進撃の巨人、エヴァンゲリオン…ウクライナでも見られるマンガ=「MANGA」の魅力とは【新ジャポニズム】
2025年10月から11月にかけて、大きな反響を呼んだNHKスペシャル「新ジャポニズム」の新シリーズが放送中です。
今回はシリーズ第1弾の書籍化である『NHKスペシャル「新ジャポニズム」世界はなぜ日本カルチャーに熱狂するのか』より、マンガ=「MANGA」がどのように世界に受け入れられているのか、戦渦のなかのウクライナに見る、その一例をご紹介。
世界の街角やネット空間のいたるところで、なぜ今、日本発のカルチャーがこれほど熱狂的に受け入れられているのでしょうか。日本人だけが気づかない、日本カルチャーの魅力と特質をひもときます。
『NHKスペシャル「新ジャポニズム」世界はなぜ日本カルチャーに熱狂するのか』書影
“MANGA”を読む物語
戦禍のなかでも──ウクライナ 2022年2月24日、突如として始まったロシアによるウクライナへの軍事侵攻。3年以上が経った今も紛争は続き、アメリカのシンクタンク、CSIS=戦略国際問題研究所が発表したデータによれば、ロシア側の死者は最大で25万人、ウクライナ側の死者は6万~10万人にも及ぶと推計されている。
長引く侵攻にさらされているウクライナ。2024年9月、首都キーウでとあるコンサートが開かれ、1500人あまりの観客が集まっていた。演奏されていたのは、日本のアニメソングだ。
『残酷な天使のテーゼ』(新世紀エヴァンゲリオン)、『疾風伝』(NARUTO)、『il vento d’oro 』(ジョジョの奇妙な冒険)、『心臓を捧げよ!』(進撃の巨人)など、オーケストラによって演奏される様々なアニメの主題歌やBGMに、ウクライナの人々は身体を踊らせて歓声を上げ、拍手喝采を送っていた。
そんななか、取材班は一組の親子に出会った。エヴァさん(12歳)はアートスクールでアニメを勉強しており、好きな作品は『新世紀エヴァンゲリオン』。「戦争が続くなか、アニメに没頭することで助けられている」と教えてくれた。また、母のアリーナさんは「子どもたちは、漫画やアニメに本当に夢中になっており、それらの作品から多くのことを学んでいる」と語った。
戦禍のウクライナで、彼女たちはどのように日本の漫画やアニメに親しんでいるのだろうか。後日、エヴァさんの自宅を訪ねると、2階の自室には自ら描いたというたくさんのイラストが貼り付けられていた。
「日本の漫画やアニメ風の絵を描くのがとても好きです。一番よく描くのは『新世紀エヴァンゲリオン』のアスカ・ラングレーです。少し意地悪なキャラクターですが、それには理由があるので理解できます。そのカリスマ性や責任感、そしてやるべきことを成し遂げようとする姿がとても好きです」
エヴァさんは、『エヴァンゲリオン』のキャラクターたちが抱えるさまざまな問題について考えをめぐらせ、彼ら彼女たちを通じて、なにが良くてなにが悪いのかを学ぼうとしているという。
どんなときに日本の漫画やアニメを見ているのか。取材班の問いに、エヴァさんはこう答えてくれた。
「いつでも見ます。ときどきは授業中にだって見ることもあるくらい。あとは……警報が鳴って、本当に深刻なときには、私たち家族は地下室へと避難することになります。そんなとき、タブレットやスマホに日本のアニメをダウンロードして見ています」
地下室は狭くて暗い。インターネットはほとんど繫がらず、エヴァさんによると、ときにはネズミが出るらしい。決していい環境とはいえないなかで、妹と2人、いつも肩を寄せ合ってアニメを見ていることが楽しいのだという。
「ここにいて、妹とアニメを見たりふざけたりしていると、外の攻撃の音や戦争のことがフラッシュバックすることがないんです。ただ遊んでいるんです。ときには友達だって来るんですよ」
そんな娘の状況について、母・アリーナさんはこう語ってくれた。
「このシェルターで過ごさざるを得なかったときに、日本のアニメが本当に助けてくれたと思います。地下室の外、階段を上がったところでは、ひっきりなしに爆弾の音が聞こえてきます。でも、アニメのおかげで、娘たちは楽しくここに避難できるんです。おかげで子どもたちが不安を感じず、ストレスを受けることが少なくなりました。停電になったときでさえ、アニメを見続けていたんですよ。爆撃によってインフラが破壊されて、停電になったことすら気づかなかったそうです。だから、本当に大きな助けになっていると思います」
戦禍のウクライナの日常に、私たちの想像をはるかに超えるかたちで溶け込んでいた漫画やアニメ。コンサート会場で出会ったアローナ・クリチファルシさん(21歳)は、エヴァさん親子とはまた違った視点で日本の作品に支えられていた。
「私たちは漫画で描かれる物語に現実と重なるところを見出して、自分自身を投影しています。コンサートで『進撃の巨人』が流れたとき、私たちが置かれている現実と非常に似通っているものを感じ、心に響きました」
ロシアとの国境付近ドネツク州出身のアローナさんは、父と祖父母を残してキーウに避難してきたのだという。そして実は、コンサートの前日にある悲しい出来事があったと教えてくれた。
「父が経営するレストランが焼き尽くされてしまいました。私の子ども時代はずっと父の店で過ごしました。誕生日も全部ここで祝ったのです。なのに、たった一夜にして、ミサイルですべてが完全に焼き尽くされました。幸いにも父は無事でしたが、もう二度と再会できないかもしれないと思いながら生きています。
楽しむ気分ではなく、どこかに出かけたいとも思いませんでしたが、コンサートに行くことを自分に強いて、少し気持ちが楽になりました。アニメは心配していることや苦しみ、現在の生活で起こっていることを乗り越えるのに役立っていると思います」
なかでもアローナさんが長年にわたり親しんできた作品が『進撃の巨人』だ。人生で最初に観たアニメでもあり、学校の課題でその世界観についてレポートを書いたこともあるほどだという。
『進撃の巨人』とは、巨人がすべてを支配する世界のなか、高さ50メートルにも及ぶ巨大な壁に囲まれた国で生まれた主人公・エレンの物語。母を巨人に殺されたエレンは深い憎しみにかられ、すべての敵を駆逐するための戦いに身を投じていくが、ある衝撃の事実が明らかになる。巨人の正体は自分たちと同じ人間であり、海の向こうの国によって兵器として巨人にされていたのだった。
「私が現在目にしたり感じていることと、『進撃の巨人』のエレン・イェーガーとのあいだには、多くの共通点を見出しています。彼の感情、そしてそのなかで起きることの連続が、私にとても近いからです。最初彼は何が起きているのか、自分が何を感じているのか、それについてどう考えたらいいのかまったくわかりませんでした。しかし時間が経つにつれてさまざまな情報を得ることで、彼はやっと自分の意見やまわりで起こっていることへの態度を構築していくことができるようになるのです。そして、彼は自分の決断を変えたり、特定の行動をするようになり、そうした彼の変化に非常に共感できるんです」
壁の向こうで暮らす巨人との戦いに身を投じていくエレンに、自分自身が置かれている環境を重ね合わせ、感情や行動の変化に向き合っているというアローナさん。なかでも最も印象的な台詞があるという。それは、物語の中盤、その向こうには敵がいるとされる海の浜辺で、エレンが発したこんな言葉だった。
エレン 『海の向こうには自由がある。でも、違った。海の向こうにいるのは敵だ。なあ、向こうにいる敵……全部殺せば……オレ達、自由になれるのか?』
(アニメ『進撃の巨人』第 59 話)
「おそらく私たちのほとんどが、最初はこの戦争の原因はただ敵のせいだと思っていました。しかし深く調べ、もっと情報を得て、自分自身の感情や考えを分析することで、その原因はもっと根深い別のことにもあるのかもしれないと思うようになりました。
絶望に陥ったとき、これ以上自分や家族が苦しまないために、人々が殺されないために、敵を倒すしかないと感じてしまいます。しかし今では、それはとてもむなしいことだとも思います。だからこそ、エレンが投げかけた問いを深く考え、あらゆる方向から分析することが大切だと感じます。このエレンの問いには、答えはないと思います。正解はないのです。この問いを自問自答しては、これから何をするべきか、物事にどう向き合うべきか、私は考えるようにしています」
最後に、アローナさんにとって『進撃の巨人』とはどんな存在か聞いてみた。初めて出会った日本の漫画・アニメであり、戦禍の現実に向き合う一助になっているという作品を、彼女はこう表現してくれた。
「慰めだと思います。『進撃の巨人』を読むことは、まるで同じ問題を抱えている人と話すようなものです。この宇宙においてこの問題を抱えているのは私だけではないと、少なくとも自分は一人ではないと感じさせてくれます。それが信じられないほど素晴らしいことなのです」
『NHKスペシャル 新・ジャポニズム 世界はなぜ日本カルチャーに熱狂するのか』では、
第1集 MANGA わたしを解き放つ物語
解説:「空っぽの器」が世界のストーリーメディアになるまで:中山淳雄(エンタメ社会学者)
第2集 ‟ボカロ”が世界を満たす
解説:ボーカロイドカルチャー その原点と未来:柴 那典(音楽ジャーナリスト)
第3集 世界化する日本食
解説:「世界の料理」になった日本食がもたらすもの:村田吉弘(「菊乃井」3代目主人)
第4集 世界を魅了する和のデザイン
解説:なぜ世界の人々は日本のデザインに特別な魅力を感じるのか:ロッセッラ・メネガッツォ(ミラノ大学東アジア美術史准教授)
◉特別寄稿:佐々木俊尚
「新ジャポニズム」とは何か ささやかな共同体の可能性
という構成で、日本カルチャーの「世界標準」を豊富な現地ルポと書き下ろし解説で描き出します。
※「VOCALOID(ボーカロイド)」および「ボカロ」はヤマハ株式会社の登録商標です。
