数多くの女性誌や書籍の執筆を手がける、ライターの一田憲子さん(60代)。歳を重ねるなかで気がついた、人生の後半を楽しむヒントを紹介します。今回は、夫婦ふたり暮らしの一田さんの食事内容の変化や、朝食・昼食をルーティン化している理由などについてです。

※ この記事は『最後の答えは、きっと暮らしの中にある。』(内外出版社刊)に掲載された内容を一部抜粋・再編集して作成しています

【写真】夫婦ふたり暮らしの60代がストックしている食材

魚料理を克服すれば、自宅飯がちょっと豊かになる

若い頃は魚より肉料理のほうが好きでした。家での晩ごはんで登場回数が多いのは、豚肉のショウガ焼き、チキンの照り焼き、ハンバーグ、海南チキンライスなど…。ところが、50代後半から、そんながっつり肉料理が少し重たく感じられるようになりました。

とはいっても、魚料理は焼き魚ぐらいしか思いつかず、レパートリーが少ない…。さらに魚の塩焼きだけだと、もう少しボリューミーな副菜が必要になります。肉ジャガや大根の煮物などの大きなおかずと、酢の物、冷や奴といった小さなおかずを組み合わせた献立は、意外に手間がかかります。

そんなとき、取材で訪ねたお宅でおいしい魚のランチをごちそうになりました。神奈川県三浦半島で暮らす、私より少し年上のその女性は、サバが大好きなのだとか。サバの一夜干しをストックしておき、フライパンで簡単にソテーして食べるそう。大きなプレートにキャロットラペ、キャベツのコールスローなど、野菜のおかずを盛りつけて、最後にソテーしたサバをドンとのせるだけ。そのおいしかったこと! ワンプレートでも十分満足できます。

またあるときカフェのランチで出てきたのが、カツオのソテーでした。外をこんがり焼いてあり、中はレア。私はカツオのたたきというのがあまり得意ではなかったのですが、これは絶品! さっそくスーパーでカツオのたたきのサクが500円ほどの特売になっていたのでゲットして、家でも真似してつくってみました。厚めにカットして、熱々に熱したフライパンで表面を焼きます。ルッコラや紫タマネギなど、たっぷりの野菜の横に、カツオのソテーを添え、ポン酢にゴマ油を少し垂らしたタレにつけていただきます。これも、わが家の定番になりました。和風の魚料理とは、ひと味違う「フライパンでソテー」というおいしさを知りました。

料理研究家の上田淳子さんは、遠く離れて暮らす義母が入院したとき、義父のために東京から冷凍したおかずを定期的に送っていらっしゃいました。その経験を1冊の本にしたのが『冷凍お届けごはん』です。私もそんなときがくるかもしれない、と購入したのですが、その中で紹介されていたのが、クッキングシートで包んでレンジでチンするという魚料理でした。たとえば…。タイなどの白身魚の上に、タマネギの薄切りとミニトマトをのせて、バターとしょうゆを少々。これをチンするだけでごちそうに。

また、料理研究家の土井善晴さんのレシピでは、フライパンにアルミホイルを敷き、タラをのせて、上からワケギをたっぷり。これを蒸し焼きにすると、ワケギの甘い風味がプラスされておいしいのなんの! こうやってトライしていくうちにわかってきたのは、魚料理は「焼く、蒸す、レンチンする」など、加熱の仕方を変えることで変化がつくということです。気がつけば、一週間のうちに4日は魚料理をつくるようになっていました。

でも、こんなふうに手をかけるのが面倒な日もあります。そんなときには「焼いただけ」がやっぱりラクチン。東京では、生の魚はなかなかおいしいものが手に入らないし、もしあったとしてもとても高価。そこでわが家では、リーズナブルな干物やみそ漬けをストックします。あちこちで買って試した結果、吉祥寺のちょっといいスーパー「三浦屋」で、大ぶりのアジの開き、分厚い身の鮭の西京漬け、一夜干しの寒サバという絶対においしいというベスト3をチョイス。これをいつも冷凍ストック。帰りが遅くなる日にも、これさえあれば、あとは冷や奴やもずく酢など、「盛るだけ」のおかずでなんとかなります。

さっぱり食べられて、「う〜ん、うまい!」と満足する。そんな魚料理を味方につければ、人生後半の自宅飯がちょっと豊かになる気がします。

「わかる」「わからない」のスイッチをきり替える

朝は白がゆの上に梅干しをひとつのせて、味つけ卵を添えて。これにキウイとオレンジをプラス。昼は野菜スープやラタトゥイユとバタートースト、ドライフルーツを入れた豆乳ヨーグルトを。夕飯以外の食事は、ほぼ毎回同じものと決めています。

夫には「よく飽きないね」と言われますが、お米からコトコト炊いたおかゆも、横浜の「オンザディッシュ」から取り寄せた「コットン」という名前の食パンも、自分で豆乳からつくったヨーグルトもどれも大好き! 「絶対おいしい」と確信しているから、「そこそこおいしい」ものをあれこれ変えて食べるより、ずっと満足するのです。

なにより「これ」と決めておけば「今日はなにをつくろうかなあ?」と考えなくていいのでラクチン。煮卵は、半熟のゆで卵を麺つゆに漬けたものを3個ずつストック。ラタトゥイユも多めにつくっておけば3〜4日間はもちます。買い物先も決めておきます。梅干しは近所のスーパー「三浦屋」のお徳用大容量パックを。ドライフルーツは、プルーンやナツメは「コープ」で。パイナップルスティックは「紀ノ国屋」で。

料理研究家ウー・ウェンさんの著書に『10品を繰り返しつくりましょう』という1冊があります。仕事をしながらふたりの子どもを育てたウーさんが、日常でつくってきた代表的な10品を丁寧なつくり方とともに紹介したエッセイ風料理本です。この中でウーさんが書かれていた言葉になるほど〜と納得しました。

「苦手とか嫌いという気持ちが起きるのは、たぶん『わからない』からだと思います。(中略)10品を、とにかく繰り返しつくってみてください。繰り返しつくって、レシピを見ないでもつくれるようになったらしめたもの。料理の基本や勘どころが身についたということです。(中略)10品をつくれるようになれば、100品だってつくれるのです」

掃除や洗濯、料理など、日々必ず繰り返さなくてはいけない営みは、体にしみ込ませるように一度理解してしまえば、「考える」というプロセスを省くことができます。私の朝食や昼食も、「考えない」ためのルーティン。毎回同じものがすっと食卓に並ぶ。そんな手順が暮らしの中にインプットされていれば、そこに使うエネルギーを温存し、もっと大切ななにかに使うことができます。

他方で、「わからない」は自分の中から新たな可能性を引き出すキーワードだなあと思います。私は文章を書くとき、結論がどうなるか決めないまま書き始めます。思うまま書いては、やっぱり違うと消し…。そんな作業をくり返す中で「あっ、そうか! この経験は、こういう意味だったんだ」と、ハッとわかる瞬間が訪れます。なんとなくもやもやと心にあった思いが、言語化されるとストンと腹に落ちます。

日常生活でも「わからない」は有効。たとえば掃除がどうしても長続きしない、となれば、どうしたら「こんな私でも続くのか?」と考えます。そうして「これなら続けられる方法」を見つけ出す。「自分が続けられる掃除方法を探す」という時間は、自分自身を「わかっていく」プロセスでもあります。 

俳優の熊谷真実さんが雑誌のインタビューでこんなふうに語っていらっしゃいました。「心って悩むためではなく、決めるためにある。悩むのは頭だけ」。自分の心が本当に望むものってなに? と問いかけ、あれこれ頭で考えすぎずに、心が決めるままに動く。そんなふうに行動と心が直線で結ばれたら、本当になりたい自分になれるのかも…。

「わかる」「わからない」のスイッチを上手にきり替えて、本当に大切なことのために、自分自身を使えるようになりたいと思います。