女子プロレスラーと「短歌」。対談:穂村 弘さん×ハイパーミサヲさん【短歌の話は長くなる】
歌人・穂村弘さんによる「NHK短歌」テキストの人気連載の書籍化第2弾として、『短歌の話は長くなる』が刊行されました。
穂村さんがゲストに迎えるのは、女子プロレスラー、俳優、作家、お笑い芸人、漫画家、映画監督など、各界で活躍する短歌好き、そして同時代を生きる歌人たちです。
合計70時間超の濃密でスリリングな短歌談義。そこから浮かび上がる、短歌の魔力、ことばの引力──。
今回は本書より、プロレスラー・ハイパーミサヲさんと穂村さんの対談の一部を公開いたします。
書影
穂村弘×ハイパーミサヲ(女子プロレスラー)
正義の味方として、強く美しくリングに立つ彼女のもう一つの顔は、「冬野きりん」。かつて数々の短歌を穂村さんに投稿し、その鋭敏な感性が注目を集めた、当時十八歳の少女でした。
ハイパーミサヲ(はいぱー・みさを)
女子プロレスラー。青山学院大学を卒業後、DDTの“路上プロレス”にたまたま居合わせて観戦したことでプロレスに興味を持ち、東京女子プロレスに入門。二〇十五年二月に新宿大会でデビュー。デビュー時から覆面を身につけ、愛と正義を守るヒーローをマイクでアピール。しかし、言葉と裏腹にリング上では姑息でユニークな反則を繰り広げるという今までの女子プロレス界になかったキャラクターで人気を集めている。
「憧れの人」へのファンレター
穂村 ハイパーミサヲさんは現在、女子プロレスラーとしてご活躍で
すが、かつて「冬野きりん」という筆名で、僕が雑誌「ダ・ヴィンチ」(KADOKAWA)で長年続けている連載「短歌ください」にすばらしい歌を投稿してくれていました。最近、SNSのミサヲさんのアカウントで、ご自身が投稿歌人「冬野きりん」だったことを明かして、話題になりましたね。
ハイパーミサヲ(以下、ミサヲ) はい。当時十八歳だった私は、穂村先生の熱狂的なオタクで、「冬野きりん」という名前で、ファンレターみたいにしょっちゅう短歌を送りつけていました。
穂村 短歌との出会いはいつですか?
ミサヲ それが、短歌との出会い=穂村さんとの出会い、だったんです。大学入学で上京した年の五月、学校の説明会をサボって書店をうろうろしていた時、穂村さんの『求愛瞳孔反射』(新潮社、後に河出文庫)をたまたま手に取りました。本の一番最初に収められた「あした世界が終わる日に」を読んで、「あ、これは買わなきゃならない本だ」と思って。そのまま家に帰って、夢中で読みました。それから、作者の穂村さんは詩もエッセイも童話も書いているけど、本業は歌人であることを知り、短歌にも興味を持つようになりました。
穂村 歌を作るようになったきっかけは?
ミサヲ 以来、穂村さんの本をひたすら読む日々が続くのですが、その過程で「短歌ください」のことを知り、「ここに送れば、直接穂村さんに読んでもらえるんだ」ということに気づいたんです。この人なら、自分が感じている世界に対する違和感みたいなものを理解してくれるんじゃないか──そんな勝手な妄想をしていました。で、自分のことを知ってもらうには、とにかく短歌を作らなきゃいけない、と。ちょっと怖いこと言ってますけど(苦笑)、若さゆえの暴走として、この頃の思い込みの激しさは許してください。つまり最初は、憧れの人と関わるためのツールみたいなものとして短歌を考えていました。
現実逃避のための短歌
穂村 青山学院大学のご出身でしたよね。何学科だったんですか?
ミサヲ 文学部の日本文学科でした。でも、その頃の私は全然短歌のことを知らなくて、三、四年生のときに、歌人の日置俊次(ひおき・しゅんじ)先生の短歌のゼミがあることを知り、そこから勉強するようになりました。つまり投稿するために実作をしたのが先で、学問的に学んだのはその後なんです。
穂村 実際に歌を作ってみて、どうでした?
ミサヲ 何の知識もなかったので、やはり難しかったです。最初の頃に作った歌を見返すと、変なスペースとかがたくさん入っているんですよね。でも、投稿して取り上げられると、穂村さんから講評をいただけるじゃないですか。それを読んで「あ、このスペースはない方がいいんだ」みたいなことを、いわば実地で学んでいきました。
穂村 一番最初に書いた歌って覚えてます?
ミサヲ 最初の一首が何だったか、はっきりとは覚えていなんですけど、(手元にあるノートを見ながら)〈見つめてる 赤の他人の虫刺され ばってんつけたい 愛が欲しい〉は最初期の作品だったと思います。やたらと変なスペースが入っている歌なので、たぶんこれじゃないかなと。
穂村 このノート(写真)すごいね、びっちりと短歌が書き込まれている。しかも、ちゃんと時系列になっていて、何歳の時に作った歌なのかが分かるようになっているんですね。当時は、どんなふうに作歌していたんですか?
ミサヲ 通学時間がすごく長かったので、電車の中で作っていました。さっきの虫刺されの歌も、電車の中で本当に蚊に刺されている人がいて、それを見ながら詠んだんですよね。自分で言うのも何ですが、当時は本当に繊細だったので、呼吸するだけで傷ついているような感じでした。なので通学も学校生活も辛くて、そんな現実を紛らわすためにも歌はすごく大事な存在でした。
痛みを短歌に託す
穂村 ご自身の自己評価のように、確かに冬野きりん=ミサヲさんの歌からは、傷つきやすさと強く思いつめたような心がすごく伝わってきました。そもそも短歌って、どちらかというと思い込みの強い人がやる表現だと思うんだけど、特に連載をまとめた最初の本『短歌ください』(メディアファクトリー、後に角川文庫)の帯に引かせてもらったミサヲさんの歌は、それが鮮烈に作品化されていました。
ミサヲ 〈ペガサスは私にはきっと優しくてあなたのことは殺してくれる〉ですね。
穂村 この歌は、筭本邦雄(つかもとくにお)の代表歌である〈馬を洗はば馬のたましひ冱ゆるまで人戀はば人あやむるこころ〉(『感幻樂』白玉書房)の、無意識の本歌取りみたいになっているんですよね。筭本さんの馬に対して、ミサヲさんはペガサス。そして、愛と殺意が一体化するところにも通ずるものがある。でも、ミサヲさんの歌からは「この人はまだ短歌を始めてまだ間がないんだろうな」という初々しさも感じられたから、狙ったわけではないことは分かりました。ナチュラルに、思いの力と勢いだけでその境地に言葉が到達してしまっていることに、すごく驚かされました。連載を象徴する歌を帯に一首引くことになった時、迷いなくこれを選びました。
ミサヲ 本当に嬉しかったです。ありがとうございました。
穂村 作中の「私」は、「あなた」を単純に憎んではいない。むしろ愛しすぎているがゆえの殺意なんです。ふつう、誰かを殺したいと思った時、体力や権力や財力があればなんとかなります。自分でやったり、子分にやらせたり、人を雇ったりして。でも、全くの無力だったら、どうしたらいいのか? 当時十八歳の少女は、ただ祈るしかなかった。そして「ペガサス」ならきっと「あなた」を美しく殺してくれるだろう、と。短歌には、そうした一種の祈りのような側面があると思う。他に投稿してくれた歌に〈こんにちは私の名前は嚙ませ犬 愛読書の名は『空気』です〉(『短歌ください』)というのがあるけど、ここにも深い無力感が滲んでいる。愛読書が「空気」。「空気」を読む、すなわち「私は人の顔色や様子を窺ってばかりいるんです」と言ってしまうのも、さらに自分を「嚙ませ犬」と呼んじゃう自虐性もすごい。
ミサヲ これも十八歳の時の歌ですね。この頃は、思い込みレベルの最大値を百とすると、百二十くらい行ってしまっていたので……(苦笑)。繊細すぎて、もう心の痛みが身体に現れてしまうような状態でした。でも、「うわーっ、痛い!」となった時に、その痛みを短歌に託すことで、ちょっと心身が軽くなったんですよね。だから、必然的にそういう歌が多くなっていったんだと思います。
この続きは『短歌の話は長くなる』でお楽しみください。本書では、傷つきやすさ全開の歌を作っていたハイパーミサヲさんが女子プロレスの道に入っていったきっかけや、短歌とプロレスの共通点、影響を受けた作品、今後の活動についても語られています。
【本書のゲスト一覧】
ハイパーミサヲ(女子プロレスラー)
美村里江(俳優・エッセイスト)
カン・ハンナ(タレント・歌人)
石山蓮華(電線愛好家・文筆家・俳優)
高橋源一郎(作家)
枡野浩一(歌人・お笑い芸人)
馬場あき子(歌人)
永井玲衣(哲学者・作家)
堀本裕樹(俳人)
木村綾子(「コトゴトブックス」店主)
日比野コレコ(作家)
松田梨子・わこ(歌人姉妹)
pha(作家)
佐藤文香(俳人)
鈴木ジェロニモ(お笑い芸人)
ニコ・ニコルソン(漫画家)
杉田協士(映画監督)
渡辺祐真(書評家)
平野紗季子(フードエッセイスト・フードディレクター)
東 直子(歌人)
穂村 弘(ほむら・ひろし)
歌人。一九六二年、北海道生まれ。九〇年、歌集『シンジケート』(沖積舎)でデビュー。その後、短歌を中心に幅広い分野で活躍。『鳥肌が』で二〇一七年度の講談社エッセイ賞を受賞。近作に『蛸足ノート』(中央公論社)、『迷子手帳』(講談社)『短歌のガチャポン、もう一回』(小学館)など。最新歌集『水中翼船炎上中』(講談社)で、第二十三回若山牧水賞を受賞。デビュー歌集『シンジケート』の新装版が講談社より刊行。
※刊行時の情報です
◆構成/辻本 力
◆写真/成清徹也
