芳根京子×本田響矢『波うららかに、めおと日和』はなぜ尊い? ”丁寧な対人関係”が肝に
瀧昌(本田響矢)の帰りが待ちきれないなつ美(芳根京子)は門の外からピョンと飛び出し、また別の日には酔って帰った瀧昌の胸をポカポカポカと叩いて玄関から追い出した――。
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『波うららかに、めおと日和』(フジテレビ系)でとりわけ目を引くのは、オノマトペが頭をよぎる演技だ。漫画なら間違いなくそのコマには「ピョン!」「ポカポカポカッ」と書き込まれたはずである。
恋に不慣れなふたりだ。思ったことのいくらも口にしない。これを補うモノローグや、生瀬勝久演じる活動弁士の語りに勝るとも劣らない効果を期待して採り入れたのが、くだんの演技なのだろう。
『波うららかに、めおと日和』には日本の原風景が広がる。街並みや家財は言うまでもなく、心のありようまで。手が触れるだけで照れ、一張羅に身を包んだお互いに見惚れ、幼馴染の存在を知ってやきもちを焼く。そこに尊さを感じるのはノスタルジック以外のなにものでもない。そんな世界に没入させようと思えば、やはり漫画を彷彿とするタッチがふさわしい。原風景に立ち込める靄のように、物語の背景として作用する書き割りなのだ。
この書き割りは夫唱婦随を地でいく時代の緩衝材としても機能する。
昭和11年という設定上、女性は半歩下がってついていくという社会通念が下敷きになっている。実際、なつ美はいつだって瀧昌の後ろに控えているし、「瀧昌様」と呼びかける(瀧昌はさん付けだ)。初対面の日に瀧昌に調理道具を運ばせてしまったなつ美は慌てふためくが、いまなら体力のある男が受け持ってしかるべき作業である。
もちろん、観るものを不快にさせないのは、そのような下敷きを敷きつつ、精一杯誠実であろうと努める人間として瀧昌を描くからだ。出会って間もないふたりにとってはまずはお互いを知ることが大切だから、と初夜を先延ばしにしたのには参った。
進歩的な女性の存在も利いている。職業婦人の先駆けだったタイピストとして働く芙美子(山本舞香)は視聴者の気持ちを代弁する役回りを担っている。酒の付き合いも仕事のうちという、謝っているようで謝っていない瀧昌の物言いに対し、芙美子は「仕事を盾にするのはいささか卑怯では」と横槍を入れる。
人物造形や配役の妙も見逃すことはできないけれど、オノマトペを演技に落とし込むひと手間があったからこそ、見え方が違ったのだと思う。
やりとりは手紙か電報で、1日の終わりには日記をつける。昭和ならではの時代背景にふたりの奥手ぶりも手伝って、『波うららかに、めおと日和』からは人情の機微がくっきりと浮かび上がる。
“ていねいな暮らし”が言われるようになって久しいが、現代においてはあくまで自分と向き合うものだった。日常に心地よさを求め、いらないものを捨て、部屋を掃き清め、下ごしらえにも時間をかけて料理をつくってきた。
翻ってこのドラマは、“コスパ”や“タイパ”が重視される今の時代にとっての“古き良き価値観”を他者との関係性に敷衍する。言うなれば対人関係版“ていねいな暮らし”である。それは隅々にまで息づいているが、なかでも第3話は出色の出来栄えだった。
なつ美を散歩に誘った瀧昌は帰宅後の縁側で「ほんとうは、おれの秘密の場所にも案内したかったんですけど」と笑う。そこは亡父がしばしば連れていってくれた、夏になれば蛍が飛ぶ山合いの小川だった。なつ美は両の手でしっかと瀧昌の手を包み、口を開く。「来年、(自分に言い聞かせるように)ううん。(瀧昌を見上げて)再来年も、その次も、見にいきたいです。我が家の恒例行事にしませんか? あ、まあ瀧昌さまが帰ってこられればですが……」。瀧昌は腰をかがめ、なつ美に目線を合わせ、万感の思いを込める。「我が家……。それなら……。かならず帰らないといけませんね」。早くに両親を亡くした瀧昌にとって、“我が家”というフレーズはたまらなくうれしいものだった。
瀧昌がふたたび船上の人となることを知ったなつ美は感情が抑えられなくなり、「さみしいぃ」と声をあげて泣く。あなたの孤独を解消する方法も言葉も持っていないと優しく語りかける瀧昌はこう、言葉を継ぐ。
「なので、両親の真似をします。(海軍士官だった)父は、いつも出立前に、母に髪を切ってもらっていました。それは、後ろ髪を引かれる思いを断ち切るという決意と、かならず帰るという、約束でもありました。なのでなつ美さん。おれの髪を切ってください」
いずれも、それこそ何度でも味わいたくなる、滋味溢れるシーンだ。そうしてお互いの距離を徐々に縮めていったふたりは(そこからさらに3話を要するのだが!)、晴れて結ばれる。
読点を打ったタイトルもいい。文字起こしをするとわかるけれど、実際の台詞もやたらと読点が多い。このドラマはゆっくり、じっくり生きましょう、と呼びかけている。
物語も後半戦に入り、軍靴の足音が聞こえてきた。願わくは、凪の日がいつまでも続きますように――。
(文=竹川ブラン)
