なぜ少子化なのに「発達障害の子供」が増えているのか…特別支援学校の校長が語る「生きづらさ」の正体
■大きく増えたのは知的障害と自閉症・情緒障害だが
【黒坂真由子】発達障害についての取材をしていると、「発達障害の子が増えている」という話を耳にします。それは事実なのでしょうか?
【東野裕治(大阪府立羽曳野支援学校校長、大阪府立たまがわ高等支援学校前校長)】(*1)少なくとも、特別支援教育を受ける子どもは増えています。ご存じの通り、子どもの数は減り続けています。文部科学省の資料(令和3年9月27日「特別支援教育の充実について」)では、義務教育段階の子どもの数は、2009年度に1074万人だったのが、2019年度には973万人。10年間で9.4%の減少です〔取材時(2022年8月)の最新データ〕。
一方で、「特別支援教育」を受ける子どもの数は、同じ時期に25万1000人から48万6000人と、約2倍になっているんです。
【黒坂】発達障害の子どもの場合、普通校で「通級による指導」を受けていたり、支援学級に在籍していたりすることが多いとうかがいました。ただし、知的障害を伴う場合には特別支援学校を選ぶこともある、と。
【東野】はい。「通級による指導」や支援学級は、この10年で、それぞれ2倍ほどの人数になりましたが、その内訳を見ると、ADHDや学習障害、ASDが増えているんですね。特別支援学校に通う子どもも10年で1.2倍ほどになりましたが、大きく増えたのは知的障害と自閉症・情緒障害です。ですから、これらの数字だけを見ると、「発達障害の子が増えている」ように見えます。しかし、そう単純に言い切れないと思います。
(*1)取材時は大阪府立たまがわ高等支援学校校長
■「ちょっと変わった子」が許容されなくなっている
【黒坂】なぜですか?
【東野】それは、より充実した「教育サービス」を求めて特別支援学校を選ぶ保護者が増えているからです。あとは、やっぱり世間が厳しくなったからだと思います。
【黒坂】世間が厳しくなったというと……。
【東野】昔は「ちょっと変わった子」が周りにいるのは、許容範囲のうちでした。「ダメな子」がいても、ごまめ(小魚を意味する方言)みたいな扱いで、みんな一緒に遊び、育ったものです。大きくなってからも、農作業の手伝いなど、地域のなかで何かしら役割が与えられていたと思います。だから、あまり問題にならなかったのでしょう。
【黒坂】なるほど。統計の数字を見るだけではわからないことがありますね。発達障害などを理由に特別支援教育を選ぶ子は統計上、確かに増えている。だからといって、発達障害そのものが増えているとは言い切れない。
【東野】そこから、新たな逆転現象も生じているんです。
【黒坂】新たな逆転現象とはなんですか?
【東野】普通校の支援学級にいた中学生が、普通高校に進学するケースが増えています。文部科学省の統計によれば、2011年(平成23年)に支援学級を卒業した生徒の7割近くが、特別支援学校の高等部に進学していて、普通高校に進学する生徒は3割もいませんでした。しかし、徐々に普通高校に進学する生徒が増えて、ついに2020年、逆転しました。2021年には、特別支援学校に進学した生徒は4割ほど。半分以上が普通高校に進学しています。
■支援学級から普通校に進学する子どもが増えている
【東野】以前は支援学級に通っている子どもにとって、普通高校の入試を受けて合格することが難しかったので、特別支援学校の高等部へ進学していたわけです。それしか選択肢がなかった、ともいえます。
【黒坂】それが、今は通常学級の中学生と同じように受験をして普通校に進学できるようになった。
【東野】ええ。子どもが少なくなって、入学試験のハードルが下がったということもあると思います。それに加えて、親御さんたちには、子どもをなんとかして大学へ行かせたいという気持ちが強いんです。今、高校を卒業してすぐに働く子はすごく少ないんですよ。
大学や短大、専門学校など「高等教育機関」への進学率は83.8%です(文部科学省「学校基本調査(令和3年度)」)。専門学校も含めると、8割以上の子は、20歳ぐらいまでは働かないわけです。すると保護者にしてみれば「障害のあるうちの子が、なんでわざわざ18歳から働かなければならないのか」と思えてしまう。
【黒坂】障害のあるわが子だけが、そんなに早くから働くなんて、と。
【東野】例えば、お兄ちゃんが大学に行っていたりすれば、22歳くらいまでふらふらして楽しく遊んでいたりすることもあるわけです。それなのに、障害のある弟がなんで、となるわけです。そう感じる親御さんが、すごく増えてきました。大阪では今、中学校の支援学級の卒業生で、「たまがわ」のような特別支援学校に来る子は2割もいないんですよ。
■普通校と特別支援学校の差がなくなってきている
【黒坂】大阪の中学校で支援学級に通う子どもの大半は、皆と同じように受験して、普通校に進学しているということですね。でもそうなると「たまがわ」(大阪府立たまがわ高等支援学校)のような指導がされるわけではないですよね。就業に的を絞ったきめこまかな「たまがわ」の教育について教えていただいただけに、もったいない気もします。支援学級から、普通高校に進学した生徒は、どのような教育を受けることになるのでしょうか?
【東野】大阪は国に先んじて、「自立支援コース」という高校版の支援学級をつくったり、「エンパワメントスクール」という学校をつくったりして、サポート体制を整えようとしています。エンパワメントスクールでは、これまでにつまずいたところを徹底的にやり直すといったカリキュラムが工夫されています。
【黒坂】そうすると、普通の高校と特別支援学校の差がなくなってはきませんか?
【東野】なくなってきているんです。だから「たまがわ」を希望して入れなくて、エンパワメントスクールに行ったんだけど、通ってみたらしっかりやれた、という子も結構いるんですよ。
【黒坂】それはつまり、もともと知的なハンディのある子が、特別支援教育のなかでその能力を伸ばし、普通校のなかでもやっていける実力をつけた、ということですね。その事実はうれしいですね。
■学力格差の原因は先天的なものばかりではない
【東野】「たまがわ」に入ろうという子は、ほかの選択肢と比較検討してここを選んできています。ですから、保護者にしっかりした考えがある場合が多いんです。親として、知的障害のあるわが子の将来に何が必要かを真剣に考え、就業に特化した学校を希望している。そんな親御さんのもとで育った子どもは、自分のことがよくわかっています。
そういった意味で、「たまがわ」の子たちは比較的、安定していると感じます。できることも多くあるし、できるようになることが増えていきます。
【黒坂】しかし、先ほどのお話は、知的なハンディがないのに学力がふるわない子がいることも示唆するのではないでしょうか?
【東野】経済格差が学力格差につながっているんですね。
【黒坂】学力格差の原因は、先天的なものばかりではないと。
【東野】コロナ禍において盛んになった「オンライン」での学習も、学力格差に拍車をかけています。オンラインで勉強できる子はどんな子かというと、多くは誰かがそばにいて、「しっかりやんなさい!」といってくれる環境を持っている子です。そういうなかであれば、いやいやながらも子どもたちは画面に向かいます。しかし、そういう小言をいってくれる人が誰もいなければ、わざわざオンラインで勉強する子なんてほとんどいません。まだ、子どもなんですから。
■親以外のサポートが重要になる
【東野】注意していただきたいのですが、これは例えば、「シングルマザーやシングルファーザーの家庭では、オンライン学習が難しい」とか、そんな単純な話ではないんです。うちの学校でも、離婚した家庭のお子さんはごく普通にいますが、それが子どもの学びの問題に直結するわけではありません。
大事なのは、親のサポートだけでなく、親以外のサポートがどれだけあるか。祖父母やご近所さんもそうですし、行政とうまくつながっているかもそうですね。周囲とのつながりがどれだけあるか、というところになると思います。
【黒坂】社会とのつながりの喪失も、学力格差につながっているのかもしれないということですね。経済格差の問題と併せて取り組まなければならない、大人の課題です。
【東野】学力だけの話ではありません。子どもが働きだしたら、会社がもうひとつのネットワークになるわけです。職場に若者を支える環境があれば、離職率もおのずと低くなります。そして家庭の環境も、引き続き重要です。
仕事で疲れて帰ってきたときに、「お疲れさま。明日も頑張って」と洗いたての作業着を出してもらえたら、「じゃあ明日も頑張ろうかな」と思えますよね。そうでもしなければ、18歳の子がそんなに頑張って働こうなんてなりませんよ。
■「支援を受ける力」を高める必要がある
【黒坂】障害のある子どもたちが、幸せに人生を歩んでいくためには、何が必要なのでしょうか?
【東野】「たまがわ」で、生徒たちに身につけさせようと頑張っていることのひとつが、「自己決定力」です。「たまがわ」に来る子は、これまであまり自分で何かを決定してきたことがないんです。小中学校ではマイノリティー(少数派)で、クラスやクラブの活動では、マジョリティーの決定に従ってきた。自分から何かしたいと手を挙げるのが難しかった子ばかりなんです。
しかし人生というのは、選択の連続です。ですから人に頼らず、最終的には自分で決める。それができるようにならないと、自立はできません。
【黒坂】授業のどういった場面で、自己決定を促すようにしているのでしょうか?
【東野】先生がああしろ、こうしろといわないようにしています。手取り足取り教えるのではなく、教えたことがうまくできなかったときには、「もう一回やり直してみて」といって、本人に考えさせます。失敗することも多いですよ。でも失敗からしか、学べないこともありますから。そして支援教育を受ける子どもに対しては、「受援力」をつけるように指導しています。
【黒坂】「受援力」ですか。初めて聞く言葉です。
【東野】社会でうまくやっていくためには、「支援を受ける力」も要るんです。困ったときは助けてもらう。「困っています」という信号をうまく出せるようにする。そういう力が「たまがわ」に通う生徒には必要なんです。
■気持ちを察して動くのは生徒のためにならない
【黒坂】「困っている」という発信をする練習は、どのような形でするのでしょうか?
【東野】例えば、職員室の入り口に黙って立っている子とかがいるんですよね。何か用事があるのだろうと思っても、こちらからは声をかけず、生徒が切り出すまで待つ。切り出した言葉が単語だけで、文章になっていなかったら、「誰に?」「いつ?」など、質問をします。「いわなければ伝わらない」ということを知る必要があるのです。
【黒坂】親として反省するところです。親は、子どもが何か一言いっただけで、何をしてほしいかがだいたいわかってしまうものです。それでこっちが動いてしまうから、いつまでたってもできるようにならない。
【東野】そうそう、難しいんですよ。赴任してきたばかりの先生も同じです。生徒がいう前に、察して動いてしまう。待つのって難しいですよね。でも大人が待たないと、子どもは成長しないんです。
【黒坂】就労を目指した教育をする根底には、どのような思いがあるのでしょうか?
【東野】こんな話を聞いたことがあります。「日本理化学工業」という会社の社長さんの話です。この会社ではチョークをつくっているのですが、従業員のおよそ7割の方に知的障害があるんですね。その社長さんは最初、養護学校(現在の特別支援学校)の先生に懇願されて、障害のある子を採用するようになったのですが、最初のころ、疑問に思ったことがあったそうです。
「この子たちは、施設でのんびりと暮らすこともできる。なのに、どうしてわざわざ働きたがるのか」と。それであるとき、禅寺のお坊さんに尋ねたそうです。するとお坊さんは、人間には4つの幸福があると教えてくれたそうです。
■僧侶が語った「4つの幸福」
【黒坂】4つの幸福、ですか。
【東野】1つ目が人に愛されること。2つ目が人にほめられること。3つ目が人の役に立つこと。4つ目が人に必要とされること。施設で暮らしていても、人に愛されることはかなうかもしれない。けれど、人にほめられ、人の役に立ち、人に必要とされるという幸せは、得られない。この3つの幸せは、働くことを通じて実現できる幸せなのです、と。その話を聞いて、社長さんは障害者をまた雇おうと心に決めたそうです(*2)。
【黒坂】愛されること。ほめられること。人の役に立つこと。人に必要とされること。障害のあるなしにかかわらず、胸に響きますね。
【東野】僕は、このなかのひとつでもあれば幸せは感じられると思うんですが、「たまがわ」の子どもたちが働きに出れば、そこでほめられることもあるでしょうし、人の役に立つことも、人に必要とされることもできます。
【黒坂】愛されることもあります。
(*2)坂本光司『日本でいちばん大切にしたい会社』(あさ出版、2008)
■幸せとは「自分の居場所」を作ること
【東野】「愛されること」という幸せは、多分、自分の居場所ということだと僕は思うんです。
「たまがわ」を卒業した生徒たちのほとんどは、障害者雇用で働きます。その手取りというのは、おおよそ12万〜13万円です。生活保護でもらえる金額とさして変わりません。働かなくても、生活保護を受ければ、携帯を持つことくらいはできます。多少であれば買い物をしたり、遊んだりすることもできるでしょう。でも、それでは幸せにはなれないんですね。
【黒坂】人が働くのは、お金を得るためだけじゃない。
【東野】人の役に立つ、ということが大切なんです。ここが自分の居場所だと感じ、自分が幸せだと感じられるのは、人の役に立っていると思えるからです。特に「たまがわ」の子たちは、これまで散々怒られたり、バカにされたりした経験を持つ子たちです。そういう子たちが、働くことで人の役に立ち、「おまえが休んだら困る」といわれたらそれはうれしいですよね。
幸せになるっていうのは、そういう形で自分の居場所を確保することだと思うんです。僕らもそうですよね。仕事をしていれば、理不尽なこともあるし、嫌なこともあるし、不幸な経験もするかもしれません。でも、家に帰ってほっとしたり、仕事場で仲間と励ましあったりできれば、なんとかなる。ちょっとしたところに、自分の居場所があればやっていけるんです。
そんな居場所を、障害のある子たちが見つけるのを支援することが、僕らの仕事なんです。生徒たちの新しい居場所探しの手伝いをしているんです。
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黒坂 真由子(くろさか・まゆこ)
編集者、ライター
埼玉県川越市生まれ。中央大学を卒業後、東京学参、中経出版、IBCパブリッシングをへて、フリーランスに。ビジネス、子育て、語学などの書籍を手掛ける傍ら、教育系の記事を執筆。絵本作家せなけいこ氏の編集担当も務める。日経ビジネス電子版で、連載「もっと教えて! 『発達障害のリアル』」のほか、短期連載「養老孟司と『死にたがる脳』」などを担当。著書に『発達障害大全 「脳の個性」について知りたいことすべて』(日経BP)がある。
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東野 裕治(ひがしの・ゆうじ)
大阪府立羽曳野支援学校校長
大阪府立たまがわ高等支援学校・前校長。1962年生まれ、大阪府出身。大阪教育大学を卒業後、大阪府内の中学校で数学教師を14年間務めた後、大阪府立の特別支援学校へ転勤。肢体不自由と知的障害の特別支援学校をともに経験。大阪府教育委員会(現:大阪府教育庁)で首席指導主事、参事を務めた。府立支援学校の5校で校長職を歴任。
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(編集者、ライター 黒坂 真由子、大阪府立羽曳野支援学校校長 東野 裕治)