物価高が進む中、野菜の値段はこれからどうなるのか。車中泊で全国各地の農家を取材している農業ライターの鈴木雄人さんは「気候変動の影響で野菜を作れる場所と作れる時期が狭くなってきている。さらに燃料費や人件費の値上がりなどで、生産コストが上がっていて価格を上げざるを得ない」という――。
写真=共同通信社
東京都千代田区の八百屋で売られているキャベツなど=2025年2月21日 - 写真=共同通信社

■「キャベツ1玉500円ショック」が起きた背景

「キャベツ1玉500円」。このショッキングな値札は、単なる未来予測ではない。2025年1月頃、天候不順による深刻な品不足が重なり、実際に多くのスーパーマーケットの店頭でキャベツが500円を超える価格で並んだことは、多くの人の記憶に新しいはずだ。

家計の味方であるはずの野菜が、高級品のような価格で鎮座していた。これら青果物の価格は市場の原理に基づき、「需要と供給」のバランスで決まる。2025年1月の高騰は、まさにこの供給が途絶えかけた結果だ。

その直接的な引き金は、複合的な天候不順にある。まず、11月頃に群馬産から愛知・千葉産へと切り替わる「産地の端境期」でリレーが途切れ、供給が不安定になった。さらに、夏の猛暑で根の張りが悪くなったところに、雨不足と低温が追い打ちをかけた。全国の産地で生育が遅れ、全体として小玉となった。結果として、市場への「出荷数」そのものが激減し、価格が高騰したのだ。

独立行政法人農畜産業振興機構より

だが、私たちが「あり得ない」「一時的なものだ」と感じるこの価格は、日本だけの異常事態なのだろうか。

■世界のキャベツはもっと高い

日本貿易振興機構(JETRO)が2024年に調査した海外の市場価格を見ると、この日本の「危機」は、すでに世界の「現実」であることがわかる。価格はターゲット層や店舗の形態によって幅があるが、500円というラインがいかに現実的かが浮かび上がる。

ニューヨーク(米国):アッパーミドル層向け店舗では4.21ドル(約650円)だが、ローワーミドル層向けでも2.98ドル(約460円)で販売されている。

ソウル(韓国):アッパーミドル層向けで9000ウォン(約960円)という高値がつく一方、ローワーミドル層向けでも3490ウォン(約370円)と、日本の高値時に近い価格だ。

シドニー(豪州):8.80豪ドル(約890円)で並ぶ一方、アジア系スーパーでは2.80豪ドル(約280円)と価格差も大きい。

※為替レートは、2025年11月10日時点:1ドル=約154円、1ウォン=約0.107円、1豪ドル=約101円で計算

私たちが「高騰だ」と驚く500円という価格は、海外の主要都市ではアッパーミドル層向けの価格として、すでに「当たり前」に受け入れられていることがわかる。そして重要なのは、ローワーミドル層向けの価格でさえ、日本の「平時」の価格(150〜200円)をはるかに上回っているという事実だ。

■価格が高騰しても「農家が儲からない」ワケ

それもそのはず、日本のキャベツの年平均卸売価格は、何十年もの間「1kg=100円前後」という驚くべき低価格で安定してきた。海外と比較しても、日本の「平時」の価格がいかに安かったかが分かる。この「安すぎた平時」と「高騰する有事」の激しいギャップが、「野菜が高いのは、農家が儲けているからだ」という誤解を生むのだ。

しかし、私が全国の生産現場を取材する中で見る現実は、全く逆だ。野菜が高騰しても、農家の手取りは増えていない。むしろ経営は厳しくなっている。

では、なぜこの矛盾が起きるのか。その答えこそが、農家がコントロールできない「外部コスト」である。

筆者撮影
平時は150円前後だが、有事には500円を超えることもあるキャベツ - 筆者撮影

■真犯人?:気候変動の常態化

まず、消費者が「値上がりの理由」として最もイメージしやすい「天候」について触れたい。「野菜が高いのは、長雨や日照不足のせい」。この認識は、もはや古い。私が取材で全国の生産者を回る中で痛感するのは、地球温暖化による異常気象が、もはや「異常」ではなく「常態」となりつつあることだ。

猛暑と少雨:生育不良を引き起こし、出荷量を激減させる。
暖冬:病害虫が越冬し、春以降の被害を甚大にする。
ゲリラ豪雨:畑の土壌を流し、作物を物理的に破壊する。

結果として、「作れる場所」「作れる時期」が日本国内で確実に狭まっている。北海道でサツマイモが作られるようになったり、これまで高原と言われていたような地域でも夏場の生産が難しくなったりと、産地はすでに北上を余儀なくされている。

■「カット野菜最大手」が創業以来初めて値上げ

この供給不安を前提に、ついに日本の流通も変わり始めた。その象徴が、カット野菜の動きだ。最大手のサラダクラブは、2025年3月にカット野菜を創業以来、初めて値上げした。さらに、今後は需給に応じて価格を動かすダイナミックプライシング(変動料金制)の導入も検討しているという。

「いつでも同じ価格で野菜が手に入る」ことを前提に成り立っていたビジネスモデルが、気候変動による供給の不安定化によって、維持できなくなっている。これは「いつでも安く買える」時代の終わりを告げる象徴的な動きともいえる。

筆者撮影
カットキャベツ - 筆者撮影

■真犯人?:「外部コスト」の上昇

「野菜が高騰して農家は儲かっている」。これが最大の誤解である理由は、キャベツのコスト構造を見れば一目瞭然だ。

現在は調査が打ち切られてしまい少し古いデータにはなるが、農林水産省の「品目別経営統計」によると、キャベツの生産コストは、その大半が農家の努力ではどうにもならない「外部コスト」で占められている。

【キャベツのコスト構造】

?包装荷造・運搬等料金 (28.2%)
これが最大のコストだ。内訳は、JAや市場に支払う「販売手数料」、段ボールなどの「荷造資材費」、市場や契約先に運ぶ「運送費」。

?機械・設備関連費 (24.9%)
トラクターの燃料費や、農機具・建物の維持費。

?主要資材費 (23.2%)
肥料費と、害虫が多いため高額になる農業薬剤費。

?種苗・苗木費 (6.8%)
キャベツの種や苗の代金。

?労働費(雇用労賃) (2.3%)
会計上の「雇い人件費」の割合は非常に低く見える。

?その他 (14.6%)
地代(賃借料)、土地改良費・水利費、税金・公的な負担金、事務用品費、通信費、会議費といった雑費など

筆者作成

この構造には「2つの弱点」が潜んでいる。

1つ目が、コストの8割以上が「外部コスト」という点だ。その価格は円安、原油価格、国際情勢、物流(2024年問題)によって決まる。農家の「内部努力」では、これらのコスト上昇を吸収することが構造的に不可能である。

2つ目が、「労働費」のコスト比率は低いが、時間はかかるという点だ。会計上の「雇用労賃」はわずか2.3%であるが、実際の労働時間は10aあたり約85時間もかかるという。そして、その労働時間の半分以上(52.6%)が「収穫・調整・出荷」という、機械化が難しく、人手に頼らざるを得ない作業に集中している。

■すべてのコストが上がっている

この脆弱な構造は、平成29年(2017年)頃から始まった資材高騰に耐えられなかった。キャベツ農家は、全方位的なコスト上昇の直撃を受けたのだ。

1.労働費

「収穫」という人手作業を機械化で減らせないまま、労働単価(時給)が直撃した。最低賃金は平成19年(687円)から令和6年(1055円)へと約1.5倍に高騰。コスト比2.3%という水準では到底収まらなくなった。

2.包装・運搬費

キャベツ生産における最大のコストだった項目が、物価高の直撃を受けた。

・物流費:「2024年問題」による物流費の上昇と、高止まりする燃料費が運送費を直撃。
・資材費の高騰:段ボールなどの「諸材料」の価格(令和6年物価指数で令和2年比116.9%)が包装費を直撃。

3.機械・設備・資材費

農家の努力と無関係に、すべてのモノの値段が上がった。キャベツ専用の最新統計はないが、最新の「米」の生産コスト(農林水産省データ)を見ると、その異常な高騰ぶりが分かる。以下は、米生産における平成29年から令和6年の間のコストの上昇幅である。

・光熱動力費(燃料など):約38.3%増加
・肥料費:約23.7%増加
・農業薬剤費:約10.1%増加
・機械価格:トラクターなどは円安や原材料高で令和2年比で10〜20%上昇。

これらはすべて、キャベツのコスト構造で「外部コスト」として大きな割合を占めていた項目である。農家の努力とは無関係に、生産コストがこれだけ強制的に引き上げられているのだ。

■価格転嫁できなければ廃業せざるを得ない

農家は、コスト高に苦しんでいる。目の前の価格は、自ら削減しようのない「外部コスト」の爆発と、削減できなかった「内部コスト(人件費)」の同時高騰を、価格に転嫁しなければ「赤字(=廃業)」になるという、生産者(農家)の悲鳴なのだ。

そして、この「悲鳴」こそが、市場原理のもう一つの側面を動かす。当たり前のように農家が持続できない「赤字」の価格で推移することは不可能だ。農家が赤字で経営を辞めてしまえば、市場から野菜(供給)が消え、市場の原理そのものによって、価格は否応なく上がる。

だからこそ、市場の原理とはいいつつ、価格は高騰した「外部コスト」を反映した「再生産可能な価格」にならざるを得ないのだ。私たちが直面しているのは、この「高止まりしたコストライン」なのである。

東京都中央卸売市場2022年1月5日〜2025年11月6日。異常気象で高騰はあるものの、平時のキャベツ価格は横ばいで推移(図表=農林水産省HPより)

■私たちの食卓はどうなるのか

「野菜が高い」というニュースの裏で、私たちが直面している深刻な事実がある。キャベツ1玉500円という価格は、農家が不当に得た「利益」ではなく、先述した「爆発したすべての外部コスト(物流・資材・人件費など)」を、赤字にならないために転嫁した「再生産可能な価格」だということである。

私たち消費者は、認識を改める必要がある。「500円が高い」のではなく、「私たちが慣れ親しんでいた150円〜200円という価格が、異常なほど安すぎた」のかもしれない、と。

もし私たちが、この「高騰したコスト」を反映した新しい価格を「高すぎる」と拒否し続ければ、どうなるか。農家は赤字で経営を辞めていく。これこそが、日本の「食料安全保障の崩壊」の一歩といえる。

生産者がいなくなるという最悪の未来。すなわち、市場から供給(キャベツ)そのものが消滅し、価格が500円どころではない高騰(あるいは品切れ)を招く未来を防ぐために、私たちにできることは何か。

それは、まずこの「なぜ高いのか」という構造を理解することだ。そして、生産者が農業を継続できるよう、「再生産価格」で買い支えていくことである。それを社会全体でやらなければ、500円のキャベツは「異常」ではなく「日常」になる。その日は、もうすぐそばまで来ているのかもしれない。

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鈴木 雄人(すずき・ゆうと)
農業ライター
1997年、茨城県石岡市生まれ。農学部を卒業後、青果卸会社に就職。全国の農家と繋がり、現地で得た情報を発信することで、農業界を盛り上げていきたい。という気持ちが強まり、約2年勤めたのち退職。2022年より、車中泊で全国の農家を周りながら現地で得た情報をメディアやSNS、ブログ「はれのちアグリ〜農業情報〜」で発信する。
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(農業ライター 鈴木 雄人)