小林よしのりが演歌歌手・市川由紀乃と対談「妖艶すぎる!」

漫画家・小林よしのりが絶賛した、美人演歌歌手・市川由紀乃。ついに2人の対談が実現した。
――『週刊FLASH』(2020年1月28日号)に掲載された『よしりん辻説法』で、よしりん先生が好きな演歌歌手として市川さんをあげました。漫画をご覧になった市川さんから、先生あてにお手紙をいただいたのが、この対談のきっかけです。
小林 お手紙、嬉しかったですよ。わしね、へんなこと描いてなかったかと思って、自分の漫画を読み返してしまったんだから(笑)。
市川 私、『おぼっちゃまくん』も大好きで……。こういう形で、漫画のなかに登場させてもらったのがとても嬉しかったです。思いをお届けできないかと、すぐに私から事務所の方にご相談したんです。
小林 昨晩、『うたコン』(NHKの音楽番組)を観ましたよ。『アンコ椿は恋の花』を歌ってたけど、いやぁ、都はるみの次に上手いね。
市川 ありがとうございます。
小林 あの歌は難しくて、こぶしを利かせすぎると、わざとらしくなってしまうんだけど、市川さんはすべてが適度で具合がいい。それでいて力がみなぎっているから、相当な歌唱力があるんだなぁと、あらためて感心しました。
市川 私、嬉しくて、光栄で……。いま泣きそうです。
小林 何を歌っても巧みに歌いこなすね。わし、漫画のペン入れするとき、YouTubeで市川さんの歌を流しながら描いてるんですよ。
それで去年あたりから、「市川由紀乃という、すごい美人で、歌の上手い演歌歌手がいるんだ」ということを、担当編集に話したりしていて。
じゃあ演歌歌手をテーマに一話描いてみようとなって、市川さんのことを漫画に描いた後、レコ大の「最優秀歌唱賞」を受賞されたんですよね。
■よしりん先生の考える市川さんの魅力とは
小林 わし、演歌の番組は『うたコン』と『新・BS日本のうた』をチェックしてるんだけど、市川さんが出演してるときだけ観てるんですよ。出てなかったら観ない!
まず、市川さんの容貌のファンになりました。歌ってるときの表情が本当に美しい。雰囲気がいいから性格もよさそうなんだけど、歌うと色気が非常に出てくる。思わず食い入るように観てしまってます。
――先生のお気に入りの曲はなんですか?
小林 いちばん好きな曲は『年の瀬あじさい心中』。ものすごい好きで、何十回聴いたかわかりません。
市川 そこまで聴いてくださってるんですね。私も大好きな歌なんです。
小林 あれを聴いてると、わしも才能ないほうがよかったなとか思っちゃう。世の中に認められず、人生に絶望している男に、女の人が「一緒に死んでもいいわよ」と語りかける。
でも、「希望があると思うんだったら、一緒に住んでもいいわよ」とも。年の瀬で、「除夜の鐘までに考えて」と言いながら……。
《死ぬも生きるもつき合うわ》という歌詞に、ぞっとするほど感動します。男にとっては聖女のような女性で、心に響くんじゃないかな。
市川 包み込むようなイメージですね。私自身、男性を好きになったら、とことん尽くしたいタイプなんです。
小林 女性の情念を歌った演歌というのは、石川さゆりみたいに、「『殺していいですか』というほど愛している」などと攻めていくことが多いじゃないですか。
でもこの歌、全然違うんですよね。「死ぬのにも生きるのにもつき合える」という女性の感覚……これはとんでもないなぁ。こういうタイプの女の人って、やっぱり実際にいると思うんですよ。こんな女性と出会える男がつくづく羨ましい(笑)。
市川 先生が仰った『天城越え』のように、「誰かにあなたを盗られるぐらいなら殺します」という心境もよくわかります。
小林 ほぉ〜。
市川 でも、好きになった相手が求めてくるものが大きいと、そこに自分がたどり着けるのかとか悩みますね。自分を磨きながらも頑張ってはみるんですけど、なかなかうまくいかなかったり。そんな恋愛をすることで、いろいろ学ばせてもらいました。
育った家庭環境もあるかもしれませんが、男性には常に頼っていたいという気持ちはありますね。
小林 それ、健全なんじゃないかと思うんだけどね。そういう男女の関係性って、フェミニストの人たちから悪いことのように言われたりするけど、庶民感覚はそうなんじゃないかな。
たとえば、「芸のためなら女房を泣かす」とか言うと、最悪な男だと言われてしまう。セーターを編んでどうのこうのっていう演歌があったけどね。都はるみさん?
市川 あ、『北の宿から』ですね。「着てはもらえぬセーターを、寒さこらえて編んでます」と。
小林 そうそう、あれとかもフェミニズムの人から相当攻撃される。けれども、わしは好きなんですよね。わしは、女性の地位は向上しないといかんと思ってるし、男尊女卑は大嫌い。
男が傲慢になってはいけないのはもちろんだけど、女性にはこの歌のような優しさとか、許す包容力ってあるんじゃないのかな。そんな感覚を、演歌が若い人たちにも伝える役割を果たしてくれている。
小林 先日、テレビ番組で、まだ子供の頃の市川さんがドレスみたいなのを着て、ステージで歌う映像を観たんですよ。めちゃくちゃちっちゃいんだけど、歌い始めたらものすごく妖艶で。
市川 赤いドレスを着てましたか? スパンコールの……。
小林 そう、あれは何歳のとき?
市川 小学校4年生くらいですね。
小林 小4!? 歌い方がもう完全にできあがった大人の歌い方でしたよね。
市川 ありがとうございます。「恋が終わって鴎が泣いた 夕陽沈んでなみだが落ちた」っていうフレーズの、小林幸子さんの『別離』という歌を歌っていました。
そういう心境、今なら理解はできるんですけど、当時は歌詞の意味もわかるはずなくて。何かこう、わからない歌を歌いたいという願望があったんですよね。
用意してもらった露出度の高いスパンコールの衣装に恥ずかしい思いもありながら、歌い出すと、歌が大好きなのでその世界を自分なりに解釈して入るという……。あの映像はいま観ても恥ずかしいです。
小林 いや、恥ずかしいって言うけど、もうすでに歌に入り込んでいたね。美空ひばりとかが、ちびっこのときに大人の歌い方を最初からしてたじゃない。
それを聴いて、「子供の歌い方じゃない」と怒る人もいたけど、天才は仕方ない。いきなりそういう歌い方ができちゃうわけだよ。感情の機微を表現することが、小さい頃からできてしまう。
だから、市川さんが小さいときからああいう歌い方してたのを観て、やっぱり生まれ持っての才能だなと思いましたね。
市川 ありがとうございます。
小林 子供の頃、音楽教室とか通ってたんですか?
市川 小学生のときは母と一緒に自己練習ですね。レコード盤を買って、「8トラック」というカラオケの機械で練習してました。ひたすらオリジナルの方の歌を何十回と聴いて。
小林 母親が教えるの? 歌い方を?
市川 はい。
小林 すごいね。美空ひばりもお母さんがすごく教育してたよね。
市川 母も、歌や華やかな芸能の世界が大好きでしたので。一緒に歌って練習していました。
小林 親子でそうならざるを得ない道に入っていたってことですよね。
市川 そうですね。私の家庭は、母と、体の不自由な兄がいまして。両親が中学のときに離婚し、家族3人で暮らしていくなかで、「いつか自分が歌手になって、将来的には歌で家族を支えていけたら」という夢を持ち始めまして。
自分でも勉強して、やれるとこまでやってみようと、いろいろオーディションも受けました。
小林 なるほど。一時、ブランクもありましたよね。
市川 はい、やめていたときもありました。
小林 ご病気か何かですか?
市川 いえ、病気ではなくて精神的な……。当時、同年代の歌い手さんがキラキラ活躍していくなか、私はどちらかというと積極的に前に出るより、「お先にどうぞ」という自己PRができない性格で。
「芸能界に向いてない」というお声もいただきました。歌に対しても、何が正解なのかがわからなくなって。
10代の頃の歌と、20代を過ぎてからの歌と、はたして自分のなかで成長しているのかとか、いろいろ頭で考えて歌うようになったとき、行きづまってしまったんです。自分がステージに立てないような気持ちになり、休むのではなく、やめる決心をしました。
小林 なるほど。それを経て、もう一度再スタートを切ったわけだよね。「自分が自分が」という自己アピールをしない雰囲気が、逆にいい印象で出てますよね。司会者と会話するときや、歌っているときの節度とか、ちょうどいい具合なんじゃないかな。歌の上手さはもちろん、最高の時期に来ているという感じですよ。
市川 そうですか?
小林 しかも未知の伸びしろを感じます。歌手も年を取ってくると、歌うのに慣れ、自分でどんどんアレンジしていく。ものすごくクセが出ちゃう。クセが強すぎて、「この人、しゃっくりで歌ってるのかな?」と思ってしまうことだってあるから(笑)。
だけど市川さんは、歌の世界を壊さない実力と魅力があって、聴くほうも安心して感情が投入していけるんです。素晴らしく脂の乗りきった時期だから、いい楽曲で、ぜひヒットを飛ばしてほしいと思います。
市川 先生、ありがとうございます!
●こばやしよしのり
1953年、福岡県生まれ。1976年、漫画家デビュー。現在『よしりん辻説法』(『FLASH』)のほか、『ゴーマニズム宣言』(『SPA!』)、『闘論席』(「週刊エコノミスト」)を連載中。近著に『慰安婦』(幻冬舎)
●いちかわゆきの
1976年、埼玉県生まれ。1993年デビュー。2016年、2017年とNHK紅白歌合戦に連続出場。2019年、日本レコード大賞「最優秀歌唱賞」を受賞した実力派。4月8日、新曲『なごり歌』を発表
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