学生の窓口編集部

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1月2日放送、「さんまのまんま」(フジテレビ)では、ゲスト宮沢りえ。30周年で初の登場となる。明石家さんまは宮沢りえが初めて会った時に、写真集を走って取りに行った姿を今でも覚えているという。宮沢りえがシャンパンを持ち込み乾杯した。宮沢の娘はもう小学生で、大人っぽくしっかりしているという。また娘より感情表現が豊かだといい、「女優さんはオーバー」だとさんまも語った。宮沢は「好奇心がなくなったら終わりだなって」と述べることとなった。

さんまは舞台では役者は腹式呼吸だが、お笑いは喉発生のほうが笑えるなどと話した。宮沢りえもなるほどとうなづいた。宮沢はお笑いの発声と動きを実践してみた。出演する舞台「元禄港歌」を紹介し、宮沢は舞台では播州弁を使い、お芝居で使うのは始めてだと語った。舞台で笑いを取りたいといい、大竹しのぶが「コメディも上手」だと語った。さんまからお芝居は一生続けるのかと聞かれ、「55歳ぐらいからは作る方にまわりたい」と答えた。

宮沢りえは1973年生まれの42歳。父親がオランダ人、母親が日本人の元祖ハーフタレント。東京都練馬区出身で、アイドル的人気から演技派女優にキャリアチェンジに成功したタレントだと言えるだろう。

オランダ人の父と日本人の母との間に生まれた宮沢りえは、かなり小さい時に両親が離婚してオランダから帰国。母親のりえママはシングルマザーで彼女を育てた。ステージママのバックアップを受けて、りえブームに火がつき、ヘアヌード写真集「Santa Fe」などが150万部の大ヒットを記録するなど、当時の宮沢りえブームはすさまじいものだった。だが関脇だった貴花田(現・貴乃花親方)と婚約し、2ヶ月後に婚約解消。世紀のカップルと呼ばれた貴りえだったが破局してしまった。

その後は結婚と離婚を経験し、母と同じくシングルマザーに。活躍の場を舞台へと移し、いつの間にかアイドル的に人気のタレントから演技派女優へとうまくキャリアチェンジを行ったようだ。

りえママは2014年に65歳で肝腫瘍にて亡くなった。その際も気丈に舞台をこなした彼女は、本格派女優として確実にキャリアを積んでいる。