“鉄くず”の闘志、最後まで フィル・ガーナーさん死去 76歳 野茂英雄の復活を支えた名将
元オールスター3度選出で、長年にわたり監督としても活躍したフィル・ガーナーさんが11日、76歳で亡くなった。膵臓がんとの闘病中だった。
1973年にオークランド・アスレチックスでメジャーデビュー。16年間の現役生活で5球団を渡り歩き、1975年には正二塁手に定着、1976年には初のオールスターに選出された。同年オフには9選手が絡む大型トレードでパイレーツへ移籍。1979年には打率.293、11本塁打、17盗塁を記録し、ワールドシリーズ制覇を果たしたチームの中心選手として輝いた。泥くさく粘り強いプレースタイルから、「Scrap Iron(鉄くず)」の愛称で親しまれた。
率直でタフ、それでいて公正な姿勢は引退後も変わらず、監督としても手腕を発揮。3球団で計15シーズン指揮を執った。日本のメジャーファンにとって印象深いのが、野茂英雄復活を支えた手腕だ。野茂は1998年に6勝12敗、防御率4.92と低迷し、1999年春のキャンプ中にメッツを解雇された。開幕後にブルワーズと契約すると、ガーナー監督はその才能を高く評価し、先発の柱として起用。野茂は12勝8敗と復活を果たした。
翌2000年、ガーナーはタイガース監督に就任。再びFAとなった野茂もこれに呼応する形でタイガースと契約し、32試合で190イニングを投げた。この2年間を経て野茂は完全復調。2001年にはレッドソックスでノーヒットノーランを達成し、ア・リーグ奪三振王にも輝いた。さらに2002年にはドジャースに復帰し、2年間で32勝を挙げるなど、メジャーで“第二のピーク”を築いた。
選手としても、指導者としてもガーナーさんはその不屈の精神で、多くの選手とファンの記憶に刻まれている。
