危険生物から生き餌のリアルまで 元職員が明かす「水族館の裏側」楽しみ方のポイントも

水族館を味わいつくす、水族館愛120%の4コマコミックエッセイ「水族館飼育員のただならぬ裏側案内」(集英社)。本書では、海水エリア、淡水エリア、海獣エリア、バックヤードと、実際の水族館を歩いていくように、思いもしないような見どころや裏側のエピソードを紹介。生きものたちに惜しみない愛を注ぎ、奮闘する飼育員や職員たちの日常を描き、水槽の奥にあるディープな世界に誘う。
【動画】「世界を救う!ワンにゃフル物語〜柴と三毛と亀梨くん〜」最新回
「テレ東プラス」は、著者・なんかの菌さん(以下、菌さん)を取材。菌さんが水族館に就職するまでの過程や職員としての日常、水族館の楽しみ方まで話を聞く。
偶然から始まった水族館職員への道

――本にはシュールな4コマ漫画やイラストとともに、知られざる水族館の裏側が描かれており、大人も子どもも楽しめる内容になっています。菌さんは、子どもの頃から生きものに興味があったのでしょうか。
「幼い頃は、どちらかというと昆虫が好きで、公園などでよく虫捕りをしていました。カマキリやトンボが好きで、捕まえては生態を観察していました。
長野県で育ちましたが、近くの田んぼにカエルやオタマジャクシがいるくらいだったので、あまり水の生物に縁がなかったんですよね。水族館にいる海の生きものを好きになったのは、大学生の時でした」
――大学では美術史学を専攻していたそうですが、卒業後、どのような経緯で水族館に就職を?
「子どもの頃から絵を描くのが好きだったので、絵に関わる仕事に就きたいと思っていました。本当は、ずっと好きだった博物館や美術館への就職を希望していましたが、美術館は特に就職が難しく、落ちまくりまして…。“将来、どうなるんだろう…と不安を抱えていた時、たまたま水族館が募集しているのを見かけて、玉砕覚悟で受けたという感じです」
――たまたまたどり着いたのが水族館だったと。
「そうなんです。全く予想していませんでした」
――就職すると、たいてい新入社員は研修がありますよね。すぐに飼育の仕事を任されるのでしょうか。
「私はすぐに、飼育の仕事を始めました。新人なので最初はできることがなくて、掃除や餌切りから始めました。初日は子どもたちが触って喜ぶ“タッチプール”を3時間くらいかけて掃除して、あまりにも放置プレイだったので(笑)、それも衝撃でしたね。“いったい、これからどうなるんだろう”と。
まさか“ものすごく硬い冷凍のイカをひたすら切ること”が仕事だとは思っていなかったし、しかもこの作業、腕が痛くなるし、めちゃくちゃ体力を使うんですよ。そういう力仕事も、就職する前は具体的に想像していなかったので、先ほど挙げたようなゆるさもあり、厳しさもある…そんな場面に直面する度、驚きを隠せませんでした」
――拝読して個人的に驚いたのは、“餌”の部分でした。実にバリエーション豊かで、ハエやコオロギやゴキブリなど、生き餌自体も飼育員が育てなければならない。そこは全く抵抗がなかったのでしょうか
「確かに、想像していたよりも多くの餌のバリエーションがありましたが、“虫が苦手”ということもなかったので、特に抵抗はなかったです。
また生きものによっては、決められた餌だけではなく、自分で新しい餌を考えて補足することもありました」
――すごい! 私なら、早くもここで挫折しそうです(笑)。
その他、日々の接客や生きものたちのお世話以外に、研究という側面があることも知りませんでした。そこはやはり、生きもの好きとしてはたまらない領域、面白さなのでしょうか。
「私は新人だったので、先輩が研究してきたものをいかに踏襲して守り抜くかということで精一杯でしたが、センスのある方は、生きものの魅力をさまざまな角度から研究したり、展示の仕方を開発したり…。それが楽しくもあり、時にプレッシャーになることもあると思います。研究が好きな職員はそれでいいし、『率先して研究をしなさい』と言われるのが苦手という職員も中にはいます」
陰キャ職員が直面した“命の重み”と“命懸け(?)の仕事”
――実際に働いてみて“ここがイメージと違った”というところはありましたか?
「意外とお客様の前で話す機会が多いなと。しかもその喋りも、普通のトーンではなく、結構なハイテンションでいかなくてはならない(笑)。私の中で“職員は、生きものの世話をするだけ”というイメージがあったので、新人で入ってすぐにマナー講習を受けた際は、“お客様とこんなに接するんだ!”と思いました。
私はめちゃくちゃ陰キャなので、最初はやっていけるのか不安でしたが、周りの職員さんは、結構適応していくんですよね。オタクの人でも、経験を積み重ねていけば、人前で話せるようになるんだというのが、意外な現象の一つではありました」
―― 一番大変だったことは?
「体調が悪くなった生きものをいかに回復させるか…これはものすごく大変でした。もちろん魚は話せないので、何がいけないのかを考えなければならない。でも、そこを改善したからといって必ず治るわけではなく、弱っていく魚をずっと見守っていかなければならない時もあります。かわいそうな目に遭わせてしまうこともありますし、生きものを扱う上で避けられないことではありますが、私だけではなく職員の皆さんも、それは大変なことだと感じていました」
――生きものたちとのお別れは、慣れていくものですか。
「慣れていかざるを得ないんですよね。そういう経験を乗り越えて、個人または業界全体の飼育技術が上がっていくので。とは言え、自分が担当していた魚が弱っていくのを見るのは、とてもつらいことでした。
例えば、ハコフグってものすごく可愛いいんですけど、ある日を境に弱ってしまい、『もう無理だから、締めた方がいい』と言われたんです。言われるがまま、めちゃくちゃ硬いハコフグを自分で締めたことがありました。プラスチックのように硬いので、締め方がめちゃくちゃ難しくて…あれは本当につらかったです」
――逆に“これはすごく楽しかった”という思い出も?
「舞台裏では、毎日さまざまな事件が起きるんですよ。トラブルもありますが、同じ日が一日もないというのが、個人的にはすごく楽しかったです。
例えば『水槽が壊れたから、みんなで砂をかき出すぞ!』という日もありましたし、『今日は採集に行こう!』とみんなで出かけることもあります。海や川に行っていろいろな生きものを獲ったり、子どもたちとの観察会で遊んだりしたことも、楽しかった思い出の一つです」
――水族館では、「モンハナシャコ」や「タランチュラ」などの危険生物も飼育しています。本の中でも登場しますが、印象に残っている危険なエピソードはありますか?
「話せないようなこともたくさんあるんですけど(笑)、話せる範囲で言うと、“毒のある生きもの”の水槽掃除でしょうか。例えばミノカサゴ。まさに『俺は、毒持っているぞ!』という風貌の魚なんですけど、まずは捕まえなければ掃除ができない。結構な緊張感が漂います」
――下手したら刺される?
「そうですね。トゲが多いので油断すると刺されるから、何が何だか分からないままどんどん捕まえなければいけないんですよ。いちいちキャーキャー騒いではいられないので、心で“刺されたらやばいだろうな”と思いながらも、職人のように黙々と捕まえます。
ウツボの水槽の掃除も危険です。ウツボって、餌の時間になると上がってきて“くれ〜くれ〜”みたいな感じになるんですよ。すぐに近寄ってくるので人懐っこくて可愛いんですけど、ウツボに噛まれたらマジで指がなくなるらしいので、それも緊張感がありました!」
▲ウツボ――命に関わる距離感!
「(笑)。みんな“危険生物だから気をつけよう!”と思いながら黙々と職務を全うする。その状況が面白くもあり、怖くもありました」
――こうして菌さんのお話を聞いていると、心の中のツッコミが、そのまま本に生かされているなと。
「おっしゃるとおりで、ツッコミながら仕事をしていました(笑)。仕事する中でオチがあると、“うわ〜これめちゃくちゃ面白いな。この面白さを伝えるには、こう表現すればいいのかな”というのが、自分の中で常に発生していて。
当時はまだ4コマは描いていなかったんですけど、解説パネルや映像など、いろいろ作る仕事もあったので、そうしたものに生かしていました。
解説パネル一つとっても“必ずふざけないと気がすまない”みたいなところはありました(笑)」
なんかの菌さんが教える「水族館の楽しみ方」
――水族館に行くにあたって、楽しみ方のポイントがあれば、教えてください。
「秋は、夏よりお客さんが少なくなっていると思うので、ゆっくり見るチャンスです。これから、秋の夜長に合わせた夜のイベントなども増えていくので、情報をチェックしながら楽しむのがいいかなと思います。
生きものの視点で言うと、例えば“冬になると寒いところにいる魚が入ってくる”とか、“ペンギンが換羽に入る”とか、季節ごとに細かい変化が楽しめます。秋、そして冬、また来夏にもう1回同じ水族館に行ってみると、何かしらの変化が分かるはずです」
――展示の見方について、アドバイスはありますか?
「個人的なことで言うと、水槽の中で一匹“気になる生きもの”を決めます。
その生きものをしばらく観察すると、餌を探しているな、あの魚のことをジロジロ見ているな、横に倒れてじっとしているなとか、細かい動きが分かります。1度やってみると、面白いんじゃないかなと思います」
――よく“水槽から魚がジーッとこちらを見ている”という場面に遭遇するのですが、魚って“自分が見られている”と分かるのでしょうか。
「分かると思いますよ! すごく人を見ています。飼育員が大きな水槽の中に入ると、めちゃくちゃ全員見てくるので。職員たちも心の中で“あー見られているなー”と(笑)」
――“絶対に見てほしい!”という個性的な生きものはいますか?
「私は無脊椎の生きものが好きなので、イカがおすすめです。イカは飼うのが難しいので、実は水族館によっては、イカがいないところもあります。
もしもイカがいたら、体の模様が変わっていく様子や、こちらにアピールしている様子が分かります。泳ぐ時にヒラヒラする耳も、すごくきれいで魅力的です」
――本の中でも、イカが墨を吐いた時のエピソードが登場しますよね。
「水槽が汚れて展示が見えなくなってしまうので、あれは本当に大変なんですよ。あと、イカは生き餌が好きなので、餌をあげるのも一苦労です」
――水族館で飼育員さんに出会った時、話しかけてもいいものなのでしょうか。
「いいと思いますよ。作業中でなければ、皆さん質問に答えてくれると思います。“興味を持って聞いてくれているな”と分かると、飼育員さんもうれしくなって、ワーッと盛り上がるはず。実は、伝えたいことが山ほどある飼育員さんもいっぱいいるので、ぜひ話しかけてみてください」
――菌さんの中で、水族館に勤めたことで、何か変化はありましたか?
「視野が一気に広がりました。それまでは、美術や絵のことしかやってこなかったので、こんなに多くの人が水族館に携わっているんだということが分かりましたし、生きものを展示することで、社会的にどんな作用、どんな役割が生まれるのかということが分かって面白かった。経験してすごく良かったなと思います」
――改めて、水族館の魅力は?
「理解を超えた世界が目の前に広がっている…そしてその状況に、すごく興奮するという感じでしょうか。まだまだ、人間が理解できない生きものがいっぱいいます。その一つ一つを想像するだけで、楽しくなりますよね」
――最後に、本の見どころをお聞かせください。
「久しぶりに水族館に行くという方は、単純に生きものが泳ぐ様がきれいとか、アザラシが可愛いとか、そういうインパクトでいいと思いますが、そこからさらに一歩進んでいただいて、“何がどのように可愛いのだろう”“可愛いように見えて、実は可愛くないところもあるかも…”と想像すると、面白さが倍増します。
なんとなくモヤーッと見ると、印象がないまま通り過ぎてしまうので、僭越ながら本を読んでいただいて、一つでもいいので、ちょっと深いところを見ていただけると、水族館側としてもうれしいと思います」
▲「水族館飼育員のただならぬ裏側案内」(集英社)
【なんかの菌 プロフィール】
1983年、長野県に生まれる。神戸大学大学院にて美術史学を専攻。水族館の採用試験で物好きな館長に採用され、海水魚の飼育員を経て社会教育を担当する。現在は生きものを中心としたイラスト制作などを請け負っている。
著書に『水族館飼育員のキッカイな日常』(さくら舎)がある。『イップ・マン』のドニー・イェンに憧れているので木人椿が欲しい。
X:@washoking
(取材・文/蓮池由美子)
