池寛賞や紫綬褒章を受けている。2026年4月5日死去。