日本初?リモート研修中にクビになった、法政大卒新入社員の末路
コロナ禍が依然として続く日本社会。今年4月、多くの企業で新卒社員が入社したが、少なくない企業が新卒社員を出社させず、オンラインで研修を実施している。そんな不安な状況が依然続く中、すでに入社した会社でクビを言い渡された元新卒社員がいる。しかも、なんと彼はオンライン上の態度などで解雇を決められたという。
上司とのコミュニケーションは原則パソコン画面上のみ。にもかかわらず、5月初頭に“クビ”を宣告。一体、この若者にどんな問題があったのか。これはコロナ後では、日本初の事例なのだろうか……。
■法政卒業後、一部上場IT企業に就職。しかし…
吉田陽太くん(仮名・23歳・千葉県出身)は、法政大学文系学部を卒業後、東証一部上場企業であるIT企業のS社に就職。社員数は約2900人、資本金は約15億、携帯電話向けソフト開発・技術支援が主力の大手企業だ。
「もともと、就職活動時代はマスコミで記者職を志望していたのですが、受かる気がしなくて、滑り止めで受けた業界売上最大の大手タクシー会社とS社に内定をいただきました」
結果、「IT業界のほうが、長期的な可能性がありそう」ということでS社を選んだ吉田くん。
学生時代はヒッチハイクやママチャリなどで国内外を旅行し、卒業前にはアフリカ大陸の縦断旅行を決行。「思い立ったらすぐ行動」「やらない後悔よりやって後悔」が吉田くんのモットーだ。
「せめて就職前に思いっきりやりたいことをやろうと思って。お金のやりくりは大変でしたが、よい思い出になりました」
吉田くんは、新型コロナウイルスが猛威を振るう直前である今年3月にもタイ旅行へ出かけた。
予約していた航空券は一度コロナの影響で欠航となったが、別の航空会社のチケットを取り直してタイへ最後の学生旅行を楽しんだという。
「内定先から課題も出されていましたが、『旅行があるので提出が遅れます』と事前に伝えたところ、了承していただきました。いい会社だと思いましたね」
■「君はマナーが悪すぎる」
迎えた4月1日。この日は同期300人と顔を合わせる入社式のはずだった。
だが--。
「コロナ禍により、新卒研修はすべてオンラインで行われることが通達されました。内容は、マナー講習に始まり、人事の方のセミナーを聞くほか、ビデオチャットしながらグループ課題をするというもの。期間は4月から6月までの3カ月です。原則ワイシャツを着て自宅から参加することが課せられたので、それに倣って部屋でネットをつなぎ、パソコンで研修を進めました」
こうして研修から1カ月が経過した5月。
ほとんどの同期とは顔を合わせぬまま、GWに差し掛かったタイミングで、吉田くんのもとに一本の電話が入った。
「人事担当の男性社員から、明日急遽会社に来てほしいと言われました」
翌日。
スーツを着て千葉の自宅から地下鉄東西線を乗り継ぎ、40分かけて初めての通勤をした吉田くんは、人事担当者と顔を合わせ、開口一番にこう言われた。
「先に結論を言います。吉田くんはうちの会社に合わない。自己都合か、会社都合がどちらか選んで会社を辞めてもらいます」
■リモート研修で「画面越しのマナーが悪いからクビ」
「すみません、急に言われて、ちょっと混乱しています……。理由がちょっとわからないんですけど……」
動揺した吉田くんは、当然ながら上司に説明を求めたという。
「君はマナーが悪い。うちはIT企業だけど、技術よりもマナーをとても重視している会社です。吉田くんが研修を受けている様子を画面越しに見ていると、はっきり言って態度が悪すぎる。君はうちの社風には合わないと判断しました」
しかし、吉田くんにはそれが思い当たる節がない。
「研修中はメモをとり、画面を見て話を聞いていたつもりです。正直、言いがかりだと思いました」
■講義中のカーディガンと立膝が決定打
そもそも、画面越しで話を聞いているときに「態度が悪い」ということなど本当にあるのだろうか。
面談ではその疑問もぶつけたという。すると人事担当者は具体的に彼の態度の悪い行動について次のように指摘した。
「吉田くんは、画面越しで顎の下が見えず、ちょっとはみ出している時がある。それに、ワイシャツの上にカーディガンを羽織っていたでしょう。ある講義では、立膝で話を聞いていた。態度が悪いんです」
しかし、それは絶対に誤解だと吉田くんは言う。
「たしかに画面内に自分の顔がすべて収まらないときはあったとは思いますが、それがなぜダメなのかわかりません。人事の方に『一時的に顎が映らなくなるのはマナー違反なんですか?』と聞いたら『そうだ』と言われました。また、寒かったのでカーディガンを羽織ったのですが、それも事前に伝えていないのでダメだと言われた。それから立膝で話を聞いていたというのは完全なる誤解で、そんなことはしていません」
さらに、入社前に課せられていた課題提出が遅れていたことも指摘されたという。
「これは、卒業旅行に出るので提出が遅れると事前に伝え、了承してもらっていました」と吉田くん。
しかし、会社から下された結論は変わらなかった。
■研修しなくていいけど、出社はしろ
人事担当者はこう続けた。
「今のうちに転職すればなんとかなるでしょう。明日、正式に退職届を書類に記入してもらい、5月いっぱいの在籍とします。それから、明日以降はオンライン研修に参加しないでください。今日をもって研修用のアカウントは無効にします。ただ、出社しているという形はとってもらいたいので、社内チャットに毎日定時に“出社”と“退社”の打刻はしてください」
研修は受けられないにもかかわらず、毎日の出勤は課せられる。そして、自己都合か会社都合かを選ばせる形でのリモート研修中のクビ宣告。すべて入社1カ月の新人に襲いかかる事実としてはあまりにも耐え難い屈辱だろう。
「コロナ禍のいま、職務経験なしの僕を雇ってくれるところなどあるのでしょうか……。転職活動を開始しようにも正直不安しかないです」
■「クラウドファンディングでプログラミングスクールに通いたい」
翌日、吉田くんは会社都合での退職を選び、気持ちを切り替えて新たな道を模索することにした。
その選択肢は……。
「エンジニアを目指すためのテックキャンプというスクールに通おうかと思っています。ただ、初任給もまだ入っていないのでお金がない。そこでクラウドファンディングで学費を集めようと思っています」
吉田くんによると、スクールの学費は70万円。これに加え、最新のMacBook Air14万8000円と、クラウドファンディングの手数料を含む約100万円を募集する予定だ。
「学費を支援していただいた方には、僕がアフリカ旅行に行ったときにもらった各国の小銭のお釣りや、旅の写真、あとは僕とお茶する権利を与えようと思っています。1万円以上の高額の支援を頂いた方には、僕が卒業したあとに制作したホームページに名前を載せるなど、僕を10時間自由に使ってもらう権利をプレゼントしようと思います」
■「クラウドファンディングで学費は集まるか?」という壮大な実験
だが、どうやらその道は難しそうだ。
ためしに、クラウドファンディングサイトの一つであるCAMPFIREのページで「学費」と検索してみると、出てくるのは約90件。
そのうち、個人の極私的理由で学費を募る案件は調達額がほぼ0円で、集まってもせいぜい3万〜20万円程度だ。
プログラミングは学びたい。だけどお金はない--。
ならば、吉田くんはこれまでの貯金を切り崩すなどし、実家で同居する両親に学費を借りてエンジニアを目指す道は考えていないのだろうか。
また、5月まで在籍していることになっているS社の給料を学費にあてることもできるはずだ。
「両親にはアフリカ旅行の際に30万円借りているので、もうお金は借りれません。S社の給料は学生時代に消費者金融で借りていたお金の金利返済に充てるので、残額はゼロです」
■実は消費者金融から借りた40万、利息分しか返せず
実は吉田くん、昨年9月のアフリカ旅行の際に20万円、さらにタイ旅行の際に約20万円を消費者金融から借り入れていたのだ。
「毎月9000円ずつ返していると思っていたのですが、先日、先輩にお金の件を相談したところ、『キミが返済しているのは元本ではなく利息分だけで、元本は減っていないよ』と言われて、その事実を初めて知りました。元本は一切減っていない借金を抱えている今、プログラミングスクールに通うお金を自分で工面するのは限界があります」
こうしてコロナ禍のいま、お金も職も失った元新卒社員である吉田くん。
「念のため、クラウドファンディング以外に同時進行で転職活動もしてみようと思います。ただ、リモート研修中に1カ月でクビになったこんな僕を雇ってくれる会社はあるんでしょうか……」
「プログラマーになりたい」という情熱をカタチにしたい彼の壮大なる実験は、果たして身を結ぶときが来るのだろうか--。
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鈴木 俊之(すずき・としゆき)
編集者・ライター
1985年生まれ。12年法政大学卒業、出版社入社。月刊誌編集部を経て15年独立。専門分野は金融、起業、IT、不動産、自動車、婚活、美容など。
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(編集者・ライター 鈴木 俊之)