青木真也が口撃「朝倉未来はヤンキーカルチャーに適合した商売上手」

「空気を読まない」ことをウリに格闘技界をサバイブしてきた “孤高の格闘家” 青木真也(37)。
そんな彼の著書、『距離思考 曖昧な関係で生きる方法』(徳間書店)が話題だ。同書には人生の “答え” として「ファミリー」という概念が頻繁に登場する。
青木が言うファミリーとは、日本語訳の「家族」とは異なる。簡単にいえば「仲間」。それもお互いが会いたいときにだけ会い、助けが必要なときは手を差し伸べる、きわめて曖昧な関係の仲間だ。これが、30代半ばで青木がたどり着いたひとつの答えだ。
格闘家としてベテランの域に入ってきた青木は、いま何を考え、何を思うのか――。3冊めとなる著書(技術書を除く)を出したばかりの、“言葉を持つ格闘家” 青木に話を聞いた。
――そもそも今回の本を書こうと思った動機は?
青木真也(以下・青) 僕は今年37歳になったんですけど、僕と同年代の1983年組ぐらいの世代って、みんな会社の人間関係だったり、家庭のことだったり、いろんなことに悩んでいるんですよね。そういうことに対して、常々もっと緩くていいんじゃないの? という思いがあったし、いちいち完全なものを求める社会に対する違和感があったんです。
――奥様との別居も関係ありましたか?
青 そうですね、家庭を壊したのもあるし、格闘技を続けるなかで負けが込んだりとか、いろんな経験をしていくなかで気づいたのが「ファミリー」という概念。30代半ばぐらいで、ようやく情熱の量が同じ、同世代の頑張ってる奴らに出会えたことで、僕自身が救われたんですよね。
――ファミリーに出会うまでは、孤独と闘う日々を送ってきたということですか?
青 もうもうもう、ホントにそうです。僕、メジャーデビューしたのが22歳なんで、大卒ぐらいからずっとですよね。孤独感をずっと感じてました。特に、僕の場合は若いときにわりと成功といったらアレだけど、年齢よりも早く上に来ちゃったんで。
普通、格闘技選手って、トップにいる旬の時期が短いんですけど、僕は22〜23でメインどころに来てから、ずっと今まで来ちゃったんで。僕と同じレベルで、同じように感じている人がいなかったというか。
――若くして登りつめたゆえの弊害ですか?
青 めちゃくちゃありましたね。でも、那須川天心なんか、僕が感じている以上に孤独だと思いますよ。多くの人は那須川天心を観て「輝いてるね」って言うけど、あれだけの成績を、あの年齢で残してたら、絶対に彼にしか見えてないもんがある。
ということは、それだけ苦しいし、彼の思いは理解されないはず。そこは僕ですらわからない。ただ、わかるのは「すごく苦しいんだろうな」って。
――若いころの自分と、天心選手を重ね合わせて見たりしますか?
青 いや、僕はあんなに高いレベルじゃなかった。もっと下だから、そういう意味ではないですね。
――青木さんは30代半ばにして、お互いに切磋琢磨できて、弱いところも全部さらけ出せるようなファミリーと呼べる存在と出会えたわけですが、そうしたファミリーと出会うためには、そこに至る過程も大事ですか?
青 そうですね。要は、なんの仕事でもやり続けて、自分がある程度の力をつけるしかない。よく言うんですけど、僕はふだん一緒にいるメンバーと対等に話せるようにするため、日々頑張るみたいなところがあって。
たとえば僕、嫌いなんですけど、「(青木さんと)お話ししたいです!」みたいに軽く言ってくるヤツいるじゃないですか。あれって、「いやいやいや。話にならねえよ」「対等に立てないよ」みたいに思うことがよくあるんです。
僕は深く話をする人間とは、お互いめぐり合うものだと思っているんで、「お話ししたいです」とか「1回話してみたいです」みたいなヤツは、たいていダメだなと思ってます。

――「孤独とどう向き合うか」というのも本書のひとつのテーマだと思いますが、青木さんは自ら孤独な環境に身を投じたり、人と距離を取ったりされてきた一方で、じつは誰よりも人が好きなんじゃないかという気もするんですが……。
青 僕、人好きですよ。やっぱりスポーツを観るときも、その人の人となりだったり、ヒューマニズムがあるからおもしろいんであって。ただたんに運動が得意な人が、得意な運動やって足が速いだけじゃ、なんの魅力も感じないじゃないですか(笑)。
――何もおもしろくないですね。
青 そうでしょ。だから、アスリートの本って売れないんですよ。だって、『レスリングに出会いました、メダル2つ取りました、強いです』って言われても、買わないでしょ。そこに自分の人生に置き換えられることがあるから、買うわけじゃないですか。
――確かに。だけど、青木さんは、人嫌いなんじゃないかって思ってるファンもけっこう多い気がしますが……。
青 僕は不完全が美しいと思ってるんで、若いコたちをずっとニヤニヤして後ろから見てるタイプです(笑)。こいつ、すごいダメなヤツなんだぜっていうのを楽しめる度量というか、器は持っていたいなって。基本的には人間ってダメなもんだし、どれだけダメかが魅力みたいなとこあるじゃないですか。
――ありますね。本書で「孤独をとことん研ぎ澄ます時間を持つことで、人間としての深みが増す」とも書かれてましたが、人生において1人の時間をどう過ごすかって、けっこう重要ですよね。
青 そうなんですよ。スポーツ選手って、じつはめちゃくちゃ暇なんです。だって、やることないんですもん。練習と試合ぐらい。あとはプロモーションとかなんで、自分に投資する時間がめちゃめちゃあるんですよ。そこで何をするかで変わってくる。
――そこで青木さんの場合は、読んだり、書いたり、インプットしているから、ほかの方とは違う個性が出てくるってことですよね。
青 はい。僕からすると、ほかの格闘家って言葉を持ってないんですよ。だから、インタビューが長い。試合後の囲み取材が10分で終われないというか、キャッチになることをしゃべってやれよって。
この本でも、プロレスと格闘技みたいなことを書いてますけど、アスリートになると、皆、競技力のことばっかり考えるんですよね。どんだけ速くとか、どんだけ強くとか。
そうなると、いかにしゃべって人を魅了するかみたいなクリエイティブを考えることがなくなってくるし、それは不要だっていうのがアスリートなんですよ。だから、オリンピックアスリートはおもしろいことを言わない。
――確かに。言う必要もないですからね。
青 でも、そういうもんじゃないよねっていう。人を魅了する商売っていうのは、言葉があって伝わる部分もあるわけだから。
――それは青木さんが、もともとプロレスファンだったことも要因としてあるんですか?
青 僕のなかで総合格闘技、MMAっていうのは、プロレスの一部なんで。プロレスファンで、プロレスが好きだったっていうのがあるから、どうやって言葉で伝えるか、どうおもしろいことをするかっていうのに注力してますけど、格闘技選手ではほとんどいないですよね。
――朝倉未来選手なんかはどうですか?
青 また、ちょっと違った文脈かな。彼はすごく商売がうまくて、けっして言葉が強いタイプじゃないですよね。すごいヤンキーカルチャーに適合してるから。僕、自分の商売スタイル的にも、絶対あれできないですもん。
いちばん人が多い層にドンッて行ける、あの照れのない強さ。あれはすごい。僕なんかは、どっちかというと偏差値60以上とか、キレッキレの格闘技ファンとかクリエイターとか、そういう層に響かせたいんですよね。僕がYouTubeやってない理由はそこですからね。
――それは要するに、ユーザーの……。
青 質が悪いから。YouTubeで視聴率を稼ぐには、なんか突飛な芸人みたいなことやんなきゃいけないんですよ。ぼったくりバー行ってみた、みたいな。そうすると、びっくりするぐらい客の質が悪くなる(笑)。だから、そこは相手にしたくないなと思ってて。頭悪いヤツが客として来るんだったら、違うとこ行ってくれよと思っちゃう。
――そこまで言い切りますか(笑)。格闘家としての自身のキャリアは、そろそろ最終章に入ってきたみたいなことも言われていますが、格闘家をやめるときは、プロレスもすべてやめるつもりですか?
青 いや、僕、別に格闘技の選手は引退しないんで。パフォーマンスは日々落ちていきますけど、落ちていくことを認めつつ、試合もするし。
――じゃあ、50歳ぐらいになってもやっているかもしれない?
青 はい、好きなうちはずっとやると思います。まあ、楽しいですからね。試合っていう表現をしなくなったとしても、違った形で自分を出せばいいし。あんまり意識してないし、格闘家っていう肩書が変わることはないと思います。
――最後に、ファンの方に伝えたいメッセージをあらためてお願いします。
青 とにかく自分の型を見つけて、いろんな社会的圧力に縛られずに、まさに曖昧な距離感で生きていけばいいんじゃないかっていうことですよね。その人にとってのファミリーを見つけてね。
