「君たちの世代が世界を変えろ」Appleを追われたジョブズが名刺に残した確信
名刺というのは、つくづく面白いアナログの産物です。
スマートフォンもビデオ会議もない時代から、自分の存在証明をわずか1枚の紙に収め、見知らぬ相手に渡す。それが名刺というものです。
デジタルが一切合切を飲み込んだ現代においても、しぶとく生き延びている。そんな紙切れが3枚で約3400万円で落札されたそう。
もっとも名刺を差し出したのは、かのスティーブ・ジョブズというのが、すべての話の前提ではありますが!
3枚の名刺が語る、ジョブズの足跡
ボストンを拠点とするオークションハウス、RR Auctionが今年1月29日に締め切った「Steve Jobs & the Computer Revolution: The Apple 50th Anniversary Auction」。
Apple(アップル)創業50周年を記念したこのオークションで、ジョブズゆかりの品々も含めてさまざまなものが出品されました。Apple 1のプロトタイプとか、ジョブズとウォズのサインが入った初小切手とか。
その中の1つが、ジョブズの名刺でした。
Apple時代の名刺:9万7439ドル
「Chairman of the Board(取締役会長)」として「Steven P. Jobs」と印刷された名刺。ジョブズが1981年2月から1985年9月に辞任するまで、Appleの会長を務めていた期間のものと推測されます。
そこには父親へ宛てて、黒のフェルトペンでこんな走り書きが残されています--「Hi, I'm back.(やぁ、帰ってきたよ)」。
旅行から戻ってきた報告なのか、何か別の文脈があるのか…その場面は想像するしかありません。
オークションハウスの説明には、この言葉はジョブズが肝臓移植からAppleに復帰したことを発表した、2009年の有名な基調講演を思い出させるとエモーショルな文章が添えられていました。「I'm back at Apple」ってやつですね。
この名刺はジョブズの義弟であるジョン・チョヴァネックさんが保管していたもの。ロスアルトスの実家の裏ガレージ(あの"Apple Garage")に、Appleのプロモーションポスターと共に保管されていた数枚の名刺のうちの1枚です。
NeXT時代の名刺:5万2500ドル
こちらは名刺の裏に、ジョブズ直筆のメッセージが記されています。
Daniel, Your generation will change the world using computers. Lets go! steve jobs
(ダニエルへ、君たちの世代は、コンピュータを使って世界を変えるだろう。さあ行こう! スティーブ・ジョブズ)
この名刺は、オークションハウスによって入手経緯が詳細に記録されているのも興味深いです。
1988年10月、ワシントンD.C.で開催された「EDUCOM '88カンファレンス」(ちなみに、NeXTコンピューターが学術界へ初お披露目された場)で、当時は学生だった出品者がジョブズから直接受け取りました。
こんなものをどこで受け取ったのか。出品者の母親が『The Chronicle of Higher Education』の記者で、以前Apple時代にもジョブズを取材していた縁から、カンファレンス会場ではなくジョブズのプライベートなホテルスイートでの取材が実現。その取材に出品者(ダニエルさん)も同行したそうなんです。
NeXTのビジョンについて語るその場で手渡されたのが、この名刺というわけ。Appleを追われて3年。未来への確信を持って走っていたジョブズの姿が、この走り書きからも滲み出てきます。
Pixar時代の名刺:6万7256ドル
3枚目は、シンプルな1枚です。「Chairman and CEO」という銀灰色の文字が光りますね。
ジョブズがPixar(ピクサー)の会長兼CEOを務めていた時代で、住所の記載からするにPixarがサンラファエルからポイントリッチモンドへ移転した直後の時期に製造されたものと見られます。
この名刺自体に手書きの言葉はありません。でも、1990年当時のジョブズはAppleとの確執を抱えながら、NeXTとPixarという2つの会社を同時に率いていました。「Chairman and CEO」という肩書きの重さを思えば、シンプルな名刺であっても、その時代の密度みたいなものを感じるのです。
ビジネスパーソンにとってのホームランボール?
野球のホームランボールやバスケのユニフォームなど、スポーツの世界にはアスリートの「一瞬の物語」を宿した遺物というジャンルが成立しています。
名刺がそれと違うのは、相手がビジネスパーソンであるという点。しかも「サインを断る手紙にサインした」と語り草になるほど、ジョブズはサインに消極的な人物だったとされます。なおさら、彼が生きた証としての名刺にサイン入りとなれば、希少価値は相当のもの。
そういう価値がビジネスパーソンであっても出せる…とは書いてみたものの、やっぱりジョブズならではなのかもしれませんが、他にもいろいろ見てみたい気もします。
だけど、父親への"Hi, I'm back."や、未来へ進む青年への"Lets go!"なんて、どちらもデジタルなショートメッセージなら、次の日には埋もれてしまったんじゃないかなぁ。
名刺というアナログのフォーマットで生き延び、何十年の時を経て、ジョブズが確かに「居た」ことを教えてくれた。そう思えば案外、名刺もデジタル化で全部要らないってわけでもないような気もします。
Source:RR Auction(1),RR Auction(2),RR Auction(3),CNBC, HEPEBEAST

