ヤクザ抗争、違法スカウトにトー横キッズまで…眠らない街“歌舞伎町”と対峙する「東京で最も古い警察署」150年の歴史
首都・東京の治安を預かる警視庁は、2024年1月に創立150周年を迎えた。職員数、約4万6000人。管内には10方面・102の警察署を持ち、交番825か所、駐在所257か所、パトカー1292台に白バイ958台……名実ともに、国内最大の警察組織である――突然ですが、クイズです。102の警察署の中で、最古の警察署はどの署でしょう? 正解の中には小説やドラマ、映画でもおなじみのあの署が……。
【写真を見る】新都心はじめ日本一の繁華街を守る、日本最大の警察署
警視庁で最古参の警察署
2025年12月2日、新宿区内にある新宿警察署と四谷警察署が、創立150周年を迎えた。ともに明治8(1875)年の設置なので、警視庁創立の翌年、ということになる。特に新宿署は、店舗数や夜間人口数などから「日本最大の繁華街」といわれる歌舞伎町、隣接するコリアンタウン、西新宿のオフィスビル街に東京都庁、そしてJRや各社を合わせた1日の乗降客数がギネス認定された新宿駅を管内に持つ。

鮫島警部が活躍する『新宿鮫』シリーズなど、多くの警察小説やドラマ、映画の舞台になっただけでなく、テレビの警察密着番組で歌舞伎町交番や、管内を受け持つ第2自動車警ら隊の活動が紹介されたりもした。アジアマフィアの抗争、違法スカウト事件、トー横キッズ問題など、常に時代を反映する事件に対峙していることも、メディアで取り上げられることが多い所以だろう。
その新宿署について、警視庁広報課に聞いた。
「新宿警察署は、警視庁で最古の警察署の一つです。『警察署』という名称が初めて使われたのは『明治14(1881)年1月14日』であり、この時、40の警察署が設置されました。新宿警察署もこの時に設置されたため、最古の警察署の一つになります」
「警察署」の名称が使われる前は、その前身となる「分庁署」や「方面署」が設置されていたほか、明治14年以降は警察署の統合や分割を繰り返してきた経緯があるという。
「そのため、警察署の開署日に関しては、当庁では統一した見解はなく、各警察署が開署日として捉えている日としており、各警察署がどの時点を起源として捉えているかにより開署日は異なります。参考として、開署日を最も古く設定している警察署は、『築地警察署』であり、前身である『警視第一分庁第三署』が設置された『明治8年5月1日』に設定しています。新宿警察署についても同時期に『警視第三分庁第六署』という分庁署が設置されていますが、開署日は『警視第三方面第六署』が設置された『明治8年12月2日』としております」(同)
署歌がある
その後、淀橋警察署と名称を改め、現在と同じ西新宿に庁舎を構えていた。「新宿警察署」となったのは昭和44(1969)年から。
「名称変更の理由は、淀橋警察署が設置されていた『淀橋区』が『新宿区』に変更(昭和22年)されて約20年が経過し、『新宿』という地名が全国的に周知され、『淀橋』の名称が実情に沿わなくなったため改称されました」(警視庁広報課)
同署は、警視庁の署の中でも「大規模署」に分類されており、警視正の署長のもと(現在は佐藤雅一署長)、警務、会計、留置管理、交通、警備、地域、刑事、生活安全、組織犯罪対策の各課が設置されている。これだけ多くの課があり人員がいることなどから、「日本最大の警察署」として紹介されることもよくあるのだが、
「現時点の新宿警察署の定員は654人となります。他県警察の定員を把握していないため、日本最大の警察署であるか判断いたしかねますが、警視庁管内における最大人員の警察署となります」(同)
ジャーナリストの久保博司氏は、昭和57年7月14日から1週間、新宿警察署を密着取材している。当時の署内の様子を『日本の警察 警視庁VS.大阪府警』(講談社文庫)の中で紹介しているが、庁舎の五階講堂の正面に墨書された署歌を紹介している。
〈一、文化の息吹はつらつと 大ターミナルの朝ぼらけ 都の城西治安は堅し 未来の夢をえがきつつ 若き血潮はほとばしる おお新宿警察署
二、微風わたる新都心 武蔵野いずこ摩天楼 都の城西治安は堅し 英知と技を磨き合う 若き血潮は高鳴りぬ おお新宿警察署〉(前掲書より)
当時の庁舎は5階建てで昭和44(1969)年に建てられた。年間およそ7000件もの刑事事件を抱える多忙さと手狭になったこともあり、平成4(1992)年に現庁舎に建て替えられた。約73億円をかけ、地上13階、地下4階の威容を誇り、高さが62.5メートルあったことから、竣工時には「日本一のノッポ警察署」と紹介された。また、歌舞伎町地区に外国人が目立ち始めたことから、警察署としては初めて通訳センターも設置されている。
歌舞伎町の象徴
新宿警察署管内には11の交番があるが、わけても有名なのは歌舞伎町交番だろう。年末年始の一斉警戒の時期になると警視総監が訪れ、周囲を巡視するニュースが流れる。昨年も12月19日、迫田裕治警視総監(当時)が、歌舞伎町交番を訪問している。また、テレビの密着番組でもおなじみだ。
警視庁広報課によると、歌舞伎町交番の設置は昭和23(1948)年2月28日。現在の場所に移転したのは同44年9月30日で常時、15名程度の警察官が詰めているという。本署建て替え翌年の平成5(1993)年3月に地上4階、地下1階の大型交番として建築され、日本一の歓楽街である「歌舞伎町地区」のほぼ全域を管轄している。
「私が取材したときは地域課長代理の警部以下、精鋭が交代で詰めていました。一見して不審な人物を見ぬく眼力に長けた職務質問の達人が何名かおり、若い警察官に現場で技術を伝授していました。勤務員は皆、足が速く、事案があるとさっと駆け出していく。走りながら周囲に目を凝らし不審者や逃亡者がいないか、同時に見ている。場所柄もありますが、とにかく緊張感のある交番でした」(元社会部記者)
デイリー新潮編集部
