バブル崩壊で転落した「年収1,600万円」元エリート。58歳で「住宅ローン返済延長」を決断して退職金を温存…〈まさかの大逆転〉へ【FPが解説】
住宅ローンは早期返済が正解とされがちでしょう。しかし、繰り上げ返済によって手元資金が減ると、思わぬチャンスや不測の事態に対応できなくなる可能性があります。重要なのは「家計の流動性」をどう確保するかという視点です。あえて返済を急がず資金を残すことで、将来の選択肢を広げることもできます。本記事では、FPの大泉稔氏が住宅ローンと資産管理の向き合い方について解説します。
月給36万円・40歳サラリーマンが背負った「4,000万円の住宅ローン」
Aさん(60代・男性)は高校卒業後、自動車関連の会社に就職しました。当時はまさにバブルの絶頂期で、最高年収は完全出来高制で1,600万円。
しかし、Aさんが管理職になったころから、いわゆる平成の「失われた30年」が始まりました。会社の業績はみるみる低迷し、月給はずっと36万円のまま。ボーナスの額も不安定で、退職金の予定額も年々下がり続けていました。
そして、2000年代半ば、40歳になったAさんは住宅ローンを組み、夢の戸建てを購入しました。借入額は4,000万円。条件は変動金利0.8%、返済期間30年間(70歳で完済)、元利均等、毎月返済額12万5,014円、ボーナス払いはなしというものでした。
同い年の妻と共働きだったため、当時は無理のない家計でしたが、老後に備えて十分な貯蓄を準備できるほどの余裕はありませんでした。
定年目前の58歳、ローン完済を“80歳”へ後ろ倒しに
Aさんの会社は60歳で定年ですが、住宅ローンの完済予定は70歳です。「このままでは老後破産してしまうのでは……」と、定年が近づくにつれて焦るように。
そこで定年になる2年前の58歳(216ヵ月目)になったとき、Aさんはある決断をします。それは、目前に迫った退職金をローン返済で失わないよう、住宅ローンの「借り換え」をして、支払いを延長することでした。
借入額は1,720万円です。条件は、固定金利2.25%、返済期間22年間(80歳で完済)、元利均等、毎月返済額約8.3万円、ボーナス払いなしという内容でした。
退職金での繰上げ返済どころか、完済の年齢を10歳後ろ倒しにしたことで手元の現金には余裕ができたものの、定年退職後の年金生活で住宅ローンの返済が20年も続きます。しかしその代わり、まとまった現金をそのまま手元に残せる態勢が整いました。
そして60歳のとき、Aさんは定年退職を迎えました。勤続42年で退職金950万円を受け取りましたが、事前の計画通り、住宅ローンの繰上げ返済はあえてしていません。
さらに再雇用にも応じず、年金の繰上げ受給も行わず、雇用保険(いわゆる失業保険)の基本手当を受け取りながら、再就職を検討することになりました。
妻「本当に大丈夫なの?」退職金950万円を残して起業…成功を掴む〈まさかの結果〉
そんな矢先、高校時代の同級生と偶然再会し、「起業に加わらないか」と誘われました。Aさんは、退職金の一部(400万円)を資金に充て、同級生たちに参画。
妻から「本当に大丈夫なの?」と心配されましたが、住宅ローンの返済を後ろ倒しにして手元に現金を残せたからこそ、踏み出すことができました。
結果として起業は成功。現在の月給は約150万円になり、今では年金の繰下げ受給を検討するほど、生活に余裕が生まれました。
【FPが解説】「退職金でローン完済」は後悔の元?人生の選択肢を広げる「家計の流動性」
Aさんのケースには、老後資金を考えるうえで重要な2つのポイントがあります。
一つは「団信(団体信用生命保険)の活用」です。完済時の年齢をなるべく「後ろ倒し」にするほうが、団信の有効性が高まるという考え方です。
もう一つは「家計の流動性」で、これが最も大切です。物価は上昇中で、円安が進行している現在、時間と共に円の価値はどんどん下がっていくリスクがあります。
しかし、私たちの暮らしの基本となるお金は、やはり円です。不測かつ突発的な事態が発生したとき、手元にある現金が最も役に立ちます。そして、不測かつ突発的な事態とは、なにも事故や事件、病気やケガ等のネガティブな出来事とは限りません。
Aさんのように、起業に誘われるかもしれませんし、世界一周旅行のチャンスが巡ってくるかもしれません。あるいは、お子さんが私立の医学部や芸術学部に合格するかもしれません。
手元に現金があればこそ、チャンスが活き、選択の幅が広がることだってあるのです。ここでいう現金とは、Aさんの退職金のような、まとまったお金だけではありません。
日々の家計のなかで、少しずつでもお金を貯めておき、不測の事態に備える。それが「家計の流動性」を保つということなのです。
誰もが「退職金で住宅ローンの繰り上げ返済を」と考えがちですが、それは必ずしも正解とは言えません。せっかくの団信のメリットを活かせなくなるだけでなく、「家計の流動性」を失うことにもつながるからです。
手元に現金を残すことで、老後の人生の選択肢が広がり、思いがけないチャンスを掴むことができるのです。
大泉 稔
ファイナンシャルプランナー
