「この業務は、政府が認定した機関でないとできませんし、法令の下で動きます。創薬の仕事も複雑化してきましたし、(治験も)アウトソースしたほうがいいということで、そういう風が吹き始めたのが1990年代ですね」

 永田さんが社長に就任したのは1991年。父親の代にこの業務が始めたが、その時から数えると65年が経つ。

「この65年の間で培ってきた技術とか、組織力を活かして、新しい課題にもどんどん対応できるようになりました」と永田さん。

 人の命を守る新薬開発の舞台裏で、長い間、関係者の努力が続けられ、人と人のつながりで、治験の仕組みが築かれてきたということである。


グローバル対話を欠かさず

 新薬開発は、国と国を超えて関係者が集まり、手を携えて進めていく。新日本科学は、米国の大手CRO、PPD社から「ジョイント・ベンチャーを一緒にやらないか」と提案を受け、以来、関係が続く。

 また、永田さん自身、米国に進出し、CROを手がけ、米国内での独自の基盤を構築。

 視点は、「世界を相手にする仕事」、つまり国際共同治験である。

「グローバルスタディというんですけど、これは世界で一気に臨床試験をやるんですよ」と永田さん。

 PPDは世界50か国でそうした仕事を手がけてきた実績を持つ巨大組織。そういう相手と提携しての同社の業務展開。

 PPDは米ノースカロライナを本拠に、ロンドン、マドリッドと世界の主要都市に拠点を構える。

 そうした世界各地に散らばる幹部と毎月1回、WEBで会議を開催している。

「毎回2時間位、英語でのやり取りです。ご飯はもう午後8時までに食べないといけない。いつも美味しいビールも飲めないし、ワインも飲めないんですが、話が盛り上がるのが楽しみです」という永田さんである。


南青山に〝小山〟を!

 東京に〝青い小山〟を─。

 洒落たファッション店などが建ち並ぶ東京・港区南青山に、緑あふれる小山をつくろう─という考えを打ち出すのは、東英弥さん(1952年=昭和27年生まれ)。

 社会人教育の大学院、事業構想大学院と社会構想大学院を経営する東さん。宣伝広告に関する雑誌『宣伝会議』などの事業でも存在感を示してきた東さんだが、今回、南青山に小高い山をつくるという構想にはビックリさせられる。

 なぜ、南青山に山なのか?

「明治神宮から表参道を経て、根津美術館まで歩くコースは、この辺りを散策する人にとって人気があるんですが、途中でホッとする所がないんですよ」

 事業構想大学院の隣にはUR都市機構の空き地があり、協力して「表参道に青山」をつくりたいのだという。

 同構想が正式に実現するかどうかは、UR所有地がどう活用されていくかにもよるが、東京のど真ん中に小山をつくる─という発想が面白い。