Audi e-tron GT」がアウディの新しいフラッグシップカーであることは、時代の流れとして歓迎すべきことだろう。なにしろアウディの“フラッグシップEV”ではなく、新しいフラッグシップカーなのである。

「「Audi e-tron GT」は、スーパーカーのような性能とEVらしい快適さを兼ね備えている:試乗レヴュー」の写真・リンク付きの記事はこちら

それにアウディは、欧州で夏に発売するコンパクト電動SUV「Audi Q4 e-tron」が、英国におけるアウディの全モデルのなかでエンジン搭載モデルの「Audi A3」に次ぐ第2位の販売台数になると予想している。そこからも、世界最大級の自動車メーカーに大きな変化が起きていることがわかる。まさに転換期に達したようにも感じられるかもしれない。そしてアウディは、間違いなくそう考えている。

「クルマ」としての性能を訴求

Audi e-tron GTは実際のところ、ポルシェのEV「Taycan(タイカン)」の“姉妹車”だ。どちらもフォルクスワーゲン(VW)グループが開発したプラットフォーム「J1」をベースとしており、外観こそ大きく異なるが駆動技術はほぼ共通している。

タイカンとの最大の違いは、Audi e-tron GTがグランドツアラーであることだ。つまり、アクセルを踏むだけで活発な走りを楽しめる一方で、タイカンより快適な長距離移動に向いているということである。

これまでにアウディは、さまざまなEVを「e-tron」シリーズに投入してきた。これまでアウディの担当者はe-tronシリーズの「EVらしさ」を訴求していたが、今回は走りや外観、性能などを強調している。

例えば、英国人俳優のトム・ハーディを起用したグローバル広告キャンペーンでは、「EV」という言葉は出てこない。これはマーケティング戦略であると簡単に片付けられるかもしれないが、アウディはAudi e-tron GTに「EV」としてではなく、「クルマ」として心から大きな期待を寄せているようだ。

2モデルの少ない能力差

Audi e-tron GTには、ふたつのモデルが用意される。「e-tron GT quattro」と、「RS e-tron GT」の2種類だ。

とはいえ、出力が440kWあるパワフルなRSモデル(11万950ポンド、日本では1,799万円から)の必要性は薄いように感じられる。ポルシェの「Taycan 4S」と同じ出力があるquattroモデルの時速0-100kmの加速は4.1秒で、RSモデルよりわずかに0.8秒遅いだけにすぎないからだ。

それにどちらのモデルも最高速度は時速245kmで、全輪駆動になっている。また、タイカンと同じ2速トランスミッションを搭載したことで、スタートダッシュと高速走行時の効率性を両立させている。バッテリーも同じで、どちらも容量が93.4kWhだ。

乗り心地については最高出力350kWのquattroのほうがややソフトで、特に長距離ドライヴに適している。パフォーマンスを重視したいなら、両モデルともに「ブーストモード」を備えている。このモードならquattroで390kW、RSで475kWまでパワーを高めることができるが、ブーストを維持できる時間はわずか2.5秒だ。

PHOTOGRAPH BY AUDI

走行可能距離は、Audi e-tron GTの数少ない潜在的な弱点のひとつといえる。一般的にEVに乗り換える人は1回の充電で300マイル(約482km)以上の航続距離を期待しているが、Audi e-tron GTのWLTP基準での航続距離はquattroで303マイル(約487km)、RSで293マイル(約471km)で、その期待値にぎりぎり到達する水準だ(これはタイカンをわずかに上回る)。ただし、控えめな運転をしなければ理論値に近づくことはできないし、実際にテストの際には近づけなかった。

それでもシステム電圧が800Vのアーキテクチャーを採用したおかげで、最大270kWでのDC充電が可能になっている。理論上は、わずか5分で62マイル(約100km)の航続距離、23分未満で80%の充電が可能だ。もちろん、このスピードで充電できる場所を見つけることは別問題である。今後はユーザーがEVに移行する際に、こうした点が航続距離への不安よりも大きな課題になるだろう。

能力を誇示しないというスタイル

外観のデザインはスタイリッシュで、オリジナルのコンセプトカーに限りなく近い。それにもかかわらず、内在するパフォーマンスを誇示せずに伝えるという巧みな芸当をこなしている。Audi e-tron GTのフロントとリアのライト部分には、アウディ初のEVと同じく複雑なパターンが採用されており、e-TronのDNAを感じられる。

「マトリクスLED ヘッドライト」はオプション装備(RSモデルには標準)だが、このシステムを搭載していれば、前方の道路に矢印を投影して車線維持をサポートしたりもしてくれる。なお、技術的には壁に動画を(白黒で)投影することさえできる。これをアウディはコンセプトモデルでは実現しているが、今回は即席のドライヴインシアターをつくれる機能は搭載されていない。

内装は相変わらず控えめだ。タッチスクリーンはひとつだけで、わかりやすいとは言えないものの実用的なユーザーインターフェース(UI)と、ありがたいことに十分な数の物理的なスイッチがある。画面上で操作できるものはすべて画面で操作すべき、と考える時代は終わったのだ。

ダッシュボードを埋め尽くすディスプレイがないことで、EVとしては物足りないインテリアであるとの意見もあるかもしれない。だが、これも「たまたま電動だった」というグランドツアラーをつくったアウディの選択なのだ。それに、もはやトランスミッションが存在しないトランスミッション用トンネルなど、おなじみの構造からの脱却は早ければ早いほうがいい。

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見た目には適度な高級感があるが、木材とレザーに見えるものはヴィーガン仕様のイミテーション素材で、シートには再生繊維が使われている。そしてもちろん、後部座席には大人ふたりがゆったりと座れる。

Audi e-tron GTのサウンドについても触れておく必要があるだろう。このクルマのサウンドをデザインするために、アウディは多大な労力を費やした。膨大な種類のサウンドを試し、ミックスし、デジタル処理し、最適なサウンドをつくり上げたのだ。

オーストラリア大陸の先住民アボリジニの管楽器であるディジュリドゥの音は却下された。エレクトリックギターをヴァイオリンの弓で弾いた音も却下された。最終的にアウディのサウンドデザイナーが選んだのは、長い金属パイプに扇風機で風を送り込んだときの音だった。シンプルではあるが、これが“電気的”かつ未来的な音色を生み出したのである。

このサウンドについて不満に感じる点もある。サウンドを程度の差こそあれ車内外に出せるというのに、音楽用のスピーカーとは別に追加コストを払って完全なスピーカーセットを購入しないと、その完全なサウンドエフェクトを楽しめない点だ。これはほかの部分に感じられる寛容な精神とは一致しないようにも思える。

真のグランドツアラー

Audi e-tron GTはスーパーカーのような能力をもっているにもかかわらず、運転しやすいクルマである。驚異的なグリップ力、俊敏なハンドリング、正確なステアリング、衝撃的な加速──。これらすべてが2.3トンの車重をはるかに軽く感じさせ、何時間でも快適に運転できる。実際に「Taycan Turbo」やテスラ「モデルS」と同じくらいに速い。それに美しさの面でも、よりスポーティーなタイカンに勝てるかもしれない。

テスラが最新のモデルSで500マイル(約800km)の航続距離を謳っていることから、航続距離を問題にする人もいるだろう。そういう人は、顧客からの不満の声がほぼ聞かれないアウディの製造品質を考慮する必要がある。これと同じことはテスラには当てはまらない。また、現時点でのエントリーモデルとなるquattroの価格は80,850ポンド(日本では1,399万円)からで、新型モデルSより低価格だ。

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おそらく最も評価できる点は、Audi e-tron GTがタイカンと基本構造を共有しているにもかかわらず、ポルシェとはまったく異なるクルマに仕上がっていることだろう。これはメーカーがEVのプラットフォームを共有することに不安を感じている人にとって、いい兆候である。

このクルマは真のグランドツアラーだ。真の快適さとスタイルによって長距離運転を楽しめるようにつくられている。アウディの新しいフラッグシップは確実な成功が約束されている。アウディとしてはEVであることを強調したくないかもしれないが、強調してくれたら非常にうれしいことである。

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