かとうれいこ(本人のInstagramより)

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 1989年9月、‘90クラリオンガールに選ばれ、雑誌のグラビアで一世を風靡した、かとうれいこ(50)をご存じだろうか。

 ちなみに、クラリオンガールとは、カーオーディオメーカー・クラリオンが75年から約30年にわたって毎年選出したキャンペーンガールで、芸能界への登竜門といわれた。初代がアグネス・ラムで、14代が蓮舫。かとうは16代である。

 著名人から、「初めて胸の大きさ、美しさでアメリカ女性に勝った」と言わしめた、かとうの日本人離れした“ダイナマイトボディ”は、世の男性を魅了した。数年にわたって高価な写真集が雑誌のように毎月本屋に並び、“写真集クイーン”といわれたことも。細川ふみえと共に、所属する芸能事務所イエローキャブの出世頭となり、写真集だけでなく、ビデオ映画、テレビドラマ、CMと多岐にわたって活躍し、90年には歌手デビューも果たした。91年にはアサヒビールのイメージガールに選ばれ、彼女がモデルのアサヒスーパードライのポスターが街中の飲食店に貼られた。

かとうれいこ(本人のInstagramより)

 もっとも01年にプロゴルファーの横尾要プロと結婚したことで、芸能界を引退。03年に長女を出産、主婦業に専念していた。

 芸能記者によれば、

「95年にプロデビューした横尾は、98年、99年は賞金ランキング9位、00年は10位と好成績を残し、賞金額はいずれも7000万円を超えていた。ところが、結婚した01年は150位と成績が落ち込み、賞金額は172万円。かとうは“さげまん”と噂されました」

 スポーツ紙のゴルフ担当記者はこう解説する。

「01年は米ツアーに参戦したため、国内ツアーは1試合しか出場しなかったからです。02年は賞金ランク23位まで戻しています」

 が、横尾プロは、06年の12位をピークに、その後は徐々にランクが下降。14年に118位になってシード落ちしてからはずっと低迷している。17年に「ザ・レジェンド・チャリティープロアマトーナメント」で優勝したものの、ツアーでは成績が回復せず、18年は賞金ランク250位でわずか27万円。今年はまだ予選通過がなく、賞金額は0円という惨憺たる成績なのである。彼は7月24日で47歳。このままでは引退なんて声も聞こえてきそうだが、

「そんな不甲斐ない夫に不満がたまっているようで、彼女は夫について“収入が少ないのにプライドが高いから、後輩にも慕われない。家族からも愛想を尽かされている”と愚痴っていますよ」

 と語るのは、さる芸能関係者である。

「経済的にもなかなか大変らしく、“夫は財産がないから、タレント業を頑張らないといけない。スタイルを維持しておいて良かった”とも話していました」

菊池桃子とダブって見える

 彼女は、まさか、こういう状況を予期していたわけではなかろうが、12年に音楽バラエティに出演して芸能活動を再開している。最近も時々旅番組に出演。7月22日放送のBSテレ東「出発!ローカル線 聞きこみ発見旅」では、フルーツポンチ村上と出演した。

 が、かとうは齢50歳。昔のようにグラビアモデルになれるのか。

 先の芸能記者によれば、

「かとうは体型をキープするために、女性専用パーソナルトレーニングジムに通って、ボディメイクをしています。まだまだ、グラビアもいけそうですよ」

 そんなかとうを見ていると、同じくプロゴルファーの西川哲選手と結婚して離婚した菊池桃子(51)がダブって見えてくる。

 80年代、アイドルとして人気を博した菊池は、84年に『青春のいじわる』で歌手デビュー、日本レコード大賞新人賞、日本レコードセールス大賞女性新人賞を受賞した。85年の日本武道館でのコンサートでは、ビートルズの観客動員数を抜く2万2000人を超えた。九段下駅から武道館まで長蛇の列となり、入場できなかった観客が1万人超という伝説も残っている。

「女優に転向した後、95年に五月みどりの息子でプロゴルファーの西川哲と結婚、一男一女をもうけますが、西川の浮気や育児放棄、金銭問題で12年に離婚しています。西川は05年以降、ツアーの予選突破ができなくなり、08年以降は獲得賞金額が0円に。そのため、菊池は07年から芸能界復帰、家計を支えたが、西川が経営する1口馬主を集める投資会社で借金が膨らんだため、離婚に踏み切ったといわれています」(芸能記者)

 さて、かとうが所属するサンズエンタテインメントの野田義治会長に聞くと、

「いや、そんなことはありません。離婚なんてことにはならないでしょう。なるんだったら、とうに僕の耳に入っているはずですからね」

「かとうはご主人と一緒にゴルフの練習場に行っています。家庭は円満ですよ。娘さんが芸能界入りをしたので、かとうも、自分ものんびりとしてはいられないと言っていますが、昔みたいな仕事をするかはわかりませんね」

 とにかく、今は横尾プロの復活を祈ろうではないか。

週刊新潮WEB取材班

2019年7月27日 掲載